荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(6)

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    stella white12

     6 罠



     ラテラの宿場町には、交易所を兼ねた市場があった。

     ……ようであった。

    「なんでこの町にはひとっこひとりいないんだ」

     町のど真ん中にある井戸の前で、テマは薄気味悪そうにつぶやいた。

    「おれにもわからん。彼らもわからんといっている」

     井戸を囲むように、暑さをしのぐために作られた建物が、いくつも軒を連ねていた。露店には売り物が並べられてもいた。

     だが人は誰もいない。

    「精霊の導きとやらはどうだ」

     アトはテマの質問に首を振った。

    「少なくともおれを導いてはいない」

    「この町に立ち入るなとはいってないか」

    「だから導きそれ自体がないのだ。入るべきなのか入らないべきなのか、おれにも彼らにも判別ができない」

    「役に立たん奴」

     テマは懐から小石を取り出した。同行している三人の野蛮人が騒ぎ始めた。

    「石灰じゃない。ただの小石だ。説明してやってくれ」

     アトが三人をなだめている横で、テマは地面に小石で魔方陣を描き始めた。

    「この陣から出るなよ。これから獣を解き放つからな」

    「どうしてそんなことをするんだ」

    「腐臭は漂ってこないが、もしかしたらはやり病かもしれん。そうだとすると、あたしたちにも危険がおよぶ可能性がある。それに、獣がすっ飛んでいったら、そこに病人がいる明白な証拠だ。病を食われると痛いことは痛いだろうが、生命には代えられんしな」

     テマは魔法陣を描き終えた。

    「いいか、繰り返していう。出るなよ。ちょっとでも怪我や病気をしているやつは出るなよ。もし出たら、あたしの獣がお前たちの怪我や病気を食らう。そのときの痛さときたら、もう、正気を失うほどだ。忠告はしたぞ」

     テマはとん、と杖を突いた。

    「行け!」

     テマの足元から、黒い触手が、四方八方へ凄まじい速さで伸び始めた。

    「やはり、はやり病か……?」

     苦々しさが、その声にはあった。それと同時に、わずかな困惑の色も。

     次の瞬間だった。

     町にある建物が、次から次へと燃え上がり始めた。

     アトははっとして四方を見た。人間の気配は、相変わらずどこにもない。

     煙が上がる。皆が皆、目をこすった。三人の野蛮人は咳き込みながら、魔方陣の外へ進み出た。

     アトは野蛮人の言葉で叫んだ。

    「……出ルナ!」

     すでに遅かった。テマの呼び出した獣は、野蛮人たちの煙と指のこすりとで激しく傷つけられた角膜を、うまいごちそうだとしか思わなかったのだ。

     テマは目をつぶって杖をついた。

    「戻れ!」

     触手はするすると戻ってきた。

    「アト、あの三人を連れて、火が回っていないところへ急げ!」

    「あんたはどうする!」

    「あたしはあたしでなんとかする! だから急げ!」

     火の回りは激しかった。アトは、かすんだ目で見える唯一の逃げ道めがけて走った。とにかく、この炎から身をかわしさえすれば……。

     不覚だったとしかいいようがない。あと一歩で火の手から逃げられる、というところに足を踏み入れたとき、なにかがぱちりとはじけた。次の瞬間、地面に伏せられた針金製の網が、折り曲げられたダズラやしの木をばねにして、アトたち四人の身体を宙へと飛ばせた。網はそのまま袋となり、四人は身体をわずかに動かすことすら満足にできなくなっていた。

     これの小型のものは、アトも何度となく使ったことがある。キイロトカゲのような素早く動く動物を狩るための罠だ。非常にシンプルで、実用的で、一度かかったらちょっとやそっとでは逃げられない。

    「ウィッチ・ドクター! 仲間は捕まえた! 仲間の生命が惜しかったら出て来い!」

     しゃがれた男の声がした。

     アトは罠の中から叫んだ。

    「卑怯者! この町の人たちはどうした!」

     しゃがれた笑い声。

    「ほう、元気がいいのがいるじゃないか。この町の人間なら、おれが宴会に招待した。もっとも、食い物と酒と水に遅行性の毒が入っていたなんて、まったく想像もしていなかったようだがね!」

     町は業火に包まれている。罠の中の四人は、とろ火であぶられるオオトカゲの肉も同様だった。

    「なんのためにこんなことをする!」

    「おっと。金貨百枚くんは少しばかり黙っていることだ。そうでもないと、こういうことになる」

     ひょうっと音がした。鏑矢だ。矢は網を吊っているロープをわずかにかすめて火の中へと落ちていった。

    「おれとしちゃ、金貨千枚ちゃんにも用があるんだ。ジャヤ教徒に引き渡すと、ちょいとした金になるもんでね。無論、賞金だけでなく、悪徳奴隷商人から奪い取った金貨にも興味がある。三百枚はくだるまい」

     炎はいまだ燃えている。

    「ウィッチ・ドクター! お前さんの武勇伝は聞いてるぜ! こんな火くらいで死ぬようなタマじゃないだろう! 早く出て来いよ! そうでもないと、こういうことになるからな!」

     今度は二本の矢が飛んできた。

     アトは体重をかけることで網を揺らそうと試みたが、ここまで的が大きくなれば、外れようがなかった。

     野蛮人のひとりがうめいた。矢は脇腹に突き立っている。致命傷かどうかはわからなかった。

     同じく矢を突き立てられたアトはうめかなかった。うめいたところでどうにもならなかったからだ。それに、運よく太い血管をよけてくれた以上、声を漏らすのは戦士としてどうかと思われた。

    「ウィッチ・ドクター! さあ、お前の獣を解き放ってみろ! できるか? お前にできるか?」

     アトは思った。テマはやるだろうか? もしやったところで、自分は大の男が狂気に陥るほどの、その想像を絶する苦痛に耐えきれるだろうか?

