荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(8)

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    stella white12

     8 潜伏



     あちらこちらで、ぽたり、ぽたりと水滴が落ちる音がしていた。

    「これで三つそろった。では、この石を取らせてもらう」

     真っ暗闇の中、アトは薄緑色に輝く石を取り上げた。大小さまざまな石を光らせているのはヒカリゴケ。この洞窟でそれなりに繁殖している唯一の生き物だった。生えている地面をナイフでうがてば、ゲームをするのにちょうどいい駒が出来上がる。テマは状況をとっくりと見まわして、自分の敗勢を確認したのか、喉の奥底から搾り出すような声で、うなった。

    「だめだ、どこをどうやっても負けだ。これで八連敗か」

    「九連敗だ」

     テマからはうらめしげな気配が漂ってきていた。

    「アト、お前、ほんとうにこのゲームをするのは初めてなのか?」

    「戦士には戦士のすべきゲームがある。大地に線を引き、石ころを動かすのは、そのゲームには入っていない」

    「じゃあどうしてこんなに強いんだ」

     アトはテマの疑問にいつものように一言で答えた。

    「精霊の導きだ」

    「精霊って、頭を使うゲームの手助けまでしてくれるのか。ぜひともお友達になりたいもんだ」

     アトは首を振った。

    「外来人は、いつもおれたちがいいたいことを間違ってとらえる。精霊がこうしろと教えてくれるわけではない。その瞬間に、どうすればいいのかわかっているのだ」

     テマは眉間にしわを寄せ、目を強くつぶった。

    「お前ね、それって、これまでにあたしが聞いた謙遜の中でも、いちばんイヤミな謙遜だぞ。くそっ、たかが石並取でこんな気分になるなんて。あたしが教えたゲームだっていうのに」

     石並取は三目並べの進化したようなゲームで、技量の差がはっきりと出るゲームだった。要するに、下手な人間は上手い人間にどうやっても勝てない、そんなタイプの代物なのである。

     これが始めての体験となるアトが、そんなことなど知るよしもなかった。

    「謙遜じゃない」

    「だからわかったって! それより、追手はどこまで来ていると思う」

     少しばかりヒステリーがかった声を出したテマに対して、アトはちょっと考えてからいった。

    「単におれたちの足取りを追って探しているのだとしたら、もう撒いた、と考えていいだろう」

     テマは額に手を当てた。

    「そして相手は、たぶんそんな当たり前なことはやらないってことはあたしにだってわかる。代わりにやるのは、もっと当たり前なことだ。あたしたちが逃げた所から、移動できそうな範囲でぐるっと地図に線を描くこと。そして外周からじりじりと包囲の輪を狭めていく。大量の人手が必要だが、それを差し引いても確実な手段だ。そして、相手には、それを可能にするだけの軍資金がある。金貨三百枚! ちぇっ、こんなことになるんだったら、全額、飲み食いに使っておくんだった」

    「金貨が三百枚あったらどんなトカゲが買えるんだ」

    「トカゲよりももっとうまいものが山ほど買える」

    「山ほど買うとどんないいことがあるんだ」

    「ほんとめんどくさいやつ」

     テマは憮然として洞窟の底をとんとんと叩いた。

    「鍾乳洞なんて、隠れ潜むのにいちばん不都合なところじゃないか。食料もないし、湿気も多いし、しかも入り口をふさがれたら、袋の鼠だ。ここにしろ、危険なことに変わりはない」

    「精霊がおれたちを導いたのだ」

    「精霊がねえ」

     テマの口調には不満がありありと見えた。

    「それで、精霊は次にどうすればいいかは教えてくれないのかい」

    「精霊は教えない。ただ、すべきときにすべきことがわかるのだ」

     アトは淡々といった。

    「それで、精霊が、もうあたしたちには行くところがない、ここで死ぬのが運命だ、と告げたら、どうなるんだ?」

    「おれたちはともども死ぬしかない」

     ぱちっという音がした。

     アトは不思議そうにいった。

    「蚊でも飛んでいるのか?」

    「目を覆ったんだ、この野蛮人め」

     ひと呼吸、間があった。

    「それで、アト、お前はそんな運命だとしたら、それを甘受するのか?」

     今度の間は、もっと長かった。

    「……いや」

     アトは答えた。

    「昔のおれだったら、それもそれでいいと考えていただろう。だが、今のおれは、そういう生き方に疑問を抱いている」

    「ふうん」

     テマの声が、少しばかり変化した。

    「……なにか、きっかけでもあったのか?」

     アトはきっぱりと答えた。

    「わからない」

    「は?」

    「おれにも、よくわからない。おれが疑念を抱くようになったのも、もしかしたら精霊の導きかもしれない。精霊の導きでもなかったら、おれにそういう知恵がわくはずもないからだ」

