ささげもの

    作る男

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     わたしはエクセルにまとめたデータを見て、うめいた。

    「要するに」

     敗北を認めるのはつらいものである。

    「わたしの努力は、『しないほうがマシ』な代物でしかなかったわけか」

     後ろでこの店の料理長であるピンタ・グッチャルディーニ婆さんがしゃがれた声で笑った。料理長といっても、手伝いのシチリア人がひとりいるだけだが。

    「データってもんは正直だね、ポール」

     これまで横ばいかわずかに下がっていた来客数が、わたしが会計専門にまわってから、わずかずつの増加に変わっていた。少しながら、リピーターが増えてきたようなのである。

    「これじゃビジネスパートナーもなにもないじゃないか」

    「株屋と料理屋は、根本的に違うってことさ」

     婆さんはくっくっと笑いをかみ殺しながら、わたしにいった。

    「角を矯めて牛を殺す、じゃないけれど、お前さん、なんでそんなにこの店を成長させようと空回りしてたんだい」

    「……空回りはよけいだ。真実ではあるけど」

     わたしはエクセルを閉じた。

    「わたしはできるだけ早く二号店を出したかっただけだ。二号店をだせば、もしかしたら」

     わたしは口をつぐんだ。婆さんは見逃してはくれなかった。

    「もしかしたら、なんだって?」

    「……なんでもない」

    「女?」

     図星である。が、わたしはそれを隠した。

    「わたしがマンハッタンで少なからぬ金をもらったことは婆さんも知ってるだろう。だが、いつまでも寝かせておいたら目減りしていくだけだ。それならいっそ店を開いて投資したほうがいい。それにはこの一号店が繁盛してくれないと……」

    「店を開いたらその女が来るかもしれない、本気でそんなことを考えているのかい?」

    「…………」

     さらに図星であった。

    「本気でそう考えているのなら、どうして今やらないんだね。お前さん、それでも男なのかい?」

     耳元にメガトン爆弾を落とされても、ここまでのショックは覚えなかっただろう。

    「婆さん、そ、そりゃ」

    「どこが無理なんだね? 金はある。このでかい町には物件もある。客数は右肩上がりだ。どうして行動に移さない」

    「いや、それだけじゃ料理店は。だいいち、料理人がいない」

     婆さんはわたしの顔に人差し指を突きつけた。

    「お前さんがやりな」

    「わたし? いや、わたしは料理なんか、自分で食べるものくらいしか作ったことはないぞ」

    「そうかねえ。あたしの料理を分析し、完全なレシピにまとめたお前さんの舌には、あたしも驚かされたものなんだがねえ」

     婆さんは真顔だった。

    「料理をしたのはピエトロだ。わたしは味見しただけだ」

    「ピエトロでは、あんなふうにまとめることはできないさ。ポール、あんただから味を再現できたんだ。素質は、お前さんのほうが、ピエトロより遥かに上だろう」

    「わたしはただの株屋だ」

    「職業の選択を間違うなんて、誰でも覚えがあることだよ」

     婆さんは手をひと打ちした。

    「さ、ぼやぼやしないで、すぐに物件を買って、営業許可をもらってきな! もらってきたら、航空券を送ってやるんだ!」

     わたしは両手を見た。きれいな手だった。

    「婆さん」

     わたしは正面から視線を合わせた。

    「マンハッタンに、どうしてもそばにいてほしい、東洋人の乙女がいる。お願いだ、二号店のオープンに間に合うように、わたしの両手を、プロの料理人のそれにしてくれ。彼女を、わたしの料理でもてなしてみたい。なにをするにしてもこれがたぶん、最後のチャンスだろう」

     婆さんはわたしにはわからないイタリア語でなにか叫ぶと、わたしの背中をどやしつけた。



     …………



     そして。

     わたしはマンハッタンに向けて、手紙を添えた航空券を贈った。

     開店当日が、わたしの一世一代の勝負の場になる。

     賽は投げられたのだ。このわたしの、傷とやけどでぼろぼろになった手で。



     ※ ※ ※ ※ ※



     八少女さん、金も力も圧倒的に差をつけられている男に、プレゼンで勝負しろって、無茶です(^_^;)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    いや、いわんでよろし(笑)

    「めぞん一刻」で五代くんのお婆さんもいってるように、

    カネのあるやつにつくのがいちばん賢明であります(^^;)

    とほほ。

    NoTitle

    お、ポールが(同じ名前なので言いにくいですね)動き出しましたね。
    ピンタ婆さんがとっても素敵ですね。経験だけは積んでますから、こういう道は理論で押すポールよりも行けるのかもしれません。
    でも、まだまだ旗色は悪いなぁ。地の利はないし、どちらが力を持っているかというと比べるまでもないし。料理人になろうとしているし。
    この航空券を見て美穂はどう動くのかな?
    サキだったら・・・あ、言うのは止めときます。

    わぁ

    これは思った以上の進展。ポールがひとり、ぐるぐるから抜け出そうとしている! 婆さんがいい味を出していましたね。
    こういう展開はついつい応援したくなりますね。
    問題は、美穂のグルグルのほうかもしれませんね。どうなるのか、すごく楽しみになってきました。やっぱり恋愛小説は三角でなけりゃね。

    あらあら

    こんばんは。

    携帯電話のワン切りをスルーしましたね。
    じゃ、この状況を利用して、もう一ひねりこじらせることに、させていただきます(笑)
    あ、意地悪じゃなくて、もう一つのプレゼンがあるかどうか、ちょっとだけ様子見するんで。

    ちなみに、金と力は、有利になることもあるけれど、絶対的ではないかと。地理的には不利かも。

    ピンタ婆さん、グッジョブ。

    NoTitle

    作る、造る、創る

    make,product,create

    読み方は同じ「つくる」でも、意味が全然違ってきますね

    そんなことを思いました

    なかなかこの3拍子が揃った環境ってないですよね

    どうも互いに、目に見えない垣根を設けたがるようなので(汗)
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