「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 1-6
6
「桐野さん、あなたが姉の夢の中で最初に見た生きている壁というのは、どんなものだったのですか?」
かなり広い食堂でわたしたち三人は顔を突き合わせ、それぞれのお膳で夕食を取っていた。この西洋館に和食は似合わない気もするが、日本人である以上、米の飯と味噌汁を食わなければ力が出ないのだろう。
わたしは大根と魚の煮つけをつつきながら答えた。
「手触りは肉の感触でした。暖かくて脈打っているところから、生きていると判断したのです」
料理がまずくなりそうな話である。吉野家で豚丼を食べているのならあの夢のおぞましい感触を微に入り細をうがって話してもいいのだが、わたしの目の前のお膳に並んでいるのは一見したところ素朴で地味なものの、ひとつひとつがとろけるような味わいの郷土料理だった。料理に対して失敬な話はよしておこう。
「美奈さん、流子さんにかかわる記憶の中でそうしたイメージのものは思い出せませんか? ホラー映画とかSF映画とかでもいいんです」
「姉はそういった映画が嫌いで、いつも恋愛映画ばかり見てました。間違えてそういったホラーとかSFとかの映画を見て、逆に記憶に残ったとしても、わたしに話したことはありません」
「お料理なんかは」
「よくしましたよ。おっしゃりたいことはわかります。でも姉は、生きた動物や魚をさばくのはやったことがないはずですが」
「大きな手術もしたことがないんでしたね。例の伝説にはそういった表現は……」
「ありませんな。先回りしていいますが、桐野さんがおっしゃったようなものが出てくる他の伝承も記憶にありません」
「そうですか」
わたしは大根と魚の煮つけに戻った。
「桐野さん」
「はい?」
「今晩はどうなさいますか」
「今回入ったことでかなり消耗しましたから、今晩もう一度入るのは無理です。一晩か、できれば二晩睡眠をいただきたいのですが」
「いえ、そうではなくて、今晩どこへお泊りになるか、です」
「あ……」
すっかり忘れていた。
「空いている部屋がいくつかあるので、どれを選ばれても結構ですよ」
よかった。この厳寒に外で宿を探してくれなどといわれたらどうにもしようのなくなるところだった。
「ありがとうございます。わたしは、どこでもかまいません」
「客間のひとつをお使いください。後で案内させましょう」
「恐縮です」
茶碗を握ったまま頭を下げる。
「桐野さん、明日はどうするおつもりですか?」
「とりあえず西方光太郎氏に会わせていただきたいです。時間があれば『FAIRNESS』も見てみたいですね。その後で入るかどうか決めたい」
「姉についてのお話は?」
「今夜と明日、たっぷり聞かせていただこうと思っています。今は忘れていることでも、一晩寝れば思い出すかも知れない。たくさん話せば、その中にいくつかは夢の解釈に役立つことも残るでしょう。夢判断に当人の自由連想がからまないというのは問題だということはわかっていますがね」
「桐野さんのお考えではどうですか?」
「わたしの見立てですか? ……そうですね。想像だけを語っていいのなら、最初に見た血を湛えた紡錘形の空間は、流子さんの胎内を象徴していると思えます。紡錘形をしているのは膣、もしくは子宮の暗示ですね。血は、流子さんの精神的エネルギーでしょう。同時に……お聞きしますが、流子さんに男性経験は?」
「なかった、と思います……」
「血を湛えていたことから、精神エネルギーが充溢していたと考えられます。と同時に、破瓜に対する不安もあり、それがわたしが出た穴の存在に結びついたのでしょう。そして、その後に見た荒涼たる大地と中国風の衣装は、流子さんが見た映画のイメージが強く残ったものと思われます。なぜそのようなイメージになったのかといえば、夢魔と思われるしゃれこうべにより心が荒らされているからでしょう」
わたしは言葉を切った。
「それが?」
「それが、わたしの見立てです」
「確かに、筋は通っていますね。それ以外考えられません」
「ええ、お爺様」
だといいのだが。
「それで、ドクロを砕く手段はお考えになったのですか?」
「いちおうは。でも、お孫さんがその夢を見続けているという保障はありません」
それが遥流子を救えるという保障も。
わたしはそのひとことを飲み込んだが、遥喜一郎老人はこちらの目をじっと覗き込んでいった。
「あなたは隠し事のできる人間ではないですな、本当に。顔に出る」
そんな自分が恨めしい。
「桐野さん、あなたが姉の夢の中で最初に見た生きている壁というのは、どんなものだったのですか?」
かなり広い食堂でわたしたち三人は顔を突き合わせ、それぞれのお膳で夕食を取っていた。この西洋館に和食は似合わない気もするが、日本人である以上、米の飯と味噌汁を食わなければ力が出ないのだろう。
わたしは大根と魚の煮つけをつつきながら答えた。
「手触りは肉の感触でした。暖かくて脈打っているところから、生きていると判断したのです」
料理がまずくなりそうな話である。吉野家で豚丼を食べているのならあの夢のおぞましい感触を微に入り細をうがって話してもいいのだが、わたしの目の前のお膳に並んでいるのは一見したところ素朴で地味なものの、ひとつひとつがとろけるような味わいの郷土料理だった。料理に対して失敬な話はよしておこう。
「美奈さん、流子さんにかかわる記憶の中でそうしたイメージのものは思い出せませんか? ホラー映画とかSF映画とかでもいいんです」
「姉はそういった映画が嫌いで、いつも恋愛映画ばかり見てました。間違えてそういったホラーとかSFとかの映画を見て、逆に記憶に残ったとしても、わたしに話したことはありません」
