FC2ブログ

    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    3 吸血鬼を吊るせ(完結)

    吸血鬼を吊るせ 1-11-1

     ←吸血鬼を吊るせ 1-10 →吸血鬼を吊るせ 1-11-2
    11

     部屋は乱雑だった。資料だの文献だのわけのわからないものが山のように置いてある。西方光太郎は、部屋の中で唯一ものを書くスペースが存在する、パソコンが鎮座ましましている机の前に座った。こういう部屋の主であるような人間と、遥流子みたいな潔癖症が結婚してうまく行くのか、人事ながら不安になる。
     もっとも、わたしの治療が成功しなければ、うまく行くも何もないのだが。
    「ここ……いいですか?」
     遥美奈が、もうひとつの机に立てかけてあったパイプ椅子を広げて腰を下ろした。なんとも居心地悪そうな表情をしている。わたしも彼女にならって部屋の隅に置いてあるパイプ椅子を広げて腰を下ろす。こちらもまた、遥美奈と同じく居心地が悪そうな顔をしているに違いない。
     三人入るとそれだけでいっぱいになってしまった。
    「コーヒー、どうです?」
    「ああ、いただきます」
     と答えたものの部屋の中にはヤカンも魔法瓶もコーヒーメーカーも、コップすらない。どうするのだろうと思っていたら西方光太郎は机の横に置いてある海苔の缶を開け、手のひらに中身を少しあけた。わたしと遥美奈に手渡してくれる。
     小袋入りのコーヒーキャンディーだった。
     そりゃあこんな資料の真ん中でコーヒーポットなんかひっくり返したら大問題だろう。でも深刻な話をするのに飴をなめながらでは話にならない。わたしたちはポケットに入れた。
    「それで……なにから話せばいいですかね?」
     西方光太郎は海苔の缶を戻して、低い声でいった。そのトーンを一声聞くだけで、この男が、「なにか冗談でもいわなければやってられない」という心境にあることがよくわかった。
    「流子さんのことをお聞きしたいですが……まずはあなたのご専門のことを伺わせていただきましょう。『ストリゴイ』について教えてください」
    「ストリゴイですか。いいでしょう。わたしが知っていることは全てお話しましょう。まず、巷間伝えられている伝説についてはご存知ですね? 羽谷姫がどうこうという、あれですよ」
    「喜一郎さんから聞きました」
    「だったら話が早い。この伝説ですが、ある程度までは史実にのっとっているのです」
    「羽谷姫様が実在の人物だということはさっき見たミイラで納得しましたが」
     西方光太郎はうなずいた。
    「この環境下においてはすばらしい保存状態です。やはり神に仕える巫女は死んでからでもどこか違いますね。それはさておき、羽谷姫は生年不明で、一〇八五年にこの島で人柱になっています。三十はいっていないでしょう」
    「献身的なかただったのですね」
    「文献を調べてみると、羽谷姫が住んでいたころ、この島では貧血性の伝染病が流行していたらしいことがわかります。こういった病気については桐野さんのほうがお詳しいでしょう」
    「重篤な貧血をもたらす感染症はマラリアなんかが知られていますし、寄生虫によって引き起こされるものもあります。遺伝病もけっこうありますね。有名なものでは鎌型赤血球による貧血症など。もっとも、鎌形赤血球に関してはある種の状況下において逆にメリットとして働くこともわかっていますから、いちがいに病気だともいえません」
    「この島で起こったことも、遺伝と伝染病が重なったのかもしれません。記録によれば、この島の住民の一部が、突如として肌が青ざめて白っぽくなり、日光を嫌い、夜中に徘徊して他の住民の血をすすったということです。すすられた者にもその症状が出たとか。まるでヨーロッパの吸血鬼だ」
    「感染症でこそありませんが、実際にそういう症状をきたす病気も存在します。何年か前にとある学者が、吸血鬼伝説の元はそういう病気にあるという説を発表して話題になったこともありました。たしかポルフィリン症。もっとも、これは患者にとっては迷惑千万な妄説なので、あっという間に忘れ去られてしまいましたが」
    「それは知りませんでした。しかし、これとは関係はないでしょう。血を吸う、すなわち接触感染で広がる伝染病であると考えるのが正しいと思います。今となっては、病原体を判断するのは不可能です。なぜなら、患者はみんな死んでしまったからです」
    「絵にも描いてありましたね、真っ黒な死体が」
    「わたしがこの地方で流行した伝染病だと判断したのもそこにあります。遺伝的に特定の人間のみを襲う、ある種のペストのようなものが流行したのではないでしょうか」
    「そして宿主であるその特定の遺伝子を持つ人間を短期間のうちに全て殺戮して、行き場のなくなったその病原体も死んでしまったというわけですか。確かに、理にはかなっています」
    「実際のお医者さんからそういっていただけると嬉しいですね」
    「もし西方さんのその理論が正しければ、病原体が千年も活動を活発にしていないのは人類にとって僥倖以外の何物でもないでしょう。歴史のみに名を残す感染症というのはいくつか知られています。有名なものでは聖書に出てくるエジプトを襲った疫病があります。しかし……」
    「しかし?」
    「わたしには、『ストリゴイ』伝説が単なる感染症だったとは思えません。現に流子さんは原因不明の眠りに陥っている」
    「流子……」
    「ただの夢魔であったらいいのですが、羽谷姫のミイラが掘り出されたのとほぼ同時期に起こっているのが気になるのです」
    「封じられたあの悪霊が再び活動を開始したとおっしゃるのですか、桐野さん」
    「その可能性もあるので、出来る限りの情報は集めておきたいんです。そもそも、『ストリゴイ』の語源はなんですか? 捨てて取る乞うとは、取替え子みたいなものだったのですか?」
    「あれは室町時代に当てられた当て字です。語源はよくわかっていません」
     そこで西方光太郎は言葉を切り、かぶりを振った。
    「なにか?」
    「いえ、偶然の一致でしょうが……ルーマニアでは吸血鬼のことを、ストリゴイイというんです」
     わたしたちの間を、沈黙が覆った。
    「……ストリゴイについては、そのくらいにしておきましょう。流子さんについてお聞かせ願えませんか」
    「流子さんは……わたしにとって、初めて実際に手に届く存在として現れた女性でした。それまでのわたしの生活がわかりますか? 大学から院を通してここに学芸員として来る間、ずっと研究一筋に生きてきたのです。女性を女性として見ることすらせず、ただの同僚、もしくは風景の一部としか考えない、相手も同じくわたしのことを木石としか思っていないだろう生活。今思うとモノトーンな毎日でした」
     わからないではない。わたしも含め、もてない人間の生活なんてそんなものだ。
    「そこにある日、流子さんが現れたのです。衝撃でした。なぜなら彼女は、わたしに好意を示してくれたからです。生まれてからそんなことは一度もありませんでした」
    「あなたも、それに?」
    「バカなことに、わたしはしばらくの間、流子さんの好意に応えませんでした。どう交際したらいいのかわからなかったのです」
    「それが?」
    「それが変わったのは、流子さんがわたしの研究に関して、『戸乱つれづれものぐさ』に書かせてくれないかといってきたときでした。羽谷姫についての研究に踏み出したばかりのわたしは、柄にもなく長広舌をふるいました。流子さんも最初は的確な質問をしてきましたが、二人とも話しているうちに意気投合してきたのです」
    「初耳です」
     遥美奈が興味津々という顔で思わず洩らしたが、西方光太郎は気にするそぶりもなかった。
    「わたしと流子さん、どちらが先にいいだしたのかは覚えていませんが、次第に同僚の研究者の話題になり、次に自分自身の話になり、最後に二人の人生の話になってしまい、気づいたときには……ええ、そのう、愛し合う関係……というんでしょうか、に……」
     西方光太郎は正気に戻ったようだった。わたしは遥美奈の顔色を見た。「もっと聞きたい」と顔に大書されている。実の姉の恋愛話だ、聞きたくないわけがない。
     しかし、残念だが、仕事を優先させてもらおう。
    関連記事
    スポンサーサイト






