ウォーゲーム歴史秘話

    ナポレオン戦争顛末記

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    1805年。わが王国(イギリス)は歓喜に沸いていた。全ヨーロッパをわが手に収めんとするナポレオンの邪悪なる野望に対し、英国海軍はトラファルガーの海戦で大勝利をおさめたのだから。これで制海権は完全に英国のものとなり、フランスはその陸軍よりほかに頼れるものがなくなったのである。これを受け、オーストリアとロシアはフランスに宣戦布告した。司令官のカール大公は卓越した用兵家である。必ずやフランス軍を打ち砕いてくれるに違いない。

    そんなわたしと国民の期待は完膚なきまでに打ち砕かれることとなった。アウステルリッツで激突したフランス軍とオーストリア・ロシア連合軍は、ナポレオンの巧みな用兵の前に翻弄され、オーストリア軍は降伏した。だが、これは想定内の事態である。ほぼ無傷のまま撤退したロシア軍は、少なからぬ損害を被ったフランス軍を凍てつくロシアの大地に誘い込み粉砕する。これが戦略的にもっとも理にかなった戦いかたであろう。

    フランス軍はロシア軍を深追いした。読み通りの動きである。アイラウの会戦の緒戦において、ロシア軍はフランス軍に痛烈な打撃を与えた。数的に圧倒的な優位に立ったロシア軍は、ロシア軍最高司令官クトゥーゾフの指揮のもと、フランス軍に総攻撃を行った。

    だが、それがナポレオンの罠だったのだ。ロシア軍の突撃はフランス軍の方陣にはねかえされ、大地はロシア軍の死屍で埋め尽くされた。ロシア軍は本国に撤退した。フランス軍のこれ以上の侵略を許すまじと、ロシアの大地はほかならぬロシア人の手によって焦土と化した。犠牲は大きかったがその価値はあった。フランス軍は補充もなく、敵地で孤立したのだ。わたしのもっとも信頼する臣であるピット首相は、ナポレオンを倒すにはいまをおいてないと判断、精力的な外交活動を展開した。



    1806年。プロイセン挙兵のニュースは、ヨーロッパ大陸じゅうを駆け巡った。今こそフランスを包囲撃滅する好機である。だが、いまになって思えば、プロイセン軍はまさに「烏合の衆」そのものであった。フランス本国で新規に動員された、猛将の名も高いダヴー元帥の率いる六個軍団に本国を強襲されることを恐れたプロイセン軍は、プロイセン領から出ようとせず、ロシア軍も単独でのナポレオンとの決戦を避けた結果、連合軍はフランス軍を分断するチャンスをみすみす逃してしまったのだった。今にして思えば、これが最大の歴史の転換点だったといえよう。

    ロシア動かず、と知ったフランス軍の行動は迅速だった。プロイセンにおいてダヴー元帥の援軍と合流したナポレオンは、軍事には素人である王族により混乱させられ満足な指揮も取れなくなっているブラウンシュバイク元帥をキツネ狩りでもするように追いつめ、イエナとアウエルシュタットの両会戦で、ひとり残らずといっていいほど徹底的に殲滅したのである。

    フランス軍の行動はそれにとどまらなかった。軍を反転させてロシア本国に向かったナポレオンは、厳しいロシアの冬をものともせずに電撃的に前進、ボロディノの会戦においてロシア軍を降伏させ、講和に追い込んだ。

    わが股肱の臣であるピット首相は、執務室の壁からヨーロッパの地図を取り外させると、ほどなく病死した。オーストリア、ロシア、プロイセン、その旧態依然とした軍隊とともに戦死したようなものである。



    1807年。フランスの外交政策の成功によりプロイセンはフランスと同盟を結んだ。対してオーストリアでは、反フランスの世論が沸騰していた。だが、沸騰するスピードはあまりにも早すぎたといえる。じゅうぶんな再軍備も行われていない状態で、味方もなく、それでいながら戦意だけは異常に高いというオーストリアは、フランス軍が自国を通って挑発的にフランス領に帰ったということだけで、時期尚早な宣戦布告を行った。マック元帥率いる一個軍団が北イタリアに侵入し、フランス軍の補給を妨害したが、果たしてそれがなんだというのだ? スペインがいまだ中立である今、英国陸軍を指揮するムーア将軍はポルトガルで歯噛みをすることしかできなかったときく。



