FC2ブログ

    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    3 吸血鬼を吊るせ(完結)

    吸血鬼を吊るせ 1-8

     ←吸血鬼を吊るせ 1-7-2 →吸血鬼を吊るせ 1-9


     結局、一人ですることは何もなくて、ふらふらと屋敷の中を歩いた。
     廊下の角を曲がったところで喜一郎氏に出会った。
    「おはようございます」
    「おはようございます、桐野さん。年寄りは朝が早くていけませんな。今日も五時に起きてしまいました。桐野さんも、ずいぶんと早い」
    「きのう早く寝ましたからね。仕事柄、八時間ぴったりで起きる癖がついているので。着替えていると、香さんが来ましたよ。あの人も早いですね」
    「朝早くから、朝食を作ったりと仕事が山積してますからな。孫にやらせるべきなのでしょうが、香さんの食事が絶妙すぎて」
    「わかります。香さんといえば……」
     わたしは遥流子の書いた文章と原稿を見せてくれるよういった。
    「これはこちらで気がつくべきでしたな。ええ、もちろん、かまいません」
    「それと、よろしかったら美奈さんと流子さんのご両親が亡くなられたときのこともお教え願えませんか?」
    「関係があるとお考えで?」
    「幼少時の記憶ですが、トラウマとなって残っているかもしれない。特に人間の生死に関わることだと」
    「いいでしょう。廊下ではなんですから、こちらの部屋にでも入って」
     わたしと遥喜一郎は部屋の一つに入った。
    「なにからお話ししたものですかな……」
     遥喜一郎は遠くを見つめるようなまなざしをした。
    「浩介と嫁の澄江さんが死んだとき、流子はわずかに三歳でした。美奈になると生まれたばかりで、流子は美奈が生まれたから二人がいなくなってしまったのだと泣いたことがあります」
    「お二人の死因は」
    「交通事故です。流子と美奈の服を買いに本土に行った帰り、暴走トラックと正面衝突して。慣れないレンタカーを運転していたので浩介もかわしきれなかったのでしょう。トラックの運転手からはアルコールが検出されたそうです。運転手も死んでしまったので怒りのやり場がありませんでした」
    「…………」
    「浩介はわしの一人息子でしてね。今から思えばできた息子でした。物静かで、英文学が大好きで。商売一筋だったわしとはぶつかったこともありましたが、あれはあれでがんばっていたんでしょう、地元の国立大学に講師の口が決まったと、子供のように喜んでいたかと思ったらその三ヶ月後に事故ですよ。ショックでした。それを機にわしは会社を譲り、故郷のこの家に帰ってきたのです。流子や美奈が文章や絵に自分の進む道を見出したのも、わしが浩介のことを折に触れ話していたからかもしれません」
    「澄江さんは」
    「浩介には過ぎた女房だったでしょう。学問の道に走ったあれが食えないで赤貧にあえいでいる間、下訳などのアルバイトをしてあれを支え続けたのですからな。大学院卒業後は自分で食えといって浩介に一切援助をしなかった自分自身の依怙地さをわしは後から呪いましたよ。もっとも、浩介も澄江さんも自分からそんな援助などお断りだという性格の人間でした。いい人間ほど早く死ぬのかもしれません。臆面もなく長生きしているとそう思いますよ」
    「それはあなたが死んだ人を強く想っているからです。その想いを忘れたら、人間は人間でなくなってしまう」
    「そのほうが楽かもしれませんな」
    「そんな生き方、楽に『だ』をつけて、堕落と呼びたいですね、わたしは」
    「これは手厳しい」
     その声に、わずかに笑いが混じっていたので、わたしは安堵した。いいすぎてしまったかと思ったからだ。
    「夢に、潜在意識の奥底に沈んだ、起きているときは完全に忘れている幼少時の記憶が現れるという話はよく耳にしますが、本当ですか、桐野さん」
    「本当、ともいえるし、そうでない、ともいえるでしょう。わたしの乏しい経験からいうと、幼少期の記憶だと思えるものを、夢の中で見出すことはよくあります。しかし、同時にそうした記憶の残滓は、長い年月の間にさまざまな刺激や抑圧の影響を受けて、まったく別の形に変容、変貌しているものなのです。それを考慮に入れると、わたしが夢の中で見つけたその手の記憶は、本当に幼少時の記憶だったのか、誰にも正確なところはわからないでしょう。フロイトの夢分析でも、冷静になって考えてみれば牽強付会が著しく思えるところがいくらでもある。フロイトが偉いのは、それが実用になるということを示した点にあると思いますね。それが正確かどうかは別問題として」
    「理論が間違っていると?」
    「アメリカなどの最新のトレンドでは、フロイトもユングもけちょんけちょんですよ。思うに、精神分析が流行りすぎた反動でしょうね。私見ですが、フロイトの理論は今は叩かれるだけ叩かれる時期だと思っています。だからといって重要性がまるでなくなってしまった、ということもないでしょう。フロイト理論はまたしぶとく蘇ってくるに違いありません。まあ、門外漢のわたしにとって、手っ取り早く役に立てば、なんであれそれでいいのですが」
     少々無責任なことをいってしまった気がして話題を変えた。
    「泊めていただいた部屋の隅でライフルの薬莢を見つけたのですが、あれは喜一郎さん、あなたのものですか? 見たところ30‐06口径のものと思うのですが」
     遥喜一郎は虚をつかれたような表情を見せた。
    「ええ、昔、猟をしていたことがありまして。でも、桐野さん、よく口径までご存知ですね」
    「門前の小僧ですよ。実はわたしも昔散弾銃を持ってましてね。そのせいで銃器についてはいささか知識があるのです。もっとも、猟ではなくてクレー射撃専門ですけれど」
     遥喜一郎は相好を崩した。
    「それはすばらしい。時間があったら最近の事情についてうかがいたいですな。もう歳なので実弾射撃は十五年以上やっていませんがね。桐野さんはライフルを使われるご予定は?」
    「免許が厳しいですからね。それに散弾銃も今は持っていませんし。射撃は貧乏人のスポーツではないですよ」
     遥喜一郎は苦笑いした。
    「流子を助けてくださったら、わたしのベレッタをごらんに入れましょう。愛用の品ですからな。しかし、お願いします。どうか、流子を……」
    「最善は尽くします」
     これでは腕の悪い医者みたいだ。現にその通りだが。
    「喜一郎さん、ニュースが知りたいのですが、この島の新聞状況はどうなっているんです?」
    「全国紙は朝九時の船で来ます。朝刊は週に一度、戸乱新報がありますな。後はテレビ、ラジオ、インターネットを使うことになります」
    「朝のニュースがそろそろでしょう。テレビを見せてはいただけませんか」
    「いいですよ。居間にあります。一緒に見ましょうか」
    「ありがとうございます」
     遥喜一郎は立ち上がった。
    「東京のかたには、地方局の放送はかえって面白いのではないでしょうか?」
    「そうかもしれませんね」
     後へくっついて居間へと歩いた。横長の画面をした立派なテレビが置いてある。自分のアパートにあるアナログテレビを思い出し、やっぱり買い換えたほうがいいかな、などと考えた。
    「ハイビジョンなんですか?」
    「いちおう。でもまだハイビジョン放送は入りません、残念ですが。ネットに加わるのは早くて再来年とか聞いています」
     遥喜一郎がリモコンを手渡してくれた。NHKを回す。天気予報がやっていた。
    「……東北地方は、きょう明日と雪もやみ、比較的過ごしやすい天気が続くでしょう……」
     そこまで見たとき、扉が開いて香さんが顔を見せた。
    「喜一郎様、桐野先生、お食事の用意ができました」
     飯となればしかたもない。
    関連記事
    スポンサーサイト






