ささげもの

    夢を買う男

     ←オタ句 1月4日 →オタ句 1月5日
     夢を買う男



    「ポール!」

     同居人であるヒスパニックの軽量級ボクサーは、激怒していた。その感情の昂ぶりをパンチに込めることができたなら、全盛期のマイク・タイソンでさえ一発でマットに沈むだろう。それが無理でも、ハルク・ホーガンだったらなんとかなるに違いない。

    「あの畜生が行きそうな場所に心当たりはないか」

     わたしは黙って首を振った。

    「それもこれも、あんたが……」

     パンチが風を切る音。

     わたしは黙っていた。ボクサーはこぶしを下ろした。

    「なあ、あんたはいいとして、おれはどうやって生きていったらいいんだ? ここを追い出されると、行き場所がなくなっちまう。しかも仕事もパーだ。ダイアナとも別れなくちゃならんし、それにあんたも」

    「よせ」

     わたしは空になったベッドを見つめた。

     寒々しい思いがこみ上げてきた。

     あのHIVにかかった自称詩人は、こともあろうにわたしの給料と、ボクサーのファイトマネーを盗み、姿をくらましたのだった。



     …………



     そもそもの始まりは、わたしが引越しを決意したところからだった。

     このアパートを出て、もうちょっと日当たりのいいところに移る、と、昨年末にわたしが宣言したところ、ふたりはそれぞれに喜んでくれた。

    「アメリカン・ドリームってのは存在したんだな。UFOやネッシーと同じかと思っていたんだが」

     HIVで一段とやせ細った黒人の自称詩人はそういって咳き込んだ。

    「失業者が雇われ店長になっただけの話だ。これがアメリカン・ドリームだったら、世の中夢と希望だらけだぞ」

     とはいえ悪い気はしない。

    「いいじゃんか、夢を見ようぜ、夢をな!」

     まだ顔にテープが張ってあるボクサーは笑いながらいった。ダイアナに出会ってから、こいつは変わった。劇的なまでに変わったのだ。八百長ボクシングの泥水商売がイヤになり、顔役と直談判の末チャンスをもらい、クリスマスに組まれた試合に勝ち、みごと六回戦に上がってみせた。笑顔にならないほうがどうかしている。それに、これは彼にとっては一世一代のギャンブルでもあった。ライセンスを上げるには、ここらへんの顔役に、上納金を納める必要があったからだ。

    「ここからさらに八回戦に上がったら、今までのようにこそこそとじゃなく、大きな顔でダイアナとデートできるだけじゃねえ、もっと故郷に仕送りができるようになる。がんばって稼げるだけ稼ぐさ」

     ボクサーはうまそうにダイエットコーラを飲んだ。

    「すると……」

     詩人が何かいいかけた。

    「なんだい?」

    「……いや。なんでもない」

     詩人は何かを考えているようだった。

    「引越しはいつだ?」

     ボクサーの問いに、わたしは答えた。

    「物件は見つけてあるから、管理人との交渉しだいだ。だいたい二週間後というところかな。持ちきれない家具は置いていく。好きに使っていい」

    「さびしくなるな」

     詩人がぽつりといった。

    「なに、わたしが出て行った後は、また誰かが入ってくるさ。来るとしたらたぶん、わたしよりも話が面白いやつだな」

    「まだ見ぬそいつに乾杯と行こうぜ!」

     ボクサーがダイエットコーラの杯を掲げた。わたしたちもそれに合わせた。



     …………



    「なにをしているかしらねえが、見つけ出したら顎をかち割ってやる」

     暴力行為は嫌いだが、わたしも反対はできなかった。問題は、わたしたちにはあの詩人を見つけるための手段がないことだ。

    「ポール、やつはどこに行ったと思う?」

    「わからん。こういう話は、たいてい女かクスリかギャンブルか、というところに収まるだろうが、女を買うには、あいつは端からみてもわかる末期HIVだ。売ってくれる女自体がいないだろう。クスリも、やる気になっていればここに来る前にやっている。なにせ病床でも酒一滴さえ飲まないやつだったからな。後は、自分のHIV治療薬を買う金をこしらえるためのギャンブル……」