    1808年。プロイセンとフランスの同盟関係にくさびを入れようとする連合王国の外交工作は、無惨に失敗した。ブラウンシュバイク元帥が、死の床で国王にフランスとの戦争行為の愚を説いた、という噂が流れたが、あながち嘘でもないらしい。そしてようやくスペインが挙兵。スペインへ赴いてその正規軍をひと目見るだけでこれは使い物にならないと悟ったムーア将軍は、民兵を活用し、自分は少数の部隊を率いて遊撃戦を行うことを決断した。ゲリラ戦の始まりである。

    マック元帥はオーストリアに戻り、カール大公の指揮下に入った。大軍を率いてきたフランスとオーストリアは、ワグラムで激突した。カール大公はよく戦った。しかし、ロシアの来援すらない今、衆寡敵せず、オーストリア軍は1805年のアウステルリッツの会戦に続いてまたもフランス軍の軍靴のもとへひざまずいたのである。

    フランス軍は軍を反転させ、スペインへ進軍した。ムーア将軍とスペイン民兵は、ナポレオンと直接は戦わず、ひたすら補給線の切断と、孤立した部隊への攻撃を行うにとどめた。ムーア将軍の策は当たった。スペイン軍は降伏寸前までいったものの、フランス軍を釘づけにし、どちらが勝ったともいえない膠着状態にすることに成功したのである。このまま膠着状態が続けば、フランス軍はゆっくりと消耗していくだろう。ロンドンでは、ほっとした空気が流れた。



    1809年。まずなさねばならぬのはプロイセンとフランスの同盟関係を破壊することである。密偵がベルリンに飛び、外交工作をさらに活発化させた。だが、プロイセン国王は頑としてフランスとの同盟を堅守したままだった。イエナとアウエルシュタットの敗戦と、ブラウンシュバイク元帥の遺言は国王に多大な影響を与えたらしい。プロイセン陸軍で反フランス派の急先鋒であるブルッヒャー将軍は、国王の弱腰ぶりに馬を御する愛用の鞭を三本もへし折ったそうである。

    朗報といえば、援軍を得たフランスはふたたびスペインとの戦闘に及んだが、ムーア将軍の粘りの前に、またしてもスペインに釘づけにされてしまったことであろう。その間にプロイセンとフランスとの同盟関係を裂き、ロシア軍、オーストリア軍、プロイセン軍の再軍備が万全になるまで暴発を抑えなければならない。殊勲のムーア将軍は本国へ召還された。かわりにスペイン方面総司令官に任ぜられたのは、戦略眼ではムーア将軍をはるかにしのぎ、カール大公よりも将才は上といわれるウェルズリー将軍(*)である。もうスペインは安泰だ、それが英国の世論であった。



    1810年。英国政府の必死の工作にもかかわらず、プロイセンは頑として同盟関係を破棄しようとはしなかった。動員能力が低いプロイセンとしては、フランスとの講和状態が続いているのは別にいいのだが、フランスに援軍を送っている今の同盟状態を続けられるのは非常にまずい。対してナポレオンはロシアとの外交関係を重視していた。そのせいもあってかロシアの反フランス世論はいっこうに盛り上がらず、大陸ではスペインが半ば孤立状態で戦っているというありさまだった。

    そしてフランスはさらなる動員を行い、スペインへ。こちらにはウェルズリー将軍が……負けた。ナポレオンの神がかりともいえる采配の前に、イギリス軍はスペインゲリラとともに壊滅した。

    スペイン、講和。こうしてヨーロッパ大陸の大国と呼ばれる国はすべてフランスの友好国となった。いまや孤立しているのは英国であった。国王であるわたし、ジョージ三世はこれ以上の戦争の惨禍を見るに耐えかね、フランス帝国との屈辱的ともいえる講和に応じた。



    かくして、世界の公用語はフランス語となり、フランスが七つの海を支配し、わたしはあの厄介なフランス語を学ぶのに四苦八苦している。

    いったいどこで間違えたのだ。



    使用ゲーム 平野茂「皇帝ナポレオン」コマンドマガジン119号収録


    連合軍プレイヤー ポール・ブリッツ

    フランス軍プレイヤー 喜多川さん


    (*)史実ではワーテルローの会戦でナポレオンの野望を完全に打ち砕いた、後のウェリントン公になる人なのだが……。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    このゲームは簡単で遊びやすくて、2人用のシミュレーションゲームでも盛り上がることではいちばんのゲームだと思います。

    問題はテーマと、電源不要ボードゲームということから、ファン以外は誰も存在自体を知らない、ということですね(^_^;)

    NoTitle

    戦記が素晴らしすぎて最後の行にいたるまでついそのまま「あれ? そうだったっけ?」と本気で信じ込んで読んでしまい、オチで受けた後、史実を確認するために、とりあえずWikiへ行って来たりしてました。

    学術文庫のナポレオンの伝記、上巻だけ読んで年単位で放ったらかしてるまんまです(^_^;) 続き読まなきゃ!

