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    「ショートショート」
    ミステリ

    二宮金次郎への手紙

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    “人夫の中に、他人の二倍もの仕事をして、村役人も注目する男がいた。あまり評判がいいので、ある日、金次郎はその男の仕事ぶりをよく観察していたが、やがて、つかつかと男に歩み寄り、持ち前の大声で叱りつけた。

    「お前はなんという不届者なのだ。お前は他人の眼を意識して、人目のつくところでは、わざと一生懸命な働き方をしている。そんな働き方で長続きするはずがない。もし、そうでないというのなら、わしが一日中ここで見ているから、今のように一生懸命夕方まで働きつづけてみろ」”

    三戸岡道夫「二宮金次郎の一生」より



    二宮金次郎様。



     かような見ず知らずの女から文が届いたことに、さぞや当惑なさっておられることだろうと存じます。しかし、わたしは、父から先生のことをよくうかがっておりました。

     先生は、報徳という言葉を旗印に、数多くの村を立て直されてきたそうですね。すばらしいことです。怠惰なものには仕事を教え、よく働くものは功を賞し、年貢を安くし、新田を拓き、生活どころか心までも革めてしまうとか。先生を知る全てのかたが、その聖徳をたたえております。

     父も、そんな先生の徳に引かれるかのように、人夫として、その復興されようとしている村へと働きに行ったのですから。

     父は、優しい人でした。優しくて、働き者で、人に対して不器用で、自分の思いを伝えるのが本当に下手な人でした。

     それにしても、病弱で幼くから肺を患っているわたしとはまったく違い、とても頑健な身体をしておりました。父はよく申しておりました。

    『わしには誰にも負けない宝がある。この身体だ』

     人の三倍働きづめに働いても、一晩眠ればなにごともなかったのごとくまた働くことができるのです。その気になればひと財産を築くこともできたでしょう。しかし、父の優しい性格は、お金儲けには向いていませんでした。みんな、気前よく人にあげてしまうのです。わたしは、ちょっと困ったところだなと思いながらも、父のそういう気性が好きでした。

     さて、先生のところで、父はいつものように働き始めました。父の普通は、人の三倍なのです。ほかの人夫たちからも感嘆され、村役人からも一目おかれ、父は幸せに働いていました。

     けれど、あの運命の日、先生が父と会ってから、全ては変わりました。

    「お前はなんという不届者なのだ」

     父はなにか反論するべきだったでしょう。だが、父という人は、そういうことが生まれつきまったく苦手な人なのです。

     父は、先生に大喝され、思わず、その前から逃げ出してしまいました。その後から先生の火を噴くような言葉が襲い掛かります。

    「お前のような者がいるから、他に悪影響を及ぼすのだ、もう用はないから、すぐ帰れ」

     ああ。

     そんな言葉を投げつけられて、村で昨日までと同じように働ける者がいるでしょうか。父は村から逃げ出しました。

     逃げたところで、働かないと食べていくことはできません。田畑を持たない父にできることは、力仕事だけです。当然、父は別の村で人夫の仕事につきました。

     だが。父に、思いもよらない追っ手がかかりました。

     噂です。

     父が、二宮金次郎先生に、人の見ているところでしか働かない、卑怯な怠け者といわれた、という話が、たちどころに父の働く村に広がりました。

     村人たちの父に対する視線は冷たくなりました。父が働いても働いても、どうせ陰で怠けているに違いないと思われてしまいます。

     人とのつきあいが苦手な父は、さらにその村からも逃げました。

     次の村でも、次の村でも、同じようなことが起こりました。逃げるたびに噂は追いかけてきます。

     それだけではありません。逃げれば逃げるほど、噂には地に足がつき、果てには父に支払われる給金にまでその影響が出てきたのです。

     父は、手紙のなかで、「今は人の十倍も働いて、やっと人の半分の給金がもらえる有様だ、お前に薬を買ってやるのも難しくなってきた」と書いてきました。

     いくら父が頑健な身体をしていても、人の十倍は働きすぎです。やがて恐れていたことが起きました。父は、とうとう身体を壊してしまったのです。

     そのころには、父を助けてくれそうな人はもう一人もいなくなっていました。皆が、卑怯な怠け者が病気になった、と、父を放り出してしまったのです。

     そんな父がどうやって家までの長旅を帰ってこられたのか、今考えても不思議です。家に這うようにしてたどりついた父を見たとき、わたしは愕然としました。血色のよかった肌はどす黒くなり、身体からは肉がすっかり落ち、顔はげっそりとやつれていたのです。

     父は床につき、ひと月後に亡くなりました。

     先生のことは、そんな父から聞きました。

     わたしも労咳で、もう長くは生きられないでしょう。先生にこうして文を書いたところでなににもならないでしょうが、先生がひとりの人間を殺したということは覚えていていただきたいと思います。

     もはや墨がありません。この手紙は親切な旅の薬売りのかたに託します。どうか神仏の加護により、この文が先生のもとへ届きますよう。


                                                            かしこ



     後に二宮金次郎が日光の地で死去したとき、自身の持つ田畑は一坪もなく、膨大な資産はすべて農村の復興資金に組み込まれており、私有財産としてはまったく残していなかったと伝えられる。

     差出人不明のこの手紙が、無事に二宮金次郎の手に渡ったかどうかについては、記録は一切遺されていない。


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    ~ Comment ~

    Re: ひゃくさん

    ものの見方を百八十度変えるというのはミステリの根本にあることだと思います。

    そういう意味でこれはミステリですね、わたしの中では。

    ジョゼフィン・テイ「時の娘」という長編では、全編、「リチャード3世の名誉回復」だけで話が進んでいきます。推理がスリリングで楽しい傑作です。

    NoTitle

    え?
    いや、すっごく面白かった(3つ読んだ中で一番面白かった!というか、こういうの好きです)んですけど、えぇぇー、ミステリー?