     すべては精霊の導きだ。テマが自分を狂わせるのが精霊のもたらす結末なら、それが自分のあるべき道なのだ。

     炎が燃え盛る中から、ずるっ、ずるっ、という音がしてきた。

     針金の網の中からアトは見た。

     苦痛に顔をゆがませ、裸体に黒いものをからみつかせた少女が歩いてくる姿を。

    「さっきからでかい声でよくもまあ……」

     火だるまの少女は、確かにそういった。

    「この礼は、いつか必ずしてやるぞ。その前に、あたしの従者となんの罪もない村人を放せ」

     テマの声だった。

     姿を見せない男は答えた。

    「金貨千枚をこの目で拝むまではできない相談だね」

     声には嘲りがあった。

    「炎に焼かれて、獣に食われて、それでこうしてしゃべれるんだから、ウィッチ・ドクターってえやつの根性はたいしたもんだねえ。いや立派立派」

     そうだった。普通だったらあっという間に焼け爛れてしまう皮膚や筋肉といったものが、焼けるそばから獣に食われて再生していくのだ。それはおぞましくも美しい光景だった。燃え上がる金髪はあっという間にその元の黄金の色を取り戻し、肌はもとのなめらかさと張りを取り戻した。

     だが、そこが限界だった。

    「ち……くしょう」

     テマはよろよろと指を上げた。

    「も……どれ」

     それだけいうと、真っ青な顔をして、テマはどさりと地面に崩れ落ちた。

     しゃがれ声の男は叫んだ。

    「行けっ!」

     しばらくするうちに、遠くから蹄の音が聞こえてきた。ここに続く交易路を、四騎の馬が駆けてくるのだった。馬には屈強そうな男がそれぞれまたがっていた。

     男たちは馬から降り立ち、おそるおそるといった調子で動かないテマに近づくと、気を失ったその身体を縛り上げた。

     アトは叫んだ。

    「テマ!」

     しゃがれ声の男は笑った。

    「死んじゃいねえよ。気を失ってるだけさ。あの娘っ子も、無敵じゃあないってこと、それだけだ」

     アトにはよくわからなかった。

    「どういうことだ?」

    「息が詰まったんだよ。あの炎の中から、苦痛に耐えて歩いてくるには、呼吸することをあきらめなくちゃあならねえからな。だいいち、この炎と煤煙の中には、呼吸するだけの空気がない」

     テマは窒息したのだ!

     アトは黙りこくった。

    「どうした、お兄ちゃん?」

    「姿を見せたらどうだ。どこからしゃべっている。どうやって獣から身を守った」

     笑い声がどこかから響いてきた。

    「それは絶対の秘密、といいたいところだがね、兄ちゃん、残念ながらタネは簡単だ。このラテラの町に、お前さんたちが来るまでに、遠くから声を伝えるための伝声管というやつを埋めておいたのさ。はは、ほんとうにただの手品で、悪かったなあ」

     伝声管なるものがいかなるものなのか、アトには想像もつかなかったが、かなり遠くから話ができる道具らしい。そうでなければ、テマが最初に獣を解き放った時に、身体のどこかしらの病変を食われていてもおかしくはない。

     やがて男たちは、網にとらわれたアトたちのまわりにやってきた。

     アトは闘いに備え筋肉から力を抜いた。

     男たちの中でもっとも背の高いものが、にやりと笑った。

    「変なことは考えない方が利口だぜ、兄ちゃん。あんたが祖霊と精霊に、こちらに対してなにもしないと誓わない限り、網は解くつもりはねえよ」

    「そしてここにぶっ倒れているかわいい嬢ちゃんは……」

     テマのそばにうずくまった小柄な男が短剣を構えたのを見て、アトは叫んだ。

    「祖霊と精霊にかけて誓う!」

    「……そう、それでなくっちゃな。ものわかりがいいってことは、この生きにくい世界で生きていくための知恵の第一歩だぜ」

     アトはぎりりと奥歯を噛んだ。

     精霊のもたらす運命とは、自分とテマがこのような目に遭うことだったのか。生まれて初めて、アトは精霊を呪った。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    こいつらは単なる三下にすぎません。

    この苦境をどうやって乗り切るのか、こいつらの目的と正体はなんなのか、待て! 来月!

    実はほとんどなにも考えていなかったりするぞ!(え;)

    NoTitle

    うわ~。大変な事になってますね。
    こいつら何者?極悪人なのかな?
    網の罠、こういうお話しにはとても似合ってます。
    でもテマはやっぱりかわいい嬢ちゃんだったんですね。
    めいっぱいアトを応援してしまいますよ。なんとかして~。
    これまで1番の大ピンチですが、どうやって乗り切るのか、いつか借りを返すテマに期待しています。
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