「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 1-4-2
4(承前)
迷うまでもなかった。わたしは「手」を差し込み、その穴の中に入っていく自分をイメージした。入るべきでない理由は百万と思いついたが、好奇心がほっておかなかった。それに経験則からいってもこんなときは本能に任せるべきだ。医者の取るべき思考としてはあるまじき態度かもしれないが。
今回は経験則が勝った。
穴をくぐり、気がついたらわたしは、荒野のど真ん中に突っ立っていた。先程までの血に満たされた異様な空間とはまったく別の、ごく当たり前の風景に見える。当たり前といってもあくまでそれは比較論で、これはこれで充分風変わりだった。草一本生えておらず、周囲には荒涼とした山並みが広がる、日本ではめったにお目にかかれぬ風景。恐らくはこれが遥流子の見ている夢の舞台であろう。
わたしは自分の身体に目を落とした。
先程までの、パソコンゲームに出てくるような、視点だけの存在からは大きく進歩していた。しっかりと人間の身体をしている。衣服は見たことがないものだった。あえて類似物を探すとすれば、横山光輝の中国もの歴史漫画に出てくる一般庶民の服だ。要するにボロである。自分の顔を見られないのが残念だった。面白い見ものに違いないのだが。
手足を軽くラジオ体操のように動かして様子を見る。大丈夫、きちんと動く。身体も、ちょっと脱力感はあるが申し分ない。とはいえ、この脱力感が問題なのだが。
武器が欲しかった。この世界を手ぶらで探検するのは遠慮したい。腕力がない身としては銃だろう。扱い慣れた武器、愛用の散弾銃、ヘッケラー&コッホHK502を作る。
精神を統一し、散弾銃を強くイメージした。「物象化」はこれが本筋の使い方である。精神を集中させることにより、無から道具を作り出すのだ。
しかし、手の中にHK502は現れなかった。
理由は二つ考えられる。わたしの精神が乱れていて、物象化できるほどイメージが固まらなかったからというのがひとつ。これは考えにくい。これまでのケースではほぼ確実に物象化に成功しているからだ。手馴れた仕事なのである。
もうひとつの理由は、この夢自体に強力なバイアスがかかっており、銃という存在を排除するようになっているから、というものだ。
きっと後者だ。確かめるには別なものを物象化してみればいいだろう。
刀をイメージした。正確には、「刃のついた、切るもの」だ。遥流子が石器時代の夢を見ているのでなければ、これで何かの武器は作れるはずである。
手の中で長いものがおぼろげながら形を取りはじめた。見ていると、それは青竜刀のような、アジア風の曲がった重い刀になって物象化した。試しに二、三度振ってみる。重いが使えないことはなさそうだ。剣道は知らないが、いざとなったら棍棒がわりにしよう。
遥流子の自我そのものを探すため、とりあえず歩いてみる。
灰色の空にモノトーンの大地。見て興味を引かれそうなものは何もなかった。背景の山も書き割りなのか、いつまでたっても近づいてくる様子はない。
歩いて歩いて歩いて歩いた。いいかげん足が棒になったところで、歩みを止めた。
何かいる。
振り返る。その瞬間、肩に激痛を感じた。
「くっ!」
そいつと正面から目を合わせてしまった。見たくもないものがそこにあった。
しゃれこうべ、要するに人間の頭蓋骨である。それが宙に浮き、肩に噛みついているのだ。
なんとかして振りほどこうとした。だが、肉に食い込むほど強く噛みついているそのしゃれこうべは、いっかな離れてくれようとしない。肩だからまだいいが、首だったら洒落ではすまない。
青竜刀の柄で殴りつけた。動きにくいのでやりにくい。五、六発殴りつけたところでようやく顎がするりと抜けた。その反動が来て、わたしは地面に両膝をついた。
しゃれこうべはこちらの周りをぐるぐると飛び回っている。時折、口を開いて顎をがちがち鳴らしていた。
威嚇しているのか? それならばコミュニケーションは取れないものだろうか。
「待て! 話せるか。わたしは、遥流子を助けたいのだが……」
その言葉に対して、しゃれこうべはこちらへまっすぐ飛んで来た。首をひねってなんとかかわす。どうやら言葉が通じる相手ではないらしい。
