「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 1-5-2
5(承前)
「映画はいくつか見ていましたが」遥喜一郎は「FAIRNESS」とタイトルを挙げた。香港映画出身の著名な監督のもので、最近のヒット作だ。「しかし、夢に出てくるほど影響を受けたとは思えません。流子は、アクションばかりでつまらないといっていましたから」
それがかえって夢に出ることもあるだろう。映画を見ないわたしは、何とかして筋を思い出そうとした。
「その映画には、しゃれこうべみたいなものは登場しましたか?」
「美奈?」
「わたしも姉のDVDを借りて見ましたが、そんなものはまったく出てきませんでした。それは断言できます」
遥美奈の言葉に、わたしはうなずいた。「FAIRNESS」には一応目を通さざるを得ないが、遥美奈が嘘をいっているとも思えない。
「荒涼とした大地は?」
「しょっちゅう出てきました。主人公の美剣士が、捕らわれた恋人を求めて荒野をさすらう、っていうストーリーの映画でしたから」
わたしは驚いた。
「そんな映画だったんですか? わたしがテレビで見た予告編では、豪華な宮殿で夕陽をバックに二人で抱き合う、というシーンしか映っていませんでしたよ」
「それはファーストシーンです。その後悪漢の手で二人は離れ離れになり、以降延々とカンフー映画にマカロニウエスタンと中国四千年紀行がミックスされたような話が続くんです」
わからないものだなあ。
「アクション映画としては面白かったですが、恋愛映画としてはダメですね。女心がわかっていない、というよりも、女心が問題になるほどヒロインが映っていない、というほうが正確です。……桐野さん、姉の夢に出てきた荒野というのは、もしかして?」
「たぶんこの映画の影響でしょうね。わたしが手にすることができた武器が、青竜刀だということからしても、その推測を裏付けています」
「ということはそのドクロが?」
「おそらくは否定的な『死』の象徴、夢の中で固定化された夢魔と考えられます」
「すると」遥喜一郎がいった。「そのドクロを打ち砕けば、流子は?」
「わかりません」そういわなければならないのが辛い。「患者が同じ夢を見続けている、という保障はどこにもありませんし、そのしゃれこうべが夢魔の本体である、という保障もありません。出来る限りのことはしますが、何一つはっきりしたことはいえないのです」
カメラを持って夢に入るわけにも行かないのだ。
「他に、流子さんに関わることで何か思い出したことはありませんか?」
「あの」遥美奈が手を挙げた。「桐野さんが姉の夢の中で見たことについてなんですが、なぜ、その血でいっぱいの部屋は紡錘形をしていたんでしょうか? 他の形でも、何だって良さそうなものでは?」
「ああ」それは見落としていた。「わかりません。わたしを出口に誘導するためだったかも知れないし、他に理由があるのかも知れない。または何の意味もないのかも」
我ながら頼りない話だ。
「紡錘形のもの、といって、流子さんに関わるもので思い出せるものはありますか?」
「そういわれても……お爺様?」
「紡錘形といえば、昔よく乗った新幹線でしょうかな?」
「今のやつの前の型ですか」
「かれこれ十五年以上前の話です」
「他には?」
「どんぐり……」
と遥美奈が漏らした。
「どんぐり?」
「椎の実ですよ。流子はあれが好きでよく集めていました。これもまた小さいころの話です」
「脈がありそうですね。椎の実と血と生きている壁と、何か結び付けられるといいのですが」
わたしは何気なくいったのだが、遥美奈は真っ赤になってうつむいた。
「すみません。考えなしにいってしまって。そんなの、結びつくわけがないですね」
「いや、わからないです。フロイトのころから、思わぬものが思わぬものに結びついて夢の意味が明らかになる、というのが精神分析の基本みたいなものですから。むしろ問題なのは、わたしたちの連想が貧弱すぎて流子さんの夢を解釈できない、という事態に陥ることでしょう。それに関しては非力を認めざるを得ません。わたしは精神科医だった経験はあっても、臨床心理士だったことはないのですから」
「何か違いがあるのですか?」
「大違いです。例えば、精神科医は精神分析の訓練を受けていない」
「でも、あなたは……」
「もちろんわたしはナイトメア・ハンターです。しかし、わたしの出た医科大学は、薬の使い方とカウンセリング法、そして医者としての基礎を骨の髄まで叩き込んでくれましたが、精神分析や夢判断の方法までは手が回らなかった。後からフロイトやユングの本を少しばかりかじりましたが、付け焼刃にすぎません」
「そんな……」
「だからあなたがたの協力が必要なんです。わたしが実際に見てきた夢について共に考えてくれる人の協力が。精神分析に欠かせない自由連想法がこの場合使えない以上、わたしたちだけでなんとか夢に筋道をつけなくてはならないのです。それができれば、わたしも具体的に何をすればいいのかがわかる」
「ドクロを砕くとか?」
「それもひとつの有力な解答です。けれどもわたしには苦い経験がある。これだと思ってやったことがかえって患者の容態を悪化させてしまったことが。流子さんをそんな目に遭わせたくはないのです」
本音だった。
「桐野さん、わたし、やってみます」
「二人しかいない孫娘のためですからな」
遥美奈と遥喜一郎がそういったところで、ノックの音がした。扉が開く。
「あら、香さん」
「失礼いたします。お食事ができました」
お手伝いさんだった。
わたしの分はあるのだろうか。
「映画はいくつか見ていましたが」遥喜一郎は「FAIRNESS」とタイトルを挙げた。香港映画出身の著名な監督のもので、最近のヒット作だ。「しかし、夢に出てくるほど影響を受けたとは思えません。流子は、アクションばかりでつまらないといっていましたから」
それがかえって夢に出ることもあるだろう。映画を見ないわたしは、何とかして筋を思い出そうとした。