     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    もくじ  3kaku_s_L.png ご意見など
    もくじ  3kaku_s_L.png おすすめ小説
    【吸血鬼を吊るせ 1-7-2】へ  【吸血鬼を吊るせ 1-9】へ

    ~ Comment ~

    >神田夏美さん

    桐野くんらしいああいうセリフを次から次へと考えられると楽なんですが、どうもくだらないギャグとかダジャレに逃げる傾向があって……(^^;)

    夢の中で面白い小説を読んでいて、おおっこれは傑作だ、と思い、わたしもそんな作品を書こう! と決心したところで目が覚め、なんだ夢か、よしパクるぞ、と考えたはいいものの小説の内容をすっかり忘れていたときのくやしさといったら……(^^;)

    まあ新人賞を取って雑誌に名前が載っており、大いに喜んだ直後に、ふとんの中で目覚めて夢だと気づかされたときのがっかり感にくらべればまだ軽いですが(^^;) いえマジで見たことあります。2回も(^^;)

    桐野さんの「それはあなたが死んだ人を強く想っているからです~」以降の台詞が印象的でした。さすが桐野さんいいことを言います(爆)やはり医者やナイトメア・ハンターとして人を助けているとそういう考えが生まれてくるものなんでしょうか。

    それにしても、私は起きると夢を全然覚えていないタイプの人間なので、たまには何か夢を覚えていたいものです。悪夢は嫌ですけど……^^

    >佐槻勇斗さん

    これを書いたとき(すなわちこの話の時代設定)は2006年あたりなので、まだハイビジョンはそれほど普及していなかったのであります。その後にある「ネット」というのは、ハイビジョン放送網のことですので、PCとは直接関係ありません。

    こういった離島では、インターネットとか電話用に、海底ケーブルとか敷かれているのかなあ。わからないので、そこは適当ですが……。

    冬空に生足は女性にはきついだろうなあ……と考えると、ストッキングくらいいいような気がします(^^)
    身体を冷やして子供ができなくなったらたいへんですし。

    佐槻のPCもアナログですよ桐野先生、仲間ですね^^*
    右上にアナログって出るのちょっと鬱陶しいですよね爆


    ももひきをレギンスと呼ばれ始めたら日本のオシャレ事情は終わりのような気もしますがww
    ちなみに佐槻は女性には出来るだけレギンスを履いて欲しくない派です。
    やっぱ生足1番ですよ、

    >ネミエルさん

    いろいろとエッセイなどを読んでいると、自分は早死にすると思っている人はけっこう長生きするらしいですね(^^)

    がんばって日本の平均寿命を延ばしてください(^^)

    良い人ほど早く死ぬ…か。

    なら、ぼくは明日にも死なないとおかしですね!(?)
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【吸血鬼を吊るせ 1-7-2】へ
    • 【吸血鬼を吊るせ 1-9】へ