    「…………」

    「どうかしたのか?」

    「知るか!」

     テマが、ごろりと横になった気配がした。アトは不思議そうに、ヒカリゴケに浮かぶテマのシルエットを眺めていた。



     荒地。いくらか小高い丘が、畝のように並ぶ丘陵地帯。そこを今、どこか正道から外れた空気を身体にまとわりつかせた男たちが、それぞれ二人ずつの組を作ってうろついていた。彼らはすべて弓で武装しており、矢筒には幾本もの矢が入っていた。

    「兄貴……。やつらは行っちまったんじゃないかなあ。どこか遠くへさ」

     そうした無数の男たちのひとりである、あからさまに愚鈍な顔をした、やせこけた男が、前を行く、肉がつきすぎているものの目だけはぎらぎら光らせた男に向かって、声をかけた。

     肥った男は連れに振り向き、痛烈な言葉を浴びせた。

    「この馬鹿っ。獲物を見る前に逃げられることを考えるやつがいるかよ。海に網を投げるとき、どうせ魚は逃げちまっただろうからって、かかる前に網を引くのか。だからてめえはいつまでたってもそんながりがりな身体でいるんだよ。稼ぎがなくて、食わなきゃならんもんを食うだけのことすらできないから、脳味噌まで栄養が回らねえんだ」

    「だけどよお、おれたちがこんなに足を棒になるまでしていても、足跡ひとつ見つからないんだぜ」

    「おい。おれたちが、総勢何人いるか知ってるか?」

    「ええと……」

    「総計五十だ。それにくわえて、こいつらがいる」

     肥った男は手にした革綱を引いた。その先には、獰猛そうな大きな二匹の犬がつながれていた。犬といってもただの犬ではない。狼の血と掛け合わされた、いわゆる狼犬というものである。

    「いいか、おれは昔、奴隷商人の見習いとして、何度となく逃亡奴隷を捕まえる作業についたことがある。そのおれがいうのもなんだが、頭領のやりかたは間違っていない。地域を細かい区画……縄張りに分け、外周からひとつひとつつぶしていく。そのうちどこかで引っかかるという寸法だ。手間こそかかるが、いったん川を渡った奴隷を狩るには、これがいちばん能率的なやりかたなんだ。後をつけるよりも、なんでもいいから手がかりを探すってことよ」

    「そうだけどさあ、兄貴……おれたちに、それを見つけられるのかなあ」

    「間抜けっ。何のために犬を連れていると思ってるんだ。それにこちらには、これもあるんだぞ」

     それは血に汚れた布の切れ端だった。天幕に使う布だ。話だと、その布には、獲物である男の血液が、たっぷりと染み込んでいるということなのだ。

    「こいつのにおいを犬が覚えていれば、どこかでかぎつけて吠えるはずだ。そうしたら、この呼子を一度吹く。それが聞こえたら、おれたちの周りには犬と完全武装の男たちがやってくるって手はずだ。頭領がそうだっていってたじゃねえか」

    「で、でも、あの片耳がない男は、あの相手に耳をちぎられたんだろ。頭領がそういってたじゃねえか。あいつでさえかなわねえってことは、おれたちならなおさら……」

    「とんま。おれたちがやることは、手がかりを見つけることだけでいいんだ。それだけで頭領は金貨を五枚もはずんでくれるんだぜ。戦うのは、ほかの連中に任せておけばいい。たしかに、仕留めたらもう十枚くれるたあいってたが、人間、おのれの分ってのがあるもんよ。分以上の仕事をしたら、かえってしくじって泣くことになるんだぜ」

    「でもよお、兄貴……」

    「しっ」

     肥えた男は連れを制した。

    「犬が何かをかぎつけたらしい」

     そうだった。犬は明らかになにかに興奮している様子を示していた。男は首からぶら下げた呼子を一度吹いた。

    「これが当たりなら……金貨五枚はかたいぞ。もし、そうだとしたら……」

     肥えた男は周囲を見回し、視線がひとつの点に止まった。

    「あそこに逃げ込んだのか」

     そこから見える小高い丘に、岩に隠れるようになりながらも、洞窟の入り口らしきものがはっきりと確認できた。

     金貨五枚。

     肥えた男は手をさすり合わせた。この金で、飲んで、食って、女を買って……。

    「よおしよし」

     肥えた男は犬をなだめた。周囲から、確認したとの呼子が、いくつも聞こえてきていた。そして後方からは、蹄の音までも。五十人もの男たちが、この場所を目指して集結してくるのだった。

     やがて、集まってくる男たちの中から、ひときわ大きな馬にまたがった、ひとりの太った男が姿を現した。その眼は憎悪に彩られ、その背にはひと張りの弓と矢筒が、その腰には一本の刀があった。

     男の左の耳があるはずのところには、耳の代わりに、ひどいやけどの痕があった。傷口に、燃えるなにかを押し当てて、焼灼したものだと思われた。

    「追跡を再開しろ。糞野郎と小娘は、見つけだしたらすぐ殺せ。わかったな!」

     男たちは犬を連れ、進み始めた。



    (来月に続く)
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