「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 1-11-2
11(承前)
「流子さんがお書きになった記事は、月刊てぃあらに採用されたんですか?」
「ええ、三年前の二月号に載っているはずですよ」
そこまで目を通さなかった。
「内容も羽谷姫についてのみですか?」
「ええ、塚跡を重機で工事するのは反対だ、工事をするなら前に羽谷姫を安全なところに安置させるべきだってわたしがいったのを、流子さんがそのまま書いたものだから賛否両論が島中で渦を巻いて……学芸員と博物館は一躍渦中の人になってしまいました。最終的にはこんな過疎の島にも羽谷姫で観光客を呼べるだろうからぜひ掘るべきだというタイプの推進派と、羽谷姫なんて結局実在したかどうかも不明なんだから掘ったってかまやしないというタイプの推進派が大勢を占めて、結局掘ることになったんです。あのときの騒ぎが沈静化するまではけっこう骨でしたね」
「実在も疑われていたんですか?」
「ええ。羽谷姫という名は当時の文書にも出てこないことはないのですが、そのころのこの島の巫女はほとんど羽谷姫という名で呼ばれていまして、個人を特定する証拠というものがあいまいで……なにせ戦国時代をくぐっていますからね。ですから、発掘調査を行って実際に羽谷姫のミイラが出てきたときの感激といったらなかったですね」
「塚跡を重機で工事しようとしたのは誰なんです?」
「よくあるでしょう、ここにもリゾートホテルを建てようなどとバカなことを考えた会社があったんですよ。建ったところで誰が泊まるかという話ですが、島に一大テーマパークを作るという青写真を示されて、一時期みんなその気になっていました。さっき話したとおり工事推進派が多かったというのもその影響です。ところが、塚跡を掘って羽谷姫が出てきたところで、会社のほうがブルっちゃったんですな、工事は中止になりました。よくよく考えてみると、この島にとってはよかったといえるんではないでしょうか」
「その塚跡はどこにあったんですか?」
「ここですよ」
「は?」
「正確にはこの建物の敷地内、駐車場の隣です。発掘後に記念碑なんかを建てまして、今ではいい感じの観光スポットです。島の人の中にはここで羽谷姫を拝んだ後、そこでも拝んでいくかたもけっこういますよ」
「埋め戻せ、という声はないんですか?」
「あるけど弱いですね。せっかくの観光資源ですから。わたしも倫理的には埋め戻すべきだろうと思うのですが、ここまで保存状態がいいと、この博物館で歴史を学ぶのに助けになるならと考えてしまいます」
「写真ではちょっと集客力の点で弱いですか」
「まあ。博物館も霞を食って生きているわけではありませんからね」
せちがらい話だ。
「『ストリゴイ』伝説はメジャーになりそうですか?」
「ブラム・ストーカーが十人くらいいないと無理でしょう。せんべいや饅頭を売るには話が陰惨ですから、みやげ物で地場産業に潤っていただくわけにも行きませんし。なにか観光のプラスになるようないい知恵を出せと館長から毎日のようにいわれていますが、平凡な学芸員にいい知恵なんか出るわけがないです」
「そんなに陰惨でしたっけ。ヒロインあり神通力ありアクションありで、波乱万丈な感じがしていたのですが」
「発端をご存知ですか。唐土、要するに中国大陸から流れて来たといわれている流れ者の盗賊が、落ちぶれた果てにこの島で野垂れ死ぬんです。その死体は黒く変色していました。かわいそうだと思って埋葬した男がまず祟られます。男は力こそ十人力になったものの、病的なほど白くなり、日光を嫌い、夜な夜な家々を回って血を吸うようになったのです。血を三回吸われた者もまた、男のようになり血を吸いだしました。当初は男の仕業とは露ほども思っていなかった島民が何もしないでいる間に、当然のことながら被害者はねずみ算的に増え、気がついたときには島の人口の無視し得ない部分が怪物と化していました。当時この島を実効支配していた武士の戸乱宗成は、ヒステリックな住民皆殺し作戦を実行に移します」
