ささげもの

    100000ヒット御礼・その1・八少女 夕さん

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     えー、人間、日ごろから悪いことばかりして恨みを買うなんてことはやるべきではないのでございまして。と、落語家ならマクラをふるだろう。そしてそれは正しいのである。

     100000ヒット記念のショートショートのお題として、八少女 夕さんが送ってきたテキストがすごかった。

    「さて、今回の記念リクエストだが、現在開催中の『オリキャラのオフ会 in 松江』に『働く男』のポールを派遣してくれたまえ。ポールの使命は、2015年4月8日の晩、島根県松江市玉造温泉の長楽園、大露天風呂にて美穂とキャシー並びに、月見酒で打ち上げ中の参加オリキャラたち全員の真ん前で、美穂以外のキャラの唇を奪うことである。なお、相手は人間であれば(猫は不可)女性でも男性でも未成年でも熟年層でも複数でも構わない。もちろん、八少女 夕以外の参加ブロガーのオリキャラもターