その他いろいろ

    ヤン提督さらに大いに語る

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     残念ながら八巻までしか読めなかった。田中芳樹「銀河英雄伝説」をまだ読んでない人は読まないほうがいいような、いや、そういう人こそ読んでほしいような。

     というより、もし今の時点でこの小説が発表されていたならば、ヤンはブサヨだなんだといわれて田中先生のツイッターは炎上していたことであろうと思う。そもそも出版社が出さないか。

     その後については……まあ読み読み引用しよう。



     ※ ※ ※ ※ ※




     ヤンの見るところ、ラインハルトは軍人として比類ない天才であるし、専制君主としても見識が高く、私欲がすくなく、施政は公正かつ清潔で、いまのところ申しぶんない。だから彼の統治が長くつづくほうが人類多数にとってはむしろ幸福ではないのか、とすら思うことがある。
     だが、新皇帝ラインハルトがその強力な政治力によって宇宙に平和と反映を招来し、維持させたとき、人々が政治を他人まかせにすることになれ、市民ではなく臣民となってしまうのが、ヤンにとってはたえられない気分なのだ。(飛翔篇 第二章 Ⅴ)

     専制君主の善政というものは、人間の政治意識にとってもっとも甘美な麻薬ではないだろうか、と、ヤンは思う。参加もせず、発言もせず、思考することすらなく、政治が正しく運営され、人々が平和と繁栄を楽しめるとすれば、誰がめんどうな政治に参加するだろう。しかし、なぜ人々はそこで想像力をはたらかせないのか。人々が政治をめんどうくさがるとすれば、専制君主もそうなのだ。彼が政治にあき、無制限の権力を、エゴイズムを満足させるために濫用しはじめたらどうなるか。権力は制限され、批判され、監視されるべきである。ゆえに専制政治より民主政治のほうが本質的に正しいのだ。(飛翔篇 第二章 Ⅴ)

    「信念とは、あやまちや愚行を正当化するための化粧であるにすぎない。化粧が厚いほど、その下の顔はみにくい」(飛翔篇 第二章 Ⅴ)

    「信念のために人を殺すのは、金銭のために人を殺すより下等なことである。なぜなら、金銭は万人に共通の価値を有するが、信念の価値は当人にしか通用しないからである」(飛翔篇 第二章 Ⅴ)

     なおもヤンにいわせれば、信念の人などという存在ほど有害なものはない。こころみにルドルフ大帝を見よ、彼の信念は民主共和政治を滅ぼし、数億人を殺したではないか、ということになる。“信念”などという言葉を他人が一回使うごとに、ヤンはその人物にたいする評価を一割ずつさげていくのだった。(飛翔篇 第二章 Ⅴ)

    「戦争の九〇パーセントまでは、後世の人々があきれるような愚かな理由でおこった。残る一〇パーセントは、当時の人々でさえあきれるような、より愚かな理由でおこった……」(飛翔篇 第五章 Ⅲ)

    (自分を連行しようとする検察庁の男たちを前にして妻のフレデリカに)
    「心配しなくてもいいよ。なんの罪やら見当もつかないが、まさか裁判なしに死刑にもしないだろう。ここは民主主義国家だ。少なくとも政治家たちはそういっている」(飛翔篇 第五章 Ⅲ)

    (連行先で)
    「ほう、もしかして私はなんらの証拠もなく、風聞によって逮捕されたのですか」
     ヤンは糾弾するように声を高めたが、半分は本気である。逮捕状を提示されたから甘んじて連行されてきたのに、逮捕状じたいが物証にもとづかない不法なものであるとすれば、それを政府に決意させた何者かが不気味であった。(飛翔篇 第五章 Ⅲ)

    「まってください、議長、あなたは以前から良心的な政治家といわれておいでですし、実際にいくつかの行動でそれを証明していらっしゃる。そのあなたにして、国家のために個人の人権が犠牲になるのは当然だ、と、そうお考えですか」(飛翔篇 第五章 Ⅴ)

    「法に従うのは市民として当然のことだ。だが、国家がみずからさだめた法に背いて個人の権利を侵そうとしたとき、それに盲従するのは市民としてはむしろ罪悪だ。なぜなら民主国家の市民には、国家のおかす罪や誤謬にたいして異議を申したて、批判し、抵抗する権利と義務があるからだよ」(飛翔篇 第五章 Ⅴ)

     人類が主権国家という麻薬に汚染されてしまった以上、国家が個人を犠牲にしない社会体制は存在しえないかもしれない。しかし、国家が個人を犠牲にしにくい社会体制には、志向する価値があるように思えた。ヤン一代では、なにごともなしえるはずがない。だが、種をまくことはできるだろう。かつて一万光年の長征をおこなったアーレ・ハイネセンの足もとにおよばないとしても。(飛翔篇 第十章 Ⅳ)



    「最高指導者は文民でなくてはならない。軍人が支配する民主共和制など存在しない。私が指導者なんかになってはいけないんだ」(怒涛篇 第二章 Ⅱ)

     まことに甘いと自覚はしているのだが、ヤンはいまだ同盟政府に期待していたのだ。政府がみずからの非を認め、謝罪し、彼の帰還をもとめてくることを。
     本来なら期待してよいはずだった。国家と権力機構の無謬性を否定するところから、民主政治は出発したのではなかったか。みずからの非を非とする自省と自浄の意欲こそが、民主政治の長所ではないのだろうか。(怒涛篇 第二章 Ⅴ)

    (エル・ファシルの革命政府首班であるロムスキーとの面会の後で)
     ロムスキーがジャーナリズムとの密着を意図したのは、民主共和政治の理念からいっても、革命の情報戦略からいっても、当然のことであった。ヤンは内心の嫌悪を公然化させるわけにいかない。公開こそが民主共和政治の柱であるのだ。秘密や非公開を好むなら専制政治に与するべきであり、ヤンは個人の感情をねじ伏せてカメラに笑顔をむけざるをえなかった。(怒涛篇 第四章 Ⅱ)

     唯一絶対の神に唯一絶対の大義名分をおしつけられるより、群小の人間がそれぞれのせまい愚劣な大義名分をふりかざして傷つけあっているほうが、はるかにましだ。すべての色を集めれば黒一色に化するだけであり、無秩序な多彩は純一の無彩にまさる。人類社会が単一の政体によって統合される必然性などないのだ。
     ある意味で、このようなヤンの思考は、民主共和政体にたいする造反の元素をふくんでいると言えなくもなかった。民主共和主義者の過半は、自分たちの思想によってこそ宇宙が統一されることを願い、専制政治の消失をのぞんでいるはずであるから。(怒涛篇 第四章 Ⅱ)

    「(略)ひとたび民主政治の根が掘りつくされると復活までがたいへんだ。どうせ何世代もかかるものであるにせよ、つぎの世代の負担を多少はかるくしておきたい」(怒涛篇 第四章 Ⅳ)

    「多様な政治的価値観の共存こそが、民主主義の精髄ですよ。そうではありませんか?」(怒涛篇 第八章 Ⅳ)

     まったく、専制とは、変革をすすめるにあたって効率的きわまりない体制なのである。民主主義の迂遠さにあきれた民衆は、いつも言うではないか。
    「偉大な政治家に強大な権限をあたえて改革を推進させろ!」と。逆説的だが民衆はいつだって専制者をもとめていたのではないか。
     そしていま、最良の部類に属する専制者をえようとしているのではないか。(略)民主主義など、よりまばゆい黄金の偶像にくらべれば、色あせた青銅の偶像でしかないのではないか……。
     いや、違う。ヤンはあわてて首をふった。(怒涛篇 第八章 Ⅴ)

    「(略)軍事力は民主政治を産みおとしながら、その功績を誇ることは許されない。それは不公正なことではない。なぜなら民主主義とは力をもった者の自制にこそ真髄があるからだ。強者の自制を法律と機構によって制度化したのが民主主義なのだ。そして軍隊が自制しなければ、誰にも自制の必要などない」(怒涛篇 第八章 Ⅴ)



     人民の大多数が専制政治を肯定し、受容したとき、人民主権をとなえるヤンらは、人民多数の敵対者となる。彼らの幸福、彼らの選択を否定する立場におかれてしまうのだ。
    「おれたちに主権などいらない、参政権など不要だ。現に皇帝が善政をしいてくれるのだから。彼に全権を託してかまわないではないか。政治制度は人民の幸福を実現する手段でしかないのだから、それがかなった以上、かたくるしい衣などぬぎすててどこが悪いのだ?」
     そう問われたとき、反論できるだろうか。それがヤンの悩みであり不安でもある。(乱離篇 第二章 Ⅲ)

     宇宙暦八〇〇年六月一日二時五五分。ヤン・ウェンリーの時は三三歳で停止した。(乱離篇 第五章 Ⅳ)

    (ユリアンの回想で)
    「いい人間、りっぱな人間が、無意味に殺されていく。それが戦争であり、テロリズムであるんだ。戦争やテロの罪悪はけっきょくそこにつきるんだよ、ユリアン」(乱離篇 第九章 Ⅲ)
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    ~ Comment ~

    Re: 野津征亨さん

    中学生のころ、夏休みの宿題で「無政府主義」について調べようと思ったことがあります。

    いろいろ本を借りて、頭がウニになっただけでまとまりやしませんでしたが、

    「これってダメな思想じゃん?」

    と思ったことも事実です。発想には共感するのですが。

    Re: カテンベさん

    民主主義で善政をやるのが簡単でないのと同様、専制政治で善政をやるのも簡単ではありません。

    しょせんはないものねだりなのでしょうが、せめてつかみ取ろうとして生きたいものです。

    Re: blackoutさん

    戦争において死は平等じゃありませんからねえ……。

    いかなる統治体制がもっとも望ましいのか。
    答えのない問だと思います。
    いっそのこと、老荘思想のように、少国寡民あるいは政治的な統治者自体要らないのやも。

    政治なんて、自分の意見とかけ離れた結果を生み出しているのなら、現状の体制を疎んじることになるでしょうし

    自分の意見が通る可能性がないわけではないから、民主主義の方がマシ、というよな気にもなるけど

    専制政治なら、心ある君主がひとりで足りるけど
    民主主義なら、心ある人というか、自分にとって都合のよい人が多数派にならねば期待はできないし

    無い物ねだりになるだけな気もするわ

    NoTitle

    紅の豚で、ポルコ・ロッソが言っていた「いいヤツはみんな死ぬ」を思い出しました
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