     わたしは頭を抱えた。どれもあの詩人には似つかわしくないことだ。

    「ポーカーだろうとバカラだろうと、カード一枚握れないようにしてやるぜ。なにしろあいつは……」

     扉が開く音がした。それと同時に、なにかの荷物が置かれる音と、人間が倒れる音。

     わたしは振り返った。

     詩人がいた。電器店のマークがついた袋から、なにかの箱が飛び出していた。手には、なにかの書類がしっかりと握られていた。

    「このくそ野郎が!」

     わたしは飛び出そうとしたボクサーの身体を押さえた。

    「待て。弱っているところに外出なんかして、こいつはふらふらだ。きみが本気で殴ったら殺人罪になりかねん。とにかく、ベッドに運んで、気がつく間にこの荷物を調べよう」

     ボクサーは袋を見た。

    「ノートパソコンに、マイクにビデオカメラ。それに開封済みのフラッシュメモリと、こいつが使っていたぼろぼろのノートだ。なにをしたかったんだこいつ」

     わたしは手に握り締められていた書類を読んだ。

    「これは……」

    「なんだよ」

    「遺言書と、著作権の譲渡書だ。連名で、わたしときみの名前になっている。どうやら、フラッシュメモリに入った画像を、インターネットで世界中に公開してほしいらしい」

    「そんなこといわれたって!」

    「とりあえず、フラッシュメモリの中身を見てみよう。すべてはそれからだ。きみはそこの公衆電話で医者を呼んでくれ」

     わたしはコンセントにノートパソコンをつなぎ、システムを立ち上げてフラッシュメモリを調べた。中身には 『イラク』と書かれた動画ファイルがぽつんとあっただけだった。帰って来たボクサーとわたしは付属のビューワーを使って動画を見た。

     画面には、詩人の黒い顔があらわれた。見る限りどうやらネットカフェにいるようだ。彼は苦しい息の下から、訥々と話し出した。

     わたしとボクサーは無言のまま、詩人による長編詩の朗読を聞いた。地獄のような戦場の現実を描いた叙事詩だった。そこには、わたしたちを黙らせるだけのなにかが、たしかにあった。

     十五分後に動画は切れた。

    「……なるほどな」

     ボクサーはつぶやいて、ベッドに顔を向けた。

    「なあ、あんた」

     返事はなかった。

     詩人は死んでいた。

     わたしとボクサーはのろのろと顔を見合わせた。

    「死んじまった……死んじまったよ! ここへ来て初めて、あの黒いのがなにをしようとしていたのかようやくわかったのに、あいつは死んじまった! 医者が来るまで待てなかったのかよ! こんなのってありかよ!」

    「……十五分間しゃべれるだけの体力しか残っていなかったんだろうな。電器店で品物を買ってから、ここまで持ってこられただけでも奇跡だったんだろう。きっと気力だけで運んできたに違いない」

    「でも途中だぜ! 十五分間だけしか、やつは読めなかったんだ!」

     わたしは詩人の残した、手垢にまみれたノートをぱらぱらとめくった。

    「ノートには、原稿が最後まで書いてあったよ。これで完成ということらしい」

     わたしはボクサーの目を見た。

    「遺言執行者として、きみはどうする?」

    「どうするったって……どうしようもねえじゃねえか!」

    「マイクとカメラはある。残りの金とあわせると、次の収入が入るまで、このアパートでぎりぎりの生活はできそうだ」

    「で……?」

    「医者がすぐ来る。それに死人が出たことを教会に知らせなくっちゃならん。後の警察との交渉は、ある程度なら教会がやってくれるだろう」

    「そ……そうだな」

    「そして遺言執行者として、わたしは喜んでマイクとビデオカメラを使うことにする。きみはどうする?」

     ボクサーはきょろきょろと辺りを見た。

    「で、でも、このアパートには、自由に使えるインターネットの回線なんかないぜ!」

     わたしはいった。

    「インターネット回線が使えそうな場所だが、つてがないわけじゃない。だめだとしても、友達を全部あたれば、そのうちひとりくらいは使わせてくれるんじゃないのかな」

     わたしの頭の中にはひとりの日本人の姿が浮かんでいた。どうして根拠もないのに確信をすることが可能なのか、わたしには明確に言葉にすることができなかった。



     ※ ※ ※ ※ ※



     手を出しかねている間にあれよあれよと話が膨れ上がってしまってこっちが驚いている「マンハッタンの日本人」話、「わたし」が語り手であるパートの新作であります。もちろん「scriviamo! 2015」参加作品です。名無しのほうがかっこいいかな、と思っていましたが、そうもいかないようで、八少女さんサイドで「ポール」なる名前がつけられてしまいました。覚えていろ(笑)

