「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 1-7-1
7
目覚めはすっきりだった。枕元の時計を見る。六時ジャスト。昨日寝たのが九時だから、八時間以上は眠ったことになる。悪夢も見なかったし、これで精神面の疲れは完全に取れた。……はずだ。
結局昨晩は、「FAIRNESS」を見ながら遥流子の過去のことについて話を聞いたが、これといったものは何もなしで終わってしまった。遥流子は、スポーツはテニスを愛好しており、政治は無党派層の、入れるなら自民というタイプで、小中高は地元の学校、大学も地元の県立大学(旧家の出だからといって受験勉強をおろそかにできるわけがない。金の力で私学をエスカレーター式に登りつめていくなどというステレオタイプを作った漫画とドラマよ、呪われろ)出身。肉より魚(特に鱈などの白身魚)好き。妹とは違ってメカは自動車から電子機器までどれもだめ。HDDつきDVDレコーダーを買ったものの、録画の方法がよくわからなくて、妹がいないときはもっぱらプレーヤーとして使用することが多い。酒は日本酒党(これはこの家の人間全員だという話だった)。洗濯よりも掃除のほうがどちらかといえば好みらしく、自分の部屋は常に小ぎれいにしている。もっとも、洗濯が嫌いなのはあの全自動洗濯機がボタンがいっぱいつきすぎているから、であるらしいなどなど。
「FAIRNESS」を見て得るものはなにもなかったし、聞いた話も情報が断片的すぎてなんともしようがなかった。これらをどうあの夢にあてはめて解釈しろというのだ。しかし、その作業をしなければ危ないのはこっちの命である。
「両親の死についてもう少し詳しい情報が欲しいところだな……」
呟きながら寝巻きを脱いだ。わたしが寝ていたのは客間のひとつで、部屋の中にはいくつかのインテリアが置かれていた。
ふと、調度品のひとつに目が吸い寄せられた。そこに鈍く光っていたのは、ライフルの薬莢に相違なかった。
喜一郎氏のものだろうか? 誰のものだろうといいといえばいいことであるが。
手早く衣服を身につけようとした。お手伝いの香さんが見繕ってくれた、シャツに、セーターに、ズボンに……。
「ももひき?」
確かに必要ではある。喜んでご厚意にあずかることにした。昨日はついつい関東にいるつもりで持って来なかったので、外にいる間、無性に寒かったのだ。
ノックの音がした。
「はい?」
「失礼いたします。……桐野先生、お早いんですね」
扉が開いてお手伝いさんが入ってきた。年のころは三十代後半から四十代前半というところだろう。少ししもぶくれのきらいがなきにしもあらずだが、人なつこそうな顔をしたおばちゃんである。
「ゆうべ早く寝ましたからね」
ズボンのジッパーを上げ、ホックを留めて振り返った。
「着替えくらいは一人でできますよ。えーと?」
「香、です」
「いえ、苗字はなにかと思って」
「野村、ですけど」
「野村香さんですか。野村さんとお呼びすればよろしいですか?」
「香、でけっこうですよ」
「じゃ、わたしもそう呼ばせていただきます。この家には、香さんや遥家の皆さんの他にも人がいるんですか?」
「ええ。同じ使用人の田島さんという男の人と、流子様の看護婦の宮部さんが」
「香さんは、この家に来てから長いんですか?」
野村香は遠くを見つめるような表情をした。
残念なことに遥流子と美奈の両親が亡くなったのは話に従えば二十七年前であり、そのころの様子をうかがうことはできまい。
「ええ。もう、十一年になります」
わたしはセーターの穴に首を突っ込んだ。少し大きいが、暖かくていいセーターだ。
「ははあ。長いこと勤めてらっしゃるんですね。やっぱり、この家の人が、みないい人だからですか?」
野村香は話に乗ってきた。
「ええ、優しいかたばかり。それだけに、流子様のああいうご病気は見ているだけでお気の毒で……。桐野先生、流子様は目覚められますか?」
「努力はしますが、こればかりはやってみないことにはわかりません」
「そういうものですわよねえ……」
