ささげもの

    働く男

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     終業時刻を迎えた店内。窓の外は霧だった。霧だらけだ。わたしの視界をふさぐのだけが目的であるかのように霧が立ちこめている。テレビで映るカリフォルニア州なりサンフランシスコはいつも晴天だったが、現実はそういうわけにはいかないものなのだ。

     わたしは『ピンタおばさんの店』の収益を上げようとあの手この手を考えては、モニタに映るグラフとにらめっこしていた。ナポリ出身の、安くてうまい料理を作らせたら、人生経験上でも三本の指に入る、魔法使いの老婆みたいな女料理人が武器である大衆食堂だ。

     料理はすでにレシピ化していた。その気になればわたしでも近い味が出せるまでには厳密なものにしたつもりだ。いつでも二号店が出せる。

     だが、それには足りないものがあった。

     客である。

     料理はうまい。しかも安い。立地条件もそこそこだろう。

     これで客が入らないのだから、悪いのは経営努力しかないではないか。

    「どうだろう、スタンプカードを作って、何回か来たらカフェラテ一杯サービスというのは」

     わたしは共同経営者のマルコに提案した。店を出す金を用立てたのが彼なので、最終決定権は向こうが握っている。

     マルコは首を横に振った。

    「あっという間に、偽造スタンプ用のデータが出回るぞ。そうして、ただでラテにありつくやつらが出てくるということになる」

    「そこが狙いだ」

     わたしは自分の意見を押した。

    「カフェラテを飲むためには、うちの料理を食べなくてはならない。カフェラテは、ただでくれてやってもいいと思ってるくらいだ。要はリピーターを増やすこと。料理はうまいんだから、来ているうちに客も落ち着く」

    「おれのみるところじゃ、落ち着くのが必要なのはお前さんだろう。おれの持論だが、人間はもっとこう、どっしりと構えておくべきだ」

     わたしの見るところでは、マルコはあまりにも慎重居士にすぎる。親戚が、はやらないながらも少なくともあの店を潰さないでやっていけたのは、この慎重さがあったからではないか。とんだファビウス・マクシムスである。

    「しかし……」

    「お前さん、働きすぎだな。前の店で、なにか、忘れるほど働きたくなるようなことでも、あったのか」

     あった。

    「女か」

     図星だ。

     わたしは黄金色の肌をした、めったにいないような女性に、みごとなまでにふられたのだった。

     一世一代のつもりで書いたメールを読み返してみると、わたしは文中に、「恋」とも「愛」とも書いていなかった。これでなにもかも振り捨ててグレイハウンドの長距離バスに乗り込みたがるか、ちょっと考えればわかりそうなものだが、彼女はわたしをわたしと同程度に愛しているという思い込みにとりつかれていたわたしには、その考えること自体ができなかったのだ。

     荷物の整理など、サンフランシスコから業者に電話を一本入れれば大丈夫だろう、と考えていたわたしは、あまりにロマンチストすぎたのかもしれない。

     結局、彼女は来なかった。わたしはグレイハウンドでひとり、やけ酒を飲みつつ大陸を横断した。

    「いいか、イギリス人はさすがに深いことをいう。転がる石に苔はつかない。苔とは金、財産のことなり。腰を据えれば、自然と苔が身体についてくる」

     わたしがハイスクール時に聞いた解釈とは正反対だった。

    「それに、そんなに未練があるならば、電話ないしメールを送ればそれで済むことだろう。違うか?」

     違わない。詩の朗読に彼女が果たした役割を思えば、著作権管理財団に一本電話を入れれば、伝言くらいは伝えてくれるだろう。そのつもりで電話をかけようとしたこともある。

     だがわたしにはできなかった。ボタンを押そうとしたわたしの手は、いつも途中で止まった。彼女はわたしを拒絶した。それでわたしには充分なのではないか?