「夢魔か!」
人間の夢の中に進入し、精神を食い荒らす悪意ある存在。それが夢魔、わたしたちナイトメア・ハンターの宿敵だ。やつらにとっては人間は餌なのだ。夢魔はあらゆる形を取って現れる。その現象が、悪夢というやつ、少なくとも悪夢の理由のひとつだ。
夢魔を見つけたら殺さなければならない。
しかし、相手は素早い。そしてこちらの手には扱い慣れていない青竜刀。圧倒的にこちらが不利だった。
刀のようなものの扱い方で唯一知っているもの、野球のバッティングの要領で向かってくるしゃれこうべをジャストミートしようとした。
きれいにかわされた。わたしの腹にしゃれこうべの頭突き(というか体当たりというか)が決まる。医者の哀しさ、そんなことされたらどうなるかがイメージつきでわかった。わかると肉体(?)が反応するのである。
「げふ……」
口から胃液を吐き、腹を押さえて地面に膝をついた。本来だったらのた打ち回るところだったが、必死にこらえる。
手に握り締めた青竜刀を杖に、よろよろと立ち上がった。
敵を探す。
どこにも見えなかった。ちくしょう、どこへ行った。逃げたのか。
論理的に考えたら答はひとつのはずだったが、数瞬の間、気がつかなかった。
気がついたときには手遅れだった。
前にいなければ後ろにいるに決まっているのだ。
わたしは後頭部にガンという一撃を食らった。目の前に火花が散り、身体から力が抜け、そして……。
迷うまでもなかった。わたしは「手」を差し込み、その穴の中に入っていく自分をイメージした。入るべきでない理由は百万と思いついたが、好奇心がほっておかなかった。それに経験則からいってもこんなときは本能に任せるべきだ。医者の取るべき思考としてはあるまじき態度かもしれないが。
今回は経験則が勝った。
穴をくぐり、気がついたらわたしは、荒野のど真ん中に突っ立っていた。先程までの血に満たされた異様な空間とはまったく別の、ごく当たり前の風景に見える。当たり前といってもあくまでそれは比較論で、これはこれで充分風変わりだった。草一本生えておらず、周囲には荒涼とした山並みが広がる、日本ではめったにお目にかかれぬ風景。恐らくはこれが遥流子の見ている夢の舞台であろう。
わたしは自分の身体に目を落とした。
先程までの、パソコンゲームに出てくるような、視点だけの存在からは大きく進歩していた。しっかりと人間の身体をしている。衣服は見たことがないものだった。あえて類似物を探すとすれば、横山光輝の中国もの歴史漫画に出てくる一般庶民の服だ。要するにボロである。自分の顔を見られないのが残念だった。面白い見ものに違いないのだが。
手足を軽くラジオ体操のように動かして様子を見る。大丈夫、きちんと動く。身体も、ちょっと脱力感はあるが申し分ない。とはいえ、この脱力感が問題なのだが。
武器が欲しかった。この世界を手ぶらで探検するのは遠慮したい。腕力がない身としては銃だろう。扱い慣れた武器、愛用の散弾銃、ヘッケラー&コッホHK502を作る。
精神を統一し、散弾銃を強くイメージした。「物象化」はこれが本筋の使い方である。精神を集中させることにより、無から道具を作り出すのだ。
しかし、手の中にHK502は現れなかった。
理由は二つ考えられる。わたしの精神が乱れていて、物象化できるほどイメージが固まらなかったからというのがひとつ。これは考えにくい。これまでのケースではほぼ確実に物象化に成功しているからだ。手馴れた仕事なのである。
もうひとつの理由は、この夢自体に強力なバイアスがかかっており、銃という存在を排除するようになっているから、というものだ。
きっと後者だ。確かめるには別なものを物象化してみればいいだろう。
刀をイメージした。正確には、「刃のついた、切るもの」だ。遥流子が石器時代の夢を見ているのでなければ、これで何かの武器は作れるはずである。
手の中で長いものがおぼろげながら形を取りはじめた。見ていると、それは青竜刀のような、アジア風の曲がった重い刀になって物象化した。試しに二、三度振ってみる。重いが使えないことはなさそうだ。剣道は知らないが、いざとなったら棍棒がわりにしよう。
遥流子の自我そのものを探すため、とりあえず歩いてみる。