二、三度小さくうなずく。
「でも、桐野先生、なんとかしてあげてください。今日は本当ならば流子様のご結婚の当日だったのですから」
「お相手の西方氏はなんと?」
「財産目当てとかそういうのではなくて、本当に流子様のことを愛していらしたのでしょう、流子様がお目覚めになるまで何年でも待つ、と」
「財産?」
「この家と土地、それに、生活を支えていくのに充分な資産ですわ。喜一郎様は引退、流子様はご病気と、ご家族で働かれているのは美奈様だけでらっしゃいますから」
「イラストレーター、でしたっけ? 流子さんと組んでいたんでしょう」
きのう聞いたことを思い出す。
「ええ。戸乱新報と月刊てぃあらに。流子様のご病気以来、その連載はストップしてますが、イラストだけは描かせてもらっていたようです。美奈様は、捨てカットを頼まれた、とおっしゃっておられましたが、そのいいかたはあまりにもひどいとは思われません、桐野先生?」
「わたしには出版のことはなんとも。西方氏のほうも、雑誌に寄稿したりしていたのですか?」
「西方先生は柔らかい文章は苦手らしいですわ。もっぱら論文ばかりで。流子様とも、島の施設の広報活動に、わかりやすくて親しみのある文章を書ける人を探す過程で出会ったのがなれそめだそうですから」
目覚めはすっきりだった。枕元の時計を見る。六時ジャスト。昨日寝たのが九時だから、八時間以上は眠ったことになる。悪夢も見なかったし、これで精神面の疲れは完全に取れた。……はずだ。
結局昨晩は、「FAIRNESS」を見ながら遥流子の過去のことについて話を聞いたが、これといったものは何もなしで終わってしまった。遥流子は、スポーツはテニスを愛好しており、政治は無党派層の、入れるなら自民というタイプで、小中高は地元の学校、大学も地元の県立大学(旧家の出だからといって受験勉強をおろそかにできるわけがない。金の力で私学をエスカレーター式に登りつめていくなどというステレオタイプを作った漫画とドラマよ、呪われろ)出身。肉より魚(特に鱈などの白身魚)好き。妹とは違ってメカは自動車から電子機器までどれもだめ。HDDつきDVDレコーダーを買ったものの、録画の方法がよくわからなくて、妹がいないときはもっぱらプレーヤーとして使用することが多い。酒は日本酒党(これはこの家の人間全員だという話だった)。洗濯よりも掃除のほうがどちらかといえば好みらしく、自分の部屋は常に小ぎれいにしている。もっとも、洗濯が嫌いなのはあの全自動洗濯機がボタンがいっぱいつきすぎているから、であるらしいなどなど。
「FAIRNESS」を見て得るものはなにもなかったし、聞いた話も情報が断片的すぎてなんともしようがなかった。これらをどうあの夢にあてはめて解釈しろというのだ。しかし、その作業をしなければ危ないのはこっちの命である。
「両親の死についてもう少し詳しい情報が欲しいところだな……」
呟きながら寝巻きを脱いだ。わたしが寝ていたのは客間のひとつで、部屋の中にはいくつかのインテリアが置かれていた。
ふと、調度品のひとつに目が吸い寄せられた。そこに鈍く光っていたのは、ライフルの薬莢に相違なかった。
喜一郎氏のものだろうか? 誰のものだろうといいといえばいいことであるが。
手早く衣服を身につけようとした。お手伝いの香さんが見繕ってくれた、シャツに、セーターに、ズボンに……。
「ももひき?」
確かに必要ではある。喜んでご厚意にあずかることにした。昨日はついつい関東にいるつもりで持って来なかったので、外にいる間、無性に寒かったのだ。
ノックの音がした。
「はい?」
「失礼いたします。……桐野先生、お早いんですね」
扉が開いてお手伝いさんが入ってきた。年のころは三十代後半から四十代前半というところだろう。少ししもぶくれのきらいがなきにしもあらずだが、人なつこそうな顔をしたおばちゃんである。
「ゆうべ早く寝ましたからね」
ズボンのジッパーを上げ、ホックを留めて振り返った。
「着替えくらいは一人でできますよ。えーと?」
「香、です」