     仕事に没頭する以外、わたしになにができたというのだ。そして仕事自体が空回りの連続だ。情けないことに、わたしの思いつきを形に変えていたのは、彼女だったことにようやく気がつく始末だ。

    「……なあ、ポール」

    「なんだ?」

    「仕事のほうだが、しばらくの間は会計処理だけに専念してくれ。そのほうが、おれも毎日その場の思いつきを聞かされなくてすむから、合理的だ」

     わたしは黙った。

     マルコのいうことももっともだった。

     膝小僧を抱いて寝る以外、できることはなにもなさそうだった。


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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    こいつはこういうやつなんです。

    考えすぎる「ネオ・ハードボイルド」派の小説の登場人物にこういうやつ多いんですよね。

    誰とはいわないがヘンリー・リオスとか。

    うむむ。

    Re: 大海彩洋さん

    こいつはこういうやつなんです。

    「ジョースター家の男は一度の人生に一人の女しか愛せない」というアレです。

    ここ一番と思った恋愛が破綻をきたすと十年経っても二十年経ってもバーでバーテンダー相手に未練がましくぐちぐちぐちぐちくだを巻く男なんです。

    桐野くんも竜崎巧も、意外なところでは「残念な男」もこのパターンです。

    そういう人間しか書けません。

    とほほ(^^;)

    NoTitle

    うーーん、すっかりもう吹っ切って、バリバリ働いてるのかと思いきや。
    膝小僧抱えてるだなんて。
    あちらでは美穂、少しずつ歩き出してるのに、どうしましょうね、夕さん。

    あらら~

    本当に、これはすっかり、西と東に分かれて大陸をまたにかけた戦い……大大陸場所、といった風情になりつつありますね。
    線路は続くよどこまでも……ポールが美穂以上にぐるぐるしているのが意外な気もしましたが、いや、これはどうなる。もうすっかり遠く日本から興味津々で見守るのみです。

    Re: LandMさん

    知恵も力も体力もない(^^;)

    どうしようわたし、というところです。小説も現実生活も(^^;)

    Re: ダメ子さん

    えらいこっちゃえらいこっちゃ。

    そこにドロドロの愛憎のドラマが生まれるのか。美は乱調にありといううし。(笑)

    Re: 山西 サキさん

    恋愛小説はこじらせたほうが面白いというので思いきりこじらせてみました(笑)

    またマンハッタンに戻らせるかは八少女さんの采配しだいというか、フラグを折りにかかるかどうかを興味津々で見つめています。

    美穂ちゃんモテモテですな(^^;)

    Re: カテンベさん

    なにしろ古い人間なもんで、恋愛観も古かったりするんです(←そういう問題なのか?(^^;))

    とにかくサンフランシスコに行ってからはその行方は杳として知れず、というのでは小説にリアリズムというものが(←そういう問題なのか?(^^;))

    わはは。

    Re: 八少女 夕さん

    いや恋愛小説はこじらせたほうが面白くなる、ときいたので(笑)

    三角関係って定番というか王道でしょうやっぱり(笑)

    NoTitle

    純粋に小説を読んで。
    働くって大変ですねえ。
    ( 一一)

    私も知恵は欲しい。

    NoTitle

    こんなところでもたもたしている間にすでに向こうでは…
    えらいこっちゃえらいこっちゃ

    NoTitle

    あちゃ~。こっちではポールが悶々としてる。
    魂を抜かれたポールはやっぱりフルパワーを出せないんですね。
    美穂の力恐るべし・・・です。
    でも悶々としている場合じゃないんだけど、マンハッタンではジョセフが頑張ってますしね。
    サキはどっちを応援すれば良いのでしょう?
    美穂にもようやく春が巡ってきたと言うことかな。嬉しいです。
    そのわりに本人には自覚がないみたいですけど。
    夕さん大変なことになってきたなぁ。

    新天地で新生活てのやと

    こちらに移ってきてから、新たに知り合うた人にほのかな恋心、てなのがあってもええのにね
    どんな人に惹かれたんやろ?て気になりますもん


    仲は悪くはないくらいで恋愛状態にも思えなかったけど、惹かれあってはいた、てのは、いつの時代の恋愛よ?て思てまうよなもんやけど
    再会する展開ならひと波乱ありそやし、変化は現れたりするんやろねぇ

    ええ〜っ

    こんばんは〜。

    って、ちょっと、これどうしたらいいんですか?
    ポール・ブリッツさんは泥沼から降りたがっているものだと思っていましたが、全然終わっていないじゃないですか!

    しかもポールったら、美穂も真っ青のぐるぐるぶりで、二人ともこれで話が進んだら奇跡だと思う……。
    しょうがないなあ……。ちょっと考えますので、数日お時間をくださいませ。

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