     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    もくじ  3kaku_s_L.png ご意見など
    もくじ  3kaku_s_L.png おすすめ小説
    もくじ  3kaku_s_L.png X氏の日常
    【吸血鬼を吊るせ 1-10】へ  【吸血鬼を吊るせ 1-11-2】へ

    ~ Comment ~

    Re: れもんさん

    わたしはロッテののど飴を偏愛しています。昔は、カンロのべっこう飴と紅茶飴の詰め合わせである「純露」という袋を偏愛していましたが、最近見ないなあ。べっこう飴と紅茶飴食べたいんだけどなあ。

    吸血鬼映画では、ムルナウ監督の昔の無声映画「吸血鬼ノスフェ○トゥ」という映画が大好きです。古典的傑作ですので、別に伏字にする必要はないのですが、FC2の禁止ワードにひっかかるのでタイトルが書けないという……。

    ストリゴイイの件では吸血鬼ファンの友人に見せたら「なにを今さら」という感じで鼻で笑われましたとほほほ。

    NoTitle

    コーヒーキャンディ好きですよvおいしいです
    まぁ、黒飴とかレモンも好きなんですがv

    夜中に他の住民の血をすするとか恐ろしや。゚(゚ノД`lll゚)゚。
    そんな病気嫌です!でも、吸血鬼は好きですよ?(どうなの;)

    ルーマニアで吸血鬼の事をストリゴイイって呼ぶとか・・!!絶対何かあるような気がする・・!!

    >せあらさん

    恐縮であります(^^)

    いえいえ!私もこういうさらりとしたギャグの方が好きなのでvちょっとスパイスがあるくらいの方が、味に深みが出ます。
    だから、絶対に変えないで下さいませね^^

    >ネミエルさん

    ことは人間ひとりのこれからにかかってますので(^^)
    それにここでのろけ話を延々と書いたら小説のバランスが(^^)
    まあそういうことにしといてください(^^)

    >せあらさん

    まったくもってつまらないギャグですが、こういうのわたし大好きで……(^^;)
    もっとハードなほうがよかったですか?

    「コーヒー、どうです?」のくだりで突っ込みを入れたくなったのは私だけでしょうか?ああ、コーヒーキャンディーなのね(笑)って。
    ストーリーに関係のない感想ですけど;

    実は僕も聞きたかったりします!!

    でも仕事優先ですか…

    真面目ですな、先生。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【吸血鬼を吊るせ 1-10】へ
    • 【吸血鬼を吊るせ 1-11-2】へ