「いえ、苗字はなにかと思って」
「野村、ですけど」
「野村香さんですか。野村さんとお呼びすればよろしいですか?」
「香、でけっこうですよ」
「じゃ、わたしもそう呼ばせていただきます。この家には、香さんや遥家の皆さんの他にも人がいるんですか?」
「ええ。同じ使用人の田島さんという男の人と、流子様の看護婦の宮部さんが」
「香さんは、この家に来てから長いんですか?」
野村香は遠くを見つめるような表情をした。
残念なことに遥流子と美奈の両親が亡くなったのは話に従えば二十七年前であり、そのころの様子をうかがうことはできまい。
「ええ。もう、十一年になります」
わたしはセーターの穴に首を突っ込んだ。少し大きいが、暖かくていいセーターだ。
「ははあ。長いこと勤めてらっしゃるんですね。やっぱり、この家の人が、みないい人だからですか?」
野村香は話に乗ってきた。
「ええ、優しいかたばかり。それだけに、流子様のああいうご病気は見ているだけでお気の毒で……。桐野先生、流子様は目覚められますか?」
「努力はしますが、こればかりはやってみないことにはわかりません」
「そういうものですわよねえ……」
二、三度小さくうなずく。
「でも、桐野先生、なんとかしてあげてください。今日は本当ならば流子様のご結婚の当日だったのですから」
「お相手の西方氏はなんと?」
「財産目当てとかそういうのではなくて、本当に流子様のことを愛していらしたのでしょう、流子様がお目覚めになるまで何年でも待つ、と」
「財産?」
「この家と土地、それに、生活を支えていくのに充分な資産ですわ。喜一郎様は引退、流子様はご病気と、ご家族で働かれているのは美奈様だけでらっしゃいますから」
「イラストレーター、でしたっけ? 流子さんと組んでいたんでしょう」
きのう聞いたことを思い出す。
「ええ。戸乱新報と月刊てぃあらに。流子様のご病気以来、その連載はストップしてますが、イラストだけは描かせてもらっていたようです。美奈様は、捨てカットを頼まれた、とおっしゃっておられましたが、そのいいかたはあまりにもひどいとは思われません、桐野先生?」
「わたしには出版のことはなんとも。西方氏のほうも、雑誌に寄稿したりしていたのですか?」
「西方先生は柔らかい文章は苦手らしいですわ。もっぱら論文ばかりで。流子様とも、島の施設の広報活動に、わかりやすくて親しみのある文章を書ける人を探す過程で出会ったのがなれそめだそうですから」
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お久しぶりです、せあらです。
雲隠れしていて溜まった分を、まとめて読ませていただきました~♪
ボリュームがあって、読み応え十分。
溜めてから読むのもいいものですねv
↑と言いつつ、こらえ性がないのでUPされれば読んでしまうのですが(笑)
少しずつ進展してきて、これからの展開も楽しみですね!
また遊びに来ます~
雲隠れしていて溜まった分を、まとめて読ませていただきました~♪
ボリュームがあって、読み応え十分。
溜めてから読むのもいいものですねv
↑と言いつつ、こらえ性がないのでUPされれば読んでしまうのですが(笑)
少しずつ進展してきて、これからの展開も楽しみですね!
また遊びに来ます~
>ネミエルさん
すみませんこの小説、みんなこんな感じでべらべらしゃべります(^^;)
なにぶんこれを書いたときは長編小説は数年ぶり、とかいうような状況だったもので、エンターテインメントの呼吸がよくわからなくなっておりまして……(^^;)
すみませんこの小説、みんなこんな感じでべらべらしゃべります(^^;)
なにぶんこれを書いたときは長編小説は数年ぶり、とかいうような状況だったもので、エンターテインメントの呼吸がよくわからなくなっておりまして……(^^;)
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ちょっとこの小説はのんびりペースかも知れません。
ゆっくりまったり読んでください~♪