     じわじわと小出しにするつもりでしたが、なかなか書けなかったので、ここで一気に、設定当初考えていたことをドカッと。八少女さんがどういうレシーブをしてくれるか今から楽しみです。根暗で鬱でB型のうえ、Sかもしれんわたし(^^;)


    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    【オタ句 1月4日】へ  【オタ句 1月5日】へ

    ~ Comment ~

    私も、しょっぱなにサキさんと同じことを思いました。
    そうだ、ポールだった! なるほど、こりゃ絶対苗字はブリッツだな、と一人思ってほくそ笑んでいたら、夕さんが同じことを突っ込んでおられた……
    いや、ポールさんと夕さんの丁々発止? 紅白の美川VS小林(古い?)並みに、何だかscriviamo!の名物シーンになってきましたね。
    設定もどんどん広がって、このままどこまで行くのやら。ボクサー設定もHIV詩人設定も広がって、本当にマンハッタンの吹き溜まり的人物劇が動いていますね。しかしここでは終わらない感じ。この投げ方はまさに夕さんへの挑戦状ですね。ほんと、S仲間が増えて嬉しい大海なのでした。
    あ、limeさんと私はキャラにSなだけで、夕さんにSにはなってないか^^;

    Re: いもかるびさん

    この三人全員ですね。

    買った夢が叶うのかどうかについては、八少女さんのレシーブ待ちです。

    個人的には叶えてやりたい。

    Re: ダメ子さん

    もうわたし、ネオ・ハードボイルドというやつが大好きで。

    ほんとうならばもっとハードに……してもしかたがないよな。(^_^;)

    とりあえず今は返球しだいです。

    Re: 八少女 夕さん

    作中の「わたし」は真面目で不器用なやつですから、なんとか想い人と結ばせてあげたいのですが。

    ……現実はそれほど甘くないのはわかってますけど、これは小説でありますし。

    とりあえずダイアナエンドのフラグは折ったぞ。目指すはメインヒロインエンドだ(^_^)

    Re: 山西 サキさん

    この三人組は、この一年間いろいろなことをさせるつもりだったんです。

    しかしなかなか書けないでいるうちに、いたずらに時は流れ(^_^;)

    結局、こういう形になってしまいました。

    作中の「わたし」は一途なやつですから、なんとかハッピーエンドに持って行きたいんですが、八少女さんがそんな結末を許すかどうか。

    レシーブを待たなくては……。

    NoTitle

    夢を買う男というのが詩人を指すのか
    ボクサーを指すのかそれとも私を指すのか
    それ以外の人物なのかひとまず続きを楽しみに待てという事ですね。

    正直風体のよろしくなさそうな3人だったと思うので
    詩人の遺体を検分にきた警官とひと悶着ありそうだなぁ
    NY市警だし・・・・冗談です。

    遅れましたが、新年あけましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。

    NoTitle

    なかなかハードな展開に
    日本人のお友達は大変ですねw
    続きが楽しみです

    Sは知っていましたが

    こんばんは。

    今年も早々のご参加ありがとうございます!
    で、え。あの話は2014年限定ブームじゃなかったんだ?!
    ええと、はい。頑張ります。
    そう、残りの二人、あのままじゃもったいないのになあと思っていたら、こんな設定が。余計な事を書かなくてよかった。
    日本人って、そりゃ一人しかいませんよね……。
    そちらの設定に抵触しないようにギリギリ飛行を目指します。

    あ、何なら苗字を「ブリッツ」にしてもいいんですよ。あ、ごめんなさい、殴らないで! それくらいなら切り餅を投げてください。
    小豆は作ったけれど、餅のストックがほとんどない事に氣がついてorzな私です。

    なんて、お返し、次の次になります。少々お待ちくださいませ!
    いつもすごい挑戦状、ありがとうございます。あ、嫌味じゃなくって、本当に感謝していますってば!

    NoTitle

    あはは!そう言えば彼の名前、ポールだったですねぇ。
    この3人組のキャラや設定も素敵だなぁと思っていたのですが、取り残されたようになった彼の行動も凄く素敵でした。感動です!
    一種の自己犠牲かな、それとも自分の夢を2人に託したんだろうか?
    彼みたいな人、好きですね。でもサキには書けない。そんなふうに感じました。
    夕さん、どんなふうに展開させるのかな?ドキドキします。また超魔球だし……。

    ポールさん、あけましておめでとうございます。
    NET環境の弱いところにこもっていましたのでコメントが遅くなってしまいました。すみません。
    今年もよろしくお願いします。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【オタ句 1月4日】へ
    • 【オタ句 1月5日】へ