話が全然違うではないか。
「羽谷姫はどこに出てくるのです?」
「羽谷姫は、戸乱宗成の暴走を止めようとした善意の人として現れました。伝説では最後にストリゴイの親玉と戦ったとありますが、実際は戸乱宗成が斬り殺した最後の村人を葬り、宗成にこれ以上の蛮行をさせる口実を作らせないために人柱になったようです。これらのことは、鎌倉時代の文献『戸乱雑記』に書かれています。戸乱宗成に批判的な者が書いたようで、そのため羽谷姫が持ち上げられているのです。それが鎌倉、室町、戦国、江戸と時代が経つにつれて戸乱宗成が忘れられて、羽谷姫のスーパーヒロインぶりだけが一人歩きしたのでしょう」
「……じゃ、神通力は?」
「なかったんじゃないですかね」
「白木の杭を持っていた村人というのは」
「戸乱雑記には、その男がいたという者があるが、記述者のわたしは知らない、という一節があります。確かに最後の村人を葬ったときには穴を掘ったりする村人が一人か二人くっついていたと考えるのが当然でしょう。でも、わたしとしては、白木の杭にいたってはフィクションだと思いますね」
「戸乱雑記には?」
「載ってはいるんですがね」
西方光太郎は不承不承認めた。
「そこの所は言葉遣いなどから後世の偽作だと思われるんです。第一、この島では伝統的に火葬が行われて来ましたし」
「そうですか」
「西方さん、あの話は?」
遥美奈が口をはさんできた。
「美奈さん、あの、杭の話ですか?」
「それはなんです?」
「この島では人を火葬にするとき、白木の短い杭を一本、一緒に燃やすんですよ」
「…………」
「いつの時代からの風習かはわかりませんが、江戸末期には一般的だったようですね。それももとは、心臓に直接打って火葬にしたらしい。おそらくは、羽谷姫の伝説が一役買っているのだろうと思いますが」
西方光太郎は、かすかに苛立ちを含んだ声で続けた。
「桐野さんには悪いと思いますが、流子さんの病気とこれとは関係が薄いのではないでしょうか。流子さんは眠っているだけで、別段夜な夜な歩き回って血を吸っているわけではないのですから」
確かに、そう主張されれば返す言葉がなかった。
「桐野さん、『ストリゴイ』伝説についてはもういいでしょう。わたしは、むしろ流子さんについて話したい。あの人がどんなに素敵な人だったかを、徹底的に」
それから三時間というもの、わたしたちは西方光太郎ののろけ話を、それこそ徹底的に聞かされた。新たな発見はなかった。
「流子さんがお書きになった記事は、月刊てぃあらに採用されたんですか?」
「ええ、三年前の二月号に載っているはずですよ」
そこまで目を通さなかった。
「内容も羽谷姫についてのみですか?」
「ええ、塚跡を重機で工事するのは反対だ、工事をするなら前に羽谷姫を安全なところに安置させるべきだってわたしがいったのを、流子さんがそのまま書いたものだから賛否両論が島中で渦を巻いて……学芸員と博物館は一躍渦中の人になってしまいました。最終的にはこんな過疎の島にも羽谷姫で観光客を呼べるだろうからぜひ掘るべきだというタイプの推進派と、羽谷姫なんて結局実在したかどうかも不明なんだから掘ったってかまやしないというタイプの推進派が大勢を占めて、結局掘ることになったんです。あのときの騒ぎが沈静化するまではけっこう骨でしたね」
「実在も疑われていたんですか?」
「ええ。羽谷姫という名は当時の文書にも出てこないことはないのですが、そのころのこの島の巫女はほとんど羽谷姫という名で呼ばれていまして、個人を特定する証拠というものがあいまいで……なにせ戦国時代をくぐっていますからね。ですから、発掘調査を行って実際に羽谷姫のミイラが出てきたときの感激といったらなかったですね」
「塚跡を重機で工事しようとしたのは誰なんです?」