「お料理なんかは」
「よくしましたよ。おっしゃりたいことはわかります。でも姉は、生きた動物や魚をさばくのはやったことがないはずですが」
「大きな手術もしたことがないんでしたね。例の伝説にはそういった表現は……」
「ありませんな。先回りしていいますが、桐野さんがおっしゃったようなものが出てくる他の伝承も記憶にありません」
「そうですか」
わたしは大根と魚の煮つけに戻った。
「桐野さん」
「はい?」
「今晩はどうなさいますか」
「今回入ったことでかなり消耗しましたから、今晩もう一度入るのは無理です。一晩か、できれば二晩睡眠をいただきたいのですが」
「いえ、そうではなくて、今晩どこへお泊りになるか、です」
「あ……」
すっかり忘れていた。
「空いている部屋がいくつかあるので、どれを選ばれても結構ですよ」
よかった。この厳寒に外で宿を探してくれなどといわれたらどうにもしようのなくなるところだった。
「ありがとうございます。わたしは、どこでもかまいません」
「客間のひとつをお使いください。後で案内させましょう」
「恐縮です」
茶碗を握ったまま頭を下げる。
「桐野さん、明日はどうするおつもりですか?」
「とりあえず西方光太郎氏に会わせていただきたいです。時間があれば『FAIRNESS』も見てみたいですね。その後で入るかどうか決めたい」
「姉についてのお話は?」
「今夜と明日、たっぷり聞かせていただこうと思っています。今は忘れていることでも、一晩寝れば思い出すかも知れない。たくさん話せば、その中にいくつかは夢の解釈に役立つことも残るでしょう。夢判断に当人の自由連想がからまないというのは問題だということはわかっていますがね」
「桐野さんのお考えではどうですか?」
「わたしの見立てですか? ……そうですね。想像だけを語っていいのなら、最初に見た血を湛えた紡錘形の空間は、流子さんの胎内を象徴していると思えます。紡錘形をしているのは膣、もしくは子宮の暗示ですね。血は、流子さんの精神的エネルギーでしょう。同時に……お聞きしますが、流子さんに男性経験は?」
「なかった、と思います……」
「血を湛えていたことから、精神エネルギーが充溢していたと考えられます。と同時に、破瓜に対する不安もあり、それがわたしが出た穴の存在に結びついたのでしょう。そして、その後に見た荒涼たる大地と中国風の衣装は、流子さんが見た映画のイメージが強く残ったものと思われます。なぜそのようなイメージになったのかといえば、夢魔と思われるしゃれこうべにより心が荒らされているからでしょう」
わたしは言葉を切った。
「それが?」
「それが、わたしの見立てです」
「確かに、筋は通っていますね。それ以外考えられません」
「ええ、お爺様」
だといいのだが。
「それで、ドクロを砕く手段はお考えになったのですか?」
「いちおうは。でも、お孫さんがその夢を見続けているという保障はありません」
それが遥流子を救えるという保障も。
わたしはそのひとことを飲み込んだが、遥喜一郎老人はこちらの目をじっと覗き込んでいった。
「あなたは隠し事のできる人間ではないですな、本当に。顔に出る」
そんな自分が恨めしい。
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NoTitle
吸血鬼、というタイトルでどんなお話かな? と思っていましたら、冬の東北で、姫巫女伝説。
良い意味で意表を突かれました。
いろんな引き出しがありますねー、うらやましい。
良い意味で意表を突かれました。
いろんな引き出しがありますねー、うらやましい。
- #14299 椿
- URL
- 2014.10/07 15:56
- ▲EntryTop
>神田夏美さん
桐野くんは、ここぞというところでここぞということをするタイプの人ですから(^^;)
とりあえず続きのほうをよろしく~♪
桐野くんは、ここぞというところでここぞということをするタイプの人ですから(^^;)
とりあえず続きのほうをよろしく~♪
紡錘形、というところから色々な連想が出てきますねえ。桐野さんの見立ては当たっているのでしょうか、正解を読むのが楽しみです。
にしても、男性経験はなかったようですが、胎内を暗示しているのだというと、流子さん妊娠とか流産の経験があるのでしょうか。そしてその後の夢との繋がりは……ううむ。謎は深まるばかりですね。また後半あたりで一気にタネ明かしがくるのをドキドキしながら読み進めたいと思います。
にしても、男性経験はなかったようですが、胎内を暗示しているのだというと、流子さん妊娠とか流産の経験があるのでしょうか。そしてその後の夢との繋がりは……ううむ。謎は深まるばかりですね。また後半あたりで一気にタネ明かしがくるのをドキドキしながら読み進めたいと思います。
>ネミエルさん
うーんちょっと退屈でしたか(汗)。
この小説、連載とかブログ掲載とか一切考えないで書いたので、ちょくちょくこういうなにも話が動かないシーンが出てきます。
呆れないでまだしばらくつき合ってください(汗)。
うーんちょっと退屈でしたか(汗)。
この小説、連載とかブログ掲載とか一切考えないで書いたので、ちょくちょくこういうなにも話が動かないシーンが出てきます。
呆れないでまだしばらくつき合ってください(汗)。
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Re: 椿さん
……まあ当然かな、と思います。(´・_・`)