荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(5)

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     5 医は仁術である



    「あたしは金にもならない仕事をするのは嫌いだけれど、この場合、やるしかないよなあ。それも手遅れになる前にやらないと」

     テマはアトを見た。

    「……と、村の長にいってくれ」

     アトはその通りに長に伝え、返答をもらった。

    「お願いする。ウィッチ・ドクターの技を使うのはこの村では禁忌だが、精霊が導くのであればしかたがない、と、長はいっている」

     アトはテマにそう伝えた。

    「じゃあ、さっさと片づけようか。禁忌が長居していてもしかたないだろ」

     密林に隠されたような村の、狭い小屋。目の前にいたのはいましも出産を迎えようという妊婦だった。ひと目見て、母子ともに危険な状態だということはアトにもわかった。

    「アト、お前も手伝え。従者だろ」

    「だが、おれには経験がない。どうやって赤ん坊を取り出すんだ」

    「手早く腹を裂く。この症状では、ほかに手段はない。一刻を争う」

     テマはにこりともせず、小さな糸巻を取り出し、アトにいった。

    「もう一度いうが、腹を裂くんだ。あたしが腹を裂いて赤ん坊を取り出したら、へその緒を、赤ん坊ぎりぎりのところでできる限り手早く糸できつく結び、母親から切り離すんだ。できるな」

    「それだけでいいのか。母親は?」

    「お前が取り上げたら傷を電光石火であたしの身体に移し、あたしに意識があるうちにあの獣を解き放つ」

     テマは冷たい声でいった。

    「お前が赤ん坊を処理するのにかかる時間が勝負だ。失敗すると、あたしかこの母親か、どちらかが死ぬことになる。もしくは痛みのあまり狂い死にすることになる。従者として責任は重大だ。わかるな」

    「……わかった」

     テマは石灰のかけらを取り出した。

    「この小屋にしるしを描いてもいいかを聞いてくれ」

     そういいかけたとき、村長が突然大声を上げた。

    「なんていってる」

    「それは禁忌だ! 捨てろ! 捨てろ! といっている」

     アトは正直に伝えた。

    「ちぇっ。この石灰、高かったんだぞ。しかたない。なにか魔方陣を描くのに使えるものはないか聞いてくれ」

     交渉の末、アカスジバナから採取した染料を使えることになった。

    「……アカスジバナか。これだけこの貴重な染料を市場で売ればひともうけできるんだが、しかたがない。それから、強い酒も持ってくるんだ。翼ある蛇でもてきめんに酔えるようなやつをだぞ」

     つる草の繊維で作った筆で、テマはてきぱきと魔方陣を描いた。

     当たり前のように服を脱ぎだす。この小屋を作っている樹にある種の防虫効果でもあるのか、裸になっても、意外と虫は寄ってこなかった。

    「よし」

     テマは甕からひしゃくで酒を汲み、口に含むと、母親に口移しで飲ませた。喉が動くのを見届け、短剣を酒の甕に浸したテマは、身をひるがえすようにしてずぶりと母親の腹に突き刺すと、大きく切り広げた。

     アトは絶叫と噴き出す血の中で、テマが赤ん坊を取り出すのを見た。アトはひったくるようにして受け取り、簡単だがきつい結び目でへその緒を縛り、へその緒をぶつりと切った。戦士としての反射神経は役に立ったらしい。テマは母親に覆いかぶさると、傷をぴたりと自分の腹に重ねた。燐光がふたりの身体を包んだが、血は溢れ出していく。

    「…………」

     テマは歯を食いしばっていた。母親の腹にさっきまであった傷はもうどこにも見えなかった。かわりに、大きく裂けたテマの腹からは、血とともに内臓があふれてきていた。

    「食え!」

     魔方陣自体がまばゆい光を発し、あの黒い獣が傷を食らい始めた。テマは恐ろしい形相で痛みに耐えていた。

     用意されていた産湯に赤ん坊を漬けていたアトは、赤ん坊が元気に泣き出したのを見て、ほっと息をついた。

    「成功したようだな」

     テマはそんなアトの姿を見て、にやりと笑った。

     光が薄れて、消えていった。

    「アト!」

     泣き出した赤ん坊を長の夫人に手渡して、布でくるんでもらっていたアトは、テマに駆け寄った。

    「なんだ?」

    「気が利かん奴だな」

     テマの顔はいつも以上に白くなっていた。

    「まだ痛みが取れん。動けん。酒もってこい、酒!」

     アトは慌てて酒の甕からひしゃくになみなみと汲んだ。



     祝宴はひと晩続くそうだった。オオトカゲを一匹つぶしての宴会である。

    「結局、あの子供にはなんて名前をつけたんだい」

    「男の子だから、強くなるようにという願いを込めて、ラキという名前だそうだ」

    「ラキねえ……」

     テマの前に置かれた盃に、なにかの酒が注がれた。テマは注意深くひと口飲み、舌で転がした。

    「さっきも飲んだが、焼けるように熱い。味から見ると、ダズラやしの実で作ったのか?」

    「蒸したダズラやしの実を土中に埋め、何か月かほったらかしにしておく。すると土の中で、やしの肉と汁が酒になっているそうだ。ダズラやしはおれの住んでいたところではろくな実をつけない。だからおれも飲むのは初めてだ」