「よくあるでしょう、ここにもリゾートホテルを建てようなどとバカなことを考えた会社があったんですよ。建ったところで誰が泊まるかという話ですが、島に一大テーマパークを作るという青写真を示されて、一時期みんなその気になっていました。さっき話したとおり工事推進派が多かったというのもその影響です。ところが、塚跡を掘って羽谷姫が出てきたところで、会社のほうがブルっちゃったんですな、工事は中止になりました。よくよく考えてみると、この島にとってはよかったといえるんではないでしょうか」
「その塚跡はどこにあったんですか?」
「ここですよ」
「は?」
「正確にはこの建物の敷地内、駐車場の隣です。発掘後に記念碑なんかを建てまして、今ではいい感じの観光スポットです。島の人の中にはここで羽谷姫を拝んだ後、そこでも拝んでいくかたもけっこういますよ」
「埋め戻せ、という声はないんですか?」
「あるけど弱いですね。せっかくの観光資源ですから。わたしも倫理的には埋め戻すべきだろうと思うのですが、ここまで保存状態がいいと、この博物館で歴史を学ぶのに助けになるならと考えてしまいます」
「写真ではちょっと集客力の点で弱いですか」
「まあ。博物館も霞を食って生きているわけではありませんからね」
せちがらい話だ。
「『ストリゴイ』伝説はメジャーになりそうですか?」
「ブラム・ストーカーが十人くらいいないと無理でしょう。せんべいや饅頭を売るには話が陰惨ですから、みやげ物で地場産業に潤っていただくわけにも行きませんし。なにか観光のプラスになるようないい知恵を出せと館長から毎日のようにいわれていますが、平凡な学芸員にいい知恵なんか出るわけがないです」
「そんなに陰惨でしたっけ。ヒロインあり神通力ありアクションありで、波乱万丈な感じがしていたのですが」
「発端をご存知ですか。唐土、要するに中国大陸から流れて来たといわれている流れ者の盗賊が、落ちぶれた果てにこの島で野垂れ死ぬんです。その死体は黒く変色していました。かわいそうだと思って埋葬した男がまず祟られます。男は力こそ十人力になったものの、病的なほど白くなり、日光を嫌い、夜な夜な家々を回って血を吸うようになったのです。血を三回吸われた者もまた、男のようになり血を吸いだしました。当初は男の仕業とは露ほども思っていなかった島民が何もしないでいる間に、当然のことながら被害者はねずみ算的に増え、気がついたときには島の人口の無視し得ない部分が怪物と化していました。当時この島を実効支配していた武士の戸乱宗成は、ヒステリックな住民皆殺し作戦を実行に移します」
話が全然違うではないか。
「羽谷姫はどこに出てくるのです?」
「羽谷姫は、戸乱宗成の暴走を止めようとした善意の人として現れました。伝説では最後にストリゴイの親玉と戦ったとありますが、実際は戸乱宗成が斬り殺した最後の村人を葬り、宗成にこれ以上の蛮行をさせる口実を作らせないために人柱になったようです。これらのことは、鎌倉時代の文献『戸乱雑記』に書かれています。戸乱宗成に批判的な者が書いたようで、そのため羽谷姫が持ち上げられているのです。それが鎌倉、室町、戦国、江戸と時代が経つにつれて戸乱宗成が忘れられて、羽谷姫のスーパーヒロインぶりだけが一人歩きしたのでしょう」
「……じゃ、神通力は?」
「なかったんじゃないですかね」
「白木の杭を持っていた村人というのは」
「戸乱雑記には、その男がいたという者があるが、記述者のわたしは知らない、という一節があります。確かに最後の村人を葬ったときには穴を掘ったりする村人が一人か二人くっついていたと考えるのが当然でしょう。でも、わたしとしては、白木の杭にいたってはフィクションだと思いますね」
「戸乱雑記には?」
「載ってはいるんですがね」
西方光太郎は不承不承認めた。
「そこの所は言葉遣いなどから後世の偽作だと思われるんです。第一、この島では伝統的に火葬が行われて来ましたし」
「そうですか」
「西方さん、あの話は?」
遥美奈が口をはさんできた。
「美奈さん、あの、杭の話ですか?」
「それはなんです?」
「この島では人を火葬にするとき、白木の短い杭を一本、一緒に燃やすんですよ」
「…………」