    > だから本来はこれも歴史ミステリにするつもりだったが

    あ、なるほど。そういう意味でのミステリですね。
    しっかし、これ、いいですねー。
    ポール・ブリッツさんのこと、好きになっちゃいました(爆)
    (いや。だから、変な方に誤解しないでくださいよ 汗)

    Re: 大海彩洋さん

    ありがとうございます。先にも書きましたけど、この二宮尊徳が働き手を怒鳴りつけた、ってエピソード、もっとも重要な記録である「報徳記」には載ってないんですよ。

    後世で付け加えられた逸話じゃないかと思ってますが……どうなのかはわかりません。

    こんばんは

    応援のポチしてきました。
    そうですよね。歴史とは常に一方の側面から書かれたものであって、反対側から見たら違う色をしてるのでしょうね。古代史も藤原氏に書きかえられちゃったし……(うちの父の実家の近くから鎌足の墓が~)
    真実を知ることはできないけれど、常に想像力を働かせることは大事ですね。

    Re: 八少女 夕さん

    どもです。こちらも応援させていただきましたよ~!

    それにしても読みごたえがありますね。

    佐藤賢一先生の「カエサルを撃て」はお読みになられましたか? ウェルキンゲトリックスが主役の歴史小説です。あの人もそうとうな人だったらしいですな……。

    こんばんは

    二宮金次郎というと、泣く子も黙る偉人ですけれど、確かにこのエピソードにはどこか一方的すぎるものを感じますよね。
    実際にこの男は、ポールさんが描かれたようなタイプの方だったかはわかりませんが、「正しいものが正しいと信じて裁く事の怖さ」を感じる作品だと思います。

    というわけで、始まりましたので、ご挨拶も兼ねて謹んで投票に参りました〜。
    ご健闘をお祈りします。

    Re: さやいちさん

    コメント返信が遅れに遅れて申し訳ありません。

    物事は隠れた面からも見ないと、とんでもない不公正をしているかもしれない、という思いは、わたしの小説の基礎になっているかもしれません。

    SFやミステリが好きなのもそのせいかなあ。

    こんばんは。

    こちらから読むことにしました。

    人に何気なく言ってしまった言葉。
    自分の先入観で言ってしまった言葉。
    そんなささいな日常の中で、
    このような事が起きてしまったら、
    悔やんでしまいますね。

    私も気をつけないと。

    Re: のくにぴゆうさん

    浜尾先生の傑作集、本が分厚くて高価なので(読み応えはバッチリですが)、本屋よりは図書館をマジでおすすめします。

    昔は創元推理文庫といえば安さが売りだったのに、今ではけっこうするんだよなあ。いくら厚いといっても文庫本で1000円以上取るのはナシだよ……(^^;)

    と思ったらなんと「青空文庫(ネットでタダで読める小説サービス)」に収録されていた!
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000289/files/1796_22485.html

    読みましょう読みましょうすぐに読みましょう(^^)

    NoTitle

    ありがとうございます。
    そうなんですか、いろいろと知らない事ばかりでお恥ずかしいです。
    浜尾先生の作品、是非読みたいと思います。

    Re: のくにぴゆうさん

    はじめまして。コメントありがとうございます。

    衝撃を感じてくれたようで嬉しいです。通常のものの見方をひっくり返すのがミステリの醍醐味であると思いますし、その点ではこの作品は自信作だったのですが、誰もなんにもいってくれなかったので、のくにぴゆうさんのコメントが言葉に尽くせないくらい嬉しかったです。

    この話の冒頭のエピグラフにしようと、図書館へ行って、当時のもっとも信頼できる二宮金次郎伝である「報徳記」を借りてきて隅から隅まで読んだのですが、なんとそこにはこの逸話が出てこなかったのであります。しかたがないから現代の作家が書いた伝記小説を引用したのですが。

    今では、もしかしたら、この逸話は後世の創作じゃないか、とか、実は二宮金次郎が諸人の戒めのために人を雇ってひと芝居打ったんじゃないか、とかなどとも妄想しております。

    わたしも一方的な正義感を振り回して他人にひどい思いをさせたことが何度もあるので、その自戒もこめました。

    この作品を書くヒントになった、浜尾四郎先生の「殺された天一坊」という短編推理小説は名作ですよ。浜尾先生はそこで、大岡越前のいわゆる「大岡裁き」をことごとくひっくり返してみせ、そして裁判官や検事とは、人が人を裁くとはどういうことかについての深遠なテーマに肉薄しています。

    今は創元推理文庫の「浜尾四郎集」で読めますので、図書館で見かけたらぜひ一度読んでみてください。

    NoTitle

    はじめまして、のくにぴゆうと申します。
    LandMさんのブログで度々、コメを拝読させて戴いてました。
    また、いつも訪問をして戴いてありがとうございます。
    この作品には正直な処、衝撃を受けました。
    あの有名な逸話を・・・
    私にはとても大切な教訓と捉えました。
    まことに一方だけの見方の恐ろしさ。
    つい、陥るというより、私自身がそうでした。
    とても勉強になり、私には忘れられない作品になりました。
    ありがとうございました。
    長文、失礼しました。

    覚え書き

    このショートショートのアイデアを得たのは、浜尾四郎先生の傑作推理短編「殺された天一坊」からである。
    だから本来はこれも歴史ミステリにするつもりだったが、ミステリにならずにこうなってしまった(笑)。
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