    「それじゃ、心して飲まなくちゃな」

     テマはまたひと口飲んで、ふっと息を吐いた。

    「ラキって、なんて意味なんだ?」

    「斧、という意味だ。森から木を分けてもらい、家として住まわせてもらうのに欠かせない。そのうえ、いざというときは、敵に対して有効な武器になる。がっしりしていて頼もしい。外来人の言葉だとだいたいそんな意味になる」

    「へえ。……じゃ、アトってのは、なんて意味なんだ?」

    「踵だ」

    「踵?」

     アトはうなずいた。

    「踵が弱ければ、早く走ることもできず、強く蹴ることもできない。男が生きるにはとても重要なところだ。おれは戦士であることに気づいてから、踵を大事にした。だから今がある」

    「なるほどね。そういや、もうひとつ気になっていたんだが……長よ」

     テマはトカゲ肉を皿代わりの木の葉に置いてから尋ねた。

    「なぜに石灰はこの村では禁忌なのだ?」

     アトが通訳して伝えると、村の長は首を振って目をつぶった。

    「わからないそうだ」

     アトはテマにいった。

    「わからない?」

    「そうだ。その白い石はこの村ができてから、ずっと禁忌であり続けた。それがなぜかはわからないが、必ずや悪いことが起こる」

    「それも精霊の知識かい」

     テマのぼやきに、アトは答えた。

    「外来人のいう知識とは意味が違う。精霊の導きというものは、おれたちにとって、あまりにも明白で当たり前のことなのだ」

     テマの目が疑い深くなった。

    「じゃあ、お前は、なんであたしが石灰を取り出したとき、なにも顔色を変えなかったんだ?」

    「簡単だ」

     アトは答えた。

    「おれには、石灰を見ても、精霊の導きがなにもなかったからだ」

     においのきついやし酒を口にし、テマは首をひねった。

    「理屈がよくわからんが……」

     アトはじれったそうに説明を続けた。

    「おれにも説明はできない。だが、おれに石灰を見てもそれが忌まわしいものだと思えないのは、おれがあんたの従者となるべく生まれていたからだ、とおれは考えている。考える以前に、わかるのだ」

    「ふうん」

     テマはつまらなそうにオオトカゲのよく焼けた後ろ足の肉をしがんだ。

    「なにか変なことをいったか」

    「いやね。あたしは、どちらかといえば、運命は自分で切り開くものだとばかり考えていたんでね」

    「運命を切り開いているように自分で思えるのはもっともだ。自分自身でそう思うことをやめてしまったら、とても毎日を生きていられない。だが、川で魚が流れに逆らって泳いでいられるのは、泳ごうとする魚の努力だけではなく、川が流れているというその事実そのものがあるからだ、と、死んだおれのおじはいっていた」

    「ふうん。含蓄あることをいうやつだな。死んだのはいつの話だ」

    「ついこの前だ」

     その答えに、テマははっと表情をこわばらせた。

    「すまん。……あたしが悪かった。この話はなしにしよう。それに、もっと切実な問題があった。アト、ここからいちばん近い、外来人の住む場所はどこか聞いてくれ」

     アトは長に尋ねた。

    「……ラテラの宿場町がいちばん近いそうだ。今日子供をとりあげたあの母親の夫をはじめとする三人の男たちが、アカスジバナの染料を、岩塩や干しキノコなどと交換に行くらしい」

    「そうか。そうだとしたら話が早い」

     テマはやし酒をあおった。

    「ジャングルで迷ってもしかたがない。ご同行させてもらおう。なにせあたしは、ひとつところにひと晩以上とどまることを許されない、ウィッチ・ドクターなんだから。ラテラの町にはどれだけかかる?」

    「大人の足なら半日もかからないそうだ」

     テマは飲み干した杯を見て、首を振った。

    「……ってことは、あたしには少しばかりきついな。まあ、がんばれるだけがんばらないと、金が使えないし」

     テマの顔は、目元がほんのり桜色になっていた。

    「とろりとしてうまいが、ほんときついな、この酒」

     村の長がアトになにかをいった。

    「……なんだって?」

    「おかわりもあるそうだ」

    「ありがたいね。二日酔いにならない程度にもらおうか。二日酔いなんかになったら、うちの獣が暴れ出して、猛烈な頭痛になっちまうからね……」

     夜は更けていく。ラテラの町にいったいなにが待ち構えているのか、そんなこと、今のふたりが知る由もなかった。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    問題は、今月の31日までに続きの12枚を書かなくてはならないのにまだ原稿が真っ白だということです。

    ほんにツイッターは魔物じゃき。とクモジャキーみたいにしゃべってみる。

    ラテラの町であの謎の男がどんな罠をしかけているか、乞うご期待!

    ほんとどうしよう……。

    NoTitle

    面白かったです。一気に2ヶ月ぶんも読めましたしね。
    問題はですね。結構間が空いてしまうので、以前の設定を忘れてしまうことなんですよね。
    戻って確認しなくちゃなりません。
    でも、帝王切開、凄まじかったです。
    そしてテマとアト、息の合ったコンビになってきましたね。
    テマはもちろんなんですが、アトの能力も相当高そう、まだまだ何かを秘めていそうです。
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