「いつの時代からの風習かはわかりませんが、江戸末期には一般的だったようですね。それももとは、心臓に直接打って火葬にしたらしい。おそらくは、羽谷姫の伝説が一役買っているのだろうと思いますが」
西方光太郎は、かすかに苛立ちを含んだ声で続けた。
「桐野さんには悪いと思いますが、流子さんの病気とこれとは関係が薄いのではないでしょうか。流子さんは眠っているだけで、別段夜な夜な歩き回って血を吸っているわけではないのですから」
確かに、そう主張されれば返す言葉がなかった。
「桐野さん、『ストリゴイ』伝説についてはもういいでしょう。わたしは、むしろ流子さんについて話したい。あの人がどんなに素敵な人だったかを、徹底的に」
それから三時間というもの、わたしたちは西方光太郎ののろけ話を、それこそ徹底的に聞かされた。新たな発見はなかった。
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~ Comment ~
NoTitle
話すたびにのろけ話をする友人がいます;
慣れているので適当に聞き流し・・(笑)ある程度なら耐えられますb+(爆)
でも、3時間はちょっとキツイかなぁ・・。しかも、発見なしとか・・
というか、そんなにのろけ話がたくさんあるのか・・!?
心臓に直接打って火葬!?ええ!?恐ろしき・・
いやでも、個人的には土葬の方が怖い・・・。なんかでそうじゃないですか・・
慣れているので適当に聞き流し・・(笑)ある程度なら耐えられますb+(爆)
でも、3時間はちょっとキツイかなぁ・・。しかも、発見なしとか・・
というか、そんなにのろけ話がたくさんあるのか・・!?
心臓に直接打って火葬!?ええ!?恐ろしき・・
いやでも、個人的には土葬の方が怖い・・・。なんかでそうじゃないですか・・
>佐槻勇斗さん
そこはそれ、桐野くんはカウンセリングの訓練を受けた精神科医ですから。
たいへんだったのはむしろ遥美奈さんのほうでしょうね(^^;)
えーとこれから話がどうなるかは次回以降をお楽しみに。
そこはそれ、桐野くんはカウンセリングの訓練を受けた精神科医ですから。
たいへんだったのはむしろ遥美奈さんのほうでしょうね(^^;)
えーとこれから話がどうなるかは次回以降をお楽しみに。
三時間ものろけられたらそこら中の物という物をひっくり返すなぁ~♪(´∀`●)
こんな佐槻は器の小さなヤツでしょうか……汗
しかも、発見ないとか……苦笑
桐野先生、お疲れ様ッス(;^^)ゝ
夜な夜な血を吸って~~
こういう展開好きです♪
現代でも起こらないでしょうか(゜ω゜)
こんな佐槻は器の小さなヤツでしょうか……汗
しかも、発見ないとか……苦笑
桐野先生、お疲れ様ッス(;^^)ゝ
夜な夜な血を吸って~~
こういう展開好きです♪
現代でも起こらないでしょうか(゜ω゜)
>ネミエルさん
さすがに3時間もの西方光太郎の遥流子に対するのろけ話を丹念に書くのはわたしが疲れるので……(^^)
それとも、「のろけ話」というのはすでに死語だったりするんですかッ!? ∑( ̄□ ̄;)ガーン
さすがに3時間もの西方光太郎の遥流子に対するのろけ話を丹念に書くのはわたしが疲れるので……(^^)
それとも、「のろけ話」というのはすでに死語だったりするんですかッ!? ∑( ̄□ ̄;)ガーン
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Re: れもんさん
最後の審判を信じている宗教のかたがたは、土葬を極端に嫌うそうですね。なぜなら最後の審判のときに死人は皆甦るので、そのとき肉体がなかったら困るから。
対して火葬でないとダメ、という宗教もあります。ヒンドゥー教が有名ですね。彼らは死体は火葬にしてガンジス川に流すのが最高の礼儀と信じています。
だからインドのヒンドゥー教とイスラム教の争いが激化するのも当然であります。互いに相手を「とんでもないことをする非常識なやつら」と思っているので……。