その他いろいろ

    笠井潔を肯定的に批判する

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     ミステリにしろ、SFにしろ、日本のエンターテインメント界で、笠井潔ほど毀誉褒貶の激しい受け取られ方をされている人間はいるまい。

     嫌われる理由ははっきりしている。読者の頭を混乱させることだけを求めているとしか思えない妙な思想の引用の羅列、ひたすらに暗いストーリー、作者自身が新左翼の活動家としての経歴がある筋金入りのサヨクである、人からちょっとでも揶揄されると猛烈にかみつくその攻撃性(しかも笠井潔本人は揶揄に揶揄で返しているつもりなのだろうが、その揶揄のしかたがどうも垢抜けなく、揶揄というより子供の悪口と文法的に同等なのではないかとまで思わされるレベルだというのがさらに嫌われる理由になる)、エトセトラ。

     嫌う人間が嫌うだけ、笠井潔に対する信者も多い。なぜ信者になるのかといえば、先ほど挙げた嫌われる理由のひとつひとつを裏返せば、それがそっくりそのまま信者になる理由になる。高尚な現代思想をわかりやすく伝えてくれる教師、社会悪をえぐるストーリーテリングの妙手、最近横暴を極める日本のネトウヨさんたちへの嫌悪感に対するアンチテーゼとしての存在、揶揄に対するあの垢抜けなさからもわかるマジメさと本質的な善良さ、そこらへんが熱狂的に支持する人間がいる理由であろう。

     そしてわたし個人としては、笠井潔の作品なり評論なりは好きである。一時期は信者になるほどであったが、最近はそこまでのはまり方はしていない。だって気楽に手に取るには分厚すぎるんだもの最近のあの人の作品。たぶん、「哲学者の密室」で自信をもったのだろうが、やりすぎ、ということにも気を使って欲しいものだ。

     で、本題。「笠井潔作品はほんとうに難解なのか?」

     「テロルの現象学」をはじめとする評論本、「矢吹駆シリーズ」をはじめとするミステリ、「ヴァンパイヤー戦争」をはじめとする伝奇SF、夢中になって読みふけったあのころを思い出しつついうのだが、「けっして難解ではない」というのが結論である。

     こういっちゃなんだが、笠井潔先生、デビューから現在に至るまで、一貫してぶれていないのである。評論本も、ミステリも、SFも、三十年以上にわたって同じことしかいっていないのだ。

    「中途半端に頭のいいやつが政治的に妙な野心を起こすとみんなが迷惑するからやめようね」これしかいってない。

     そもそも「テロルの現象学」自体が党派観念批判の書であるのは、新左翼活動家であった笠井潔があさま山荘に至る「総括」という名のリンチと、ポル・ポト派によるカンボジアの大虐殺という新左翼運動が直面した現実に対し、どのようにそうしたものを批判するべきか、という切実なまでの問題意識に直面しての結果だ。「だったら右翼になりゃいーじゃん」と考えるのは単なる思考放棄である。

     「テロルの現象学」において、笠井潔は、そうした「革命」を目指すものの必然的に陥る精神の暗部を徹底的に抉り出していく。ドストエフスキーと埴谷雄高、それらを読み込むことにより、精神の暗部がおぼろげながら見えてきたところで、「テロルの現象学」は終わっている。

     それはそれでいいのだが、笠井潔は、ミステリにおいてその「解答」まで描き出してしまった。「バイバイ・エンジェル」で描かれた犯人は、あまりにも中途半端な才能から、自分にも世界を変革することができると信じて、殺人を犯す。ラストシーンの犯人の独白は、よくもまあここまで大風呂敷を広げたもんだ、と思うほどである。

     「解答」と書いたのは、そうした精神の暗部と戦う存在として、「犯人よりも頭のよい」名探偵、矢吹駆をデウスエクスマキナとして使ってしまったからだ。またもうひとり、「犯人よりも頭のよい」悪の根源、ニコライ・イリイチ・モルチャノフを、同じくデウスエクスマキナとすることで、「こいつがいちばん悪い」としてしまった。

     代弁すれば、「中途半端に頭のいいやつは、普通に暮らせばそれでいいんだ、世界の運命はもっと頭のいいわれわれの闘争が決める」ということになるのだろうが、それもそれでなんである。しかし笠井潔は、「ヴァンパイヤー戦争」や「サイキック戦争」などでも「中途半端に頭のいいやつ」のせいで世界が悲惨になることをこれでもかとばかり書いている。敵となるものの象徴が、「スターリン」であり、「ポル・ポト」なのであろう。

     まあそこまでだったら、単なる本の読み方ですむのであるが、問題は、笠井潔先生本人が、「自分の小説を地で行っている」と見られてもしかたのないことだろうか。最近のミステリ界での笠井潔バッシングの嵐を見て思う。

     結局、笠井潔は「思想家」であり、「歴史家」ではなかったのであろう。それがエンターテインメントとはいえ「文学史」における「史的発展」についての論述をしてしまったのが大きなミスだったのではないか。「ある限定された資料から、皆が考えてもいなかった新しい読み方を見出して文学史における資料の位置づけを見直させる」ことが「思想家」のやるべき文芸評論のそれだとしたら、「ある限定された資料から、それ以外の資料に対しても適用されるであろう一般的な法則を見出す」のが歴史家とくに文学史家なり哲学史家の仕事である。前者のそれはそれだけで完結するが、後者のそれは新発見された資料によりいくらでも変わりゆく可能性がある。笠井潔の悲劇は、そうした「変わりゆく可能性」と、「自らの首尾一貫した思想」とのすり合わせに失敗した、というところにあるのではないだろうか。