灰色の空にモノトーンの大地。見て興味を引かれそうなものは何もなかった。背景の山も書き割りなのか、いつまでたっても近づいてくる様子はない。
歩いて歩いて歩いて歩いた。いいかげん足が棒になったところで、歩みを止めた。
何かいる。
振り返る。その瞬間、肩に激痛を感じた。
「くっ!」
そいつと正面から目を合わせてしまった。見たくもないものがそこにあった。
しゃれこうべ、要するに人間の頭蓋骨である。それが宙に浮き、肩に噛みついているのだ。
なんとかして振りほどこうとした。だが、肉に食い込むほど強く噛みついているそのしゃれこうべは、いっかな離れてくれようとしない。肩だからまだいいが、首だったら洒落ではすまない。
青竜刀の柄で殴りつけた。動きにくいのでやりにくい。五、六発殴りつけたところでようやく顎がするりと抜けた。その反動が来て、わたしは地面に両膝をついた。
しゃれこうべはこちらの周りをぐるぐると飛び回っている。時折、口を開いて顎をがちがち鳴らしていた。
威嚇しているのか? それならばコミュニケーションは取れないものだろうか。
「待て! 話せるか。わたしは、遥流子を助けたいのだが……」
その言葉に対して、しゃれこうべはこちらへまっすぐ飛んで来た。首をひねってなんとかかわす。どうやら言葉が通じる相手ではないらしい。
「夢魔か!」
人間の夢の中に進入し、精神を食い荒らす悪意ある存在。それが夢魔、わたしたちナイトメア・ハンターの宿敵だ。やつらにとっては人間は餌なのだ。夢魔はあらゆる形を取って現れる。その現象が、悪夢というやつ、少なくとも悪夢の理由のひとつだ。
夢魔を見つけたら殺さなければならない。
しかし、相手は素早い。そしてこちらの手には扱い慣れていない青竜刀。圧倒的にこちらが不利だった。
刀のようなものの扱い方で唯一知っているもの、野球のバッティングの要領で向かってくるしゃれこうべをジャストミートしようとした。
きれいにかわされた。わたしの腹にしゃれこうべの頭突き(というか体当たりというか)が決まる。医者の哀しさ、そんなことされたらどうなるかがイメージつきでわかった。わかると肉体(?)が反応するのである。
「げふ……」
口から胃液を吐き、腹を押さえて地面に膝をついた。本来だったらのた打ち回るところだったが、必死にこらえる。
手に握り締めた青竜刀を杖に、よろよろと立ち上がった。
敵を探す。
どこにも見えなかった。ちくしょう、どこへ行った。逃げたのか。
論理的に考えたら答はひとつのはずだったが、数瞬の間、気がつかなかった。
気がついたときには手遅れだった。
前にいなければ後ろにいるに決まっているのだ。
わたしは後頭部にガンという一撃を食らった。目の前に火花が散り、身体から力が抜け、そして……。
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~ Comment ~
なかなか訪問できず申し訳ありませんm(_ _)m
血の海(?)が荒野になって、ちょっぴり残念だなーと思っておりましたら、次はなんと頭蓋骨(´∀`人)キャ
しかも強いというおまけ付きv
空飛ぶ頭蓋骨と聞いて、ふとゼル伝の雑魚モンスターを思い出しました笑
桐野先生どうなっちゃうんだろう~♪
血の海(?)が荒野になって、ちょっぴり残念だなーと思っておりましたら、次はなんと頭蓋骨(´∀`人)キャ
しかも強いというおまけ付きv
空飛ぶ頭蓋骨と聞いて、ふとゼル伝の雑魚モンスターを思い出しました笑
桐野先生どうなっちゃうんだろう~♪
>ネミエルさん
まあそこらへんはわたしもじわりじわりと。(^^)
ふふふ。(とかいってこれかい、といわれそうな……(^^;))
まあそこらへんはわたしもじわりじわりと。(^^)
ふふふ。(とかいってこれかい、といわれそうな……(^^;))
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書いてしまったはいいが、血の海ではどうやって筋を続けていいかわからなかったという話も(笑)。
空を飛ぶ頭蓋骨はけっこう物語や映画でよく目にしますよね。
一番印象的なのは、昔のアニメ「超電磁マシーン ボルテスV」に出てきた敵の要塞かなあ。
桐野くんの運命については続きを……。