    歴史ifのボードゲーム面白そうです!

    Re: y.nakanoさん

    第一印象が良かったんでしょうね。最初にプレイしたナポレオニックのシミュレーションゲームがタクテクスの付録の「ワグラムの戦い」で、実に面白いゲームでした。よくソロプレイしたものです。

    これが「戦争と平和」だったら投げ出していたんじゃないかな。プレイしたことないけどそう思います。

    Re: miss.keyさん

    ゲームファン以外あまり知られていないことですが、領地経営そのものを楽しむというコンセプトのゲームは、けっこう存在します。

    マネジメントの才能や、国家の主導権をめぐる政治的駆け引きなどが主眼になってくるわけですな。

    これまでプレイした中で、政治的闘争ゲームのきわめつけを2つ挙げれば、

    まずマジメなほうでは、アバロンヒル社に「共和制ローマ」というゲームがあります。各プレイヤーはそれぞれローマ貴族になり、自分の派閥の政治的影響力をできるだけ拡大しようとするのですが、

    「当時のローマ共和国は深刻なまでの内憂外患状態で、足の引っ張り合いとかしていたら国自体が滅亡してしまう」

    のであります。とにかくプレイヤー全員がローマのためを思って行動しなければ、自分が勝つことすら不可能になってしまう。民衆は文句いうし防衛費は膨れ上がる一方だし、ガリア人は反乱起こすししかも周りには巨大国家であるカルタゴとマケドニアが敵意丸出しでローマを狙ってるし、プレイが始まった瞬間から、「ローマ市民諸君! ローマは現在、過去に例のない窮地に立たされている!」とゲームの終わりまで叫び続けてしまうような、当時のローマの政治家たちの苦悩を追体験できるゲームであります。

    問題はルールがかなり複雑で、コマがむやみに多いうえ、肝心のルールやカードが誤記誤植だらけで改訂版が出た、ということですね。



    「ギャグ」「お笑い」系統では、誰がなんといおうと「JUNTA」(フンタと読む)です。外国からの援助で成り立っている中南米の架空の国「バナナ共和国」を舞台に、腐敗政治家になって私利私欲に走り、スイス銀行の秘密口座にいちばん金を入れていた奴が勝ち、というとんでもないゲームです。大統領になったなら気に入らないプレイヤーは左遷して、外国からの援助金のおいしいところは独り占め。はした金で他のプレイヤーに恩を売る……という悪の限りができますが、やりすぎると暗殺者の短剣か、怨みの籠もったクーデターが待っています。このゲームをやると、自分に権力闘争で生き残る才能も政治的才能もないことがよくわかります。

    どちらも是非一度プレイしてもらいたいゲームです。


    Re: 野津征亨さん

    わたしは、シミュレーションゲームというものは、「スペクタクル映画」を見るようなものだと思ってます。見せ場はやっぱり大兵力の激突にあります。

    この「皇帝ナポレオン」というボードゲームは、そうしたスペクタクルシーンを簡単なルールと短いプレイ時間(今回はルール説明入れて二時間弱、というところでした)で見せてくれる好ゲームです。山積みにされたコマがヨーロッパ大陸を駆け回り、たくさんのサイコロがこれでもか、と振られ、勝っても負けても非常に気分がいいゲームなのです。

    エンターテインメントなんだから、「面白ければそれでいい」のであります。

    ナポレオン

    読ませてもらいました。ナポレオンもかなり危うい会戦ばかりの人生だと僕は思っています。日本ではナポレオニックはあんまり受けないかもしれません。ぜひまたナポレオニックをいろいろ開拓してください。

    シュミレーションでなら

    日本全国100回は統一したなぁ。中国も同じ位統一した。でも本当に大変なのはそれからなんだよなぁ。いかに支配運営するかなのよ。そういうのが出来るシュミレーションって無いんだよねぇ。ま、あったって現実の複雑さはとてもじゃないが再現できないんだけどね。

    こういうシミュレーションゲームは、「もしも」の世界を体感できるのが面白いですね。
    実際、歴史にifはありませんから…
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