     まあ、ファンとしては、そこでどう粘って、現代日本および世界を巻き込む他文化憎悪とテロの嵐に、頑固で生真面目な左翼的知識人としてどう立ち向かっていくかを見守りつつ応援するわけだが、あの人の場合、矢吹駆シリーズ全十作で二十世紀の諸問題と戦い終えたときに燃え尽きてしまいそうな気がしてなんなのである……。

     マルクスでも読むか。
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    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    笠井先生は、「自分ももしかしたらポルポト派の一員みたいになっていたかもしれない」という恐れを抱いて小説や評論を書いていたのでしょうね。

    いまの右と呼ばれる作家や文芸評論家が、どれだけ「自分ももしかしたら二・二六事件の青年将校みたいになっていたかもしれない」という恐れを抱いているかは、考えたくもありません。いわんやネトウヨをや、であります。むしろそれを恐れるどころか妙なプライドに転化させてしまっているのではないかと思えるのがよけいコワいであります……。

    NoTitle

    作品は無難に作れば作るほど面白くなくなる。
    それが漫画であり、小説である。

    ・・・ということを教えてくれる方ではあると思います。
    私も少し読んだことありますが。

    Re: レバニラさん

    ラノベにも積極的にアプローチを試みたりしてますしね。

    問題があるとしたら、あの人の文体が、決定的にラノベとは相性が悪いということかなあ。それさえ除けば、かなりアクティブで才能豊かな作家なんだけど。

    作品からは社会悪を憎む善人らしさが伝わってくるんだけど、あの人の最大の弱点は、「ギャグが書けない」というところなんですよねえ。そこらへんを笠井先生をノセるようにしてうまくおちょくったのが「ウロボロスの基礎論」の竹本健治先生。そしてその後の「このミス」における覆面座談会騒動で、笠井先生のギャグセンスがまさにあそこでおちょくられたものであることを自分から示してしまった、という……。

    小説からも評論からも、社会悪を憎んで若い世代に希望を託す、絵に描いたようなマジメさがうかがえるんですが、論敵からは「大杉栄そっくり」といわれたりして、あの先生もたいへんであります……。

    Re: 面白半分さん

    うわー、よりによって笠井潔の本の中で一二を争うつまらん本を(笑)

    あれってほんと、ほとんど矢吹駆というか、それに託した笠井潔の自己弁護から成り立っている本なので、読んでいてまったくスカッともしなければ納得もいかん展開が結末まで続くんですよねえ。

    あえて位置づければ、わたしはキルケゴールの初期作品「あれかこれか」における「誘惑者の手記」にあたるんじゃないかと思っています。あれの後編がない感じというか。

    ニコライ・イリイチ・モルチャノフらしき人物も出てきたりと、矢吹駆シリーズのファンにはうれしい作品なんですが、「バイバイ・エンジェル」より若書きだという(^^;)

    シリーズを全作読んでいる熱狂的な矢吹駆ファン以外は、無理して読むこともないとわたしは思います。裏を返せば、シリーズ全体を通して笠井潔が張っているトリックがあったとして、それを先に見通してやろう、と考えるなら、読んでおくべき一冊だとは思いますが。

    NoTitle

    どうも、こんばんはです。

    笠井潔氏は何が凄いって未だにアニメちゃんと見てる所ですよ!
    それでまぁ、今時のアニメもネトウヨがどうとかいった時流の中で右に傾いているかと言えばそんな事、全然無くて
    右も左もエロとグロで塗り固められてよく分からない状況になってて
    艦隊コレクションなんて「日本が誇る艦隊の素晴らしさ!」とか言って戦艦の被り物した女が暗黒舞踏始めるようなアニメが持て囃される中で、
    そういった時流を“馬鹿馬鹿しい”なんて一笑にせず、Twitterとか見てると本当にちゃんと見てるっぽい所が凄いですね!

    東浩紀との泥仕合の件も含めて偉くバイタリティのある人ですよ、
    中途半端に頭の良い奴は世界に不幸をもたらすかもしれないけど、一見馬鹿馬鹿しい物を“馬鹿”と思わず、ちゃんと突き詰めようとする所を見ると、この人は本当は馬鹿が好きなんじゃないかと思いますよ。

    Re: マウントエレファントさん

    「哲学者の密室」は矢吹駆シリーズではいちばん面白いでしょう。個人的には、「バイバイ・エンジェル」か「サマー・アポカリプス」を読んで「笠井潔の雰囲気」に慣れておくべきかも、とも思いますが。

    それでも構成がアレですので、いちばん面白い第二部を最初に読んで、次に第一部、最後に第三部を読むのが、厚さに負けない読みかただって昔の「このミス」には書いてありました。ちなみに雑誌掲載時も第二部、第一部、第三部の順番でしたし。

    しかしあのハードカバーを大学の生協で見つけて即座に買ったときには、辞書かよこれ、と思ったのも事実です(笑) そしてまさかあの弁当箱みたいな本が「当たり前」の時代が来るとはわたしは考えもしませんでした。あのときの気がふれたような弁当箱本の流行は、東野圭吾先生が「超長編小説殺人事件」(「超・殺人事件」収録)で皮肉っているとおりです(笑)

    Re: ECMさん

    顔と生れはデカパンなんですがねえあの人。

    デカパンとイヤミを合成すると狂犬トロッキーになる説。

    NoTitle

    熾天使の夏
    は買ってはみたもののなかなか読めないです

    NoTitle

    大傑作だとされる「哲学者の密室」を買ったはいいが、未だに読んでおりません。
    あの厚さに圧倒され、読み始める勇気が…。

    NoTitle

    「ポルポトはフランスで共産主義を学んだインテリだ」
    「ミーのイデオロギーに反するやつはころすざんす」(おそまつ君のイヤミの絵)
    という漫画を思い出しました。
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