「その映画には、しゃれこうべみたいなものは登場しましたか?」
「美奈?」
「わたしも姉のDVDを借りて見ましたが、そんなものはまったく出てきませんでした。それは断言できます」
遥美奈の言葉に、わたしはうなずいた。「FAIRNESS」には一応目を通さざるを得ないが、遥美奈が嘘をいっているとも思えない。
「荒涼とした大地は?」
「しょっちゅう出てきました。主人公の美剣士が、捕らわれた恋人を求めて荒野をさすらう、っていうストーリーの映画でしたから」
わたしは驚いた。
「そんな映画だったんですか? わたしがテレビで見た予告編では、豪華な宮殿で夕陽をバックに二人で抱き合う、というシーンしか映っていませんでしたよ」
「それはファーストシーンです。その後悪漢の手で二人は離れ離れになり、以降延々とカンフー映画にマカロニウエスタンと中国四千年紀行がミックスされたような話が続くんです」
わからないものだなあ。
「アクション映画としては面白かったですが、恋愛映画としてはダメですね。女心がわかっていない、というよりも、女心が問題になるほどヒロインが映っていない、というほうが正確です。……桐野さん、姉の夢に出てきた荒野というのは、もしかして?」
「たぶんこの映画の影響でしょうね。わたしが手にすることができた武器が、青竜刀だということからしても、その推測を裏付けています」
「ということはそのドクロが?」
「おそらくは否定的な『死』の象徴、夢の中で固定化された夢魔と考えられます」
「すると」遥喜一郎がいった。「そのドクロを打ち砕けば、流子は?」
「わかりません」そういわなければならないのが辛い。「患者が同じ夢を見続けている、という保障はどこにもありませんし、そのしゃれこうべが夢魔の本体である、という保障もありません。出来る限りのことはしますが、何一つはっきりしたことはいえないのです」
カメラを持って夢に入るわけにも行かないのだ。
「他に、流子さんに関わることで何か思い出したことはありませんか?」
「あの」遥美奈が手を挙げた。「桐野さんが姉の夢の中で見たことについてなんですが、なぜ、その血でいっぱいの部屋は紡錘形をしていたんでしょうか? 他の形でも、何だって良さそうなものでは?」
「ああ」それは見落としていた。「わかりません。わたしを出口に誘導するためだったかも知れないし、他に理由があるのかも知れない。または何の意味もないのかも」
我ながら頼りない話だ。
「紡錘形のもの、といって、流子さんに関わるもので思い出せるものはありますか?」
「そういわれても……お爺様?」
「紡錘形といえば、昔よく乗った新幹線でしょうかな?」
「今のやつの前の型ですか」
「かれこれ十五年以上前の話です」
「他には?」
「どんぐり……」
と遥美奈が漏らした。
「どんぐり?」
「椎の実ですよ。流子はあれが好きでよく集めていました。これもまた小さいころの話です」
「脈がありそうですね。椎の実と血と生きている壁と、何か結び付けられるといいのですが」
わたしは何気なくいったのだが、遥美奈は真っ赤になってうつむいた。
「すみません。考えなしにいってしまって。そんなの、結びつくわけがないですね」
「いや、わからないです。フロイトのころから、思わぬものが思わぬものに結びついて夢の意味が明らかになる、というのが精神分析の基本みたいなものですから。むしろ問題なのは、わたしたちの連想が貧弱すぎて流子さんの夢を解釈できない、という事態に陥ることでしょう。それに関しては非力を認めざるを得ません。わたしは精神科医だった経験はあっても、臨床心理士だったことはないのですから」
「何か違いがあるのですか?」
「大違いです。例えば、精神科医は精神分析の訓練を受けていない」
「でも、あなたは……」
「もちろんわたしはナイトメア・ハンターです。しかし、わたしの出た医科大学は、薬の使い方とカウンセリング法、そして医者としての基礎を骨の髄まで叩き込んでくれましたが、精神分析や夢判断の方法までは手が回らなかった。後からフロイトやユングの本を少しばかりかじりましたが、付け焼刃にすぎません」
「そんな……」
「だからあなたがたの協力が必要なんです。わたしが実際に見てきた夢について共に考えてくれる人の協力が。精神分析に欠かせない自由連想法がこの場合使えない以上、わたしたちだけでなんとか夢に筋道をつけなくてはならないのです。それができれば、わたしも具体的に何をすればいいのかがわかる」
「ドクロを砕くとか?」
「それもひとつの有力な解答です。けれどもわたしには苦い経験がある。これだと思ってやったことがかえって患者の容態を悪化させてしまったことが。流子さんをそんな目に遭わせたくはないのです」
本音だった。
「桐野さん、わたし、やってみます」
「二人しかいない孫娘のためですからな」
遥美奈と遥喜一郎がそういったところで、ノックの音がした。扉が開く。
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わたしの分はあるのだろうか。
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ご飯も大事ですが、早く夢に入ってください桐野先生っ(つД`)゜・。・
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>ネミエルさん
どういうオチかは今後をご覧ください(^^)
どういうご感想を抱いていただけるかどきどきしてます(^^)
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この小説、TRPGがもとになっていますから、一回夢の中に潜って大暴れした後は、精神エネルギーをチャージしないとガス欠でたいへんなことになってしまうのです(^^;)
そのためには、悪夢を見ないで8時間ぐっすり寝なければなりません。
まあそういうところを緻密に書いてもうっとうしいだけなんで適当に処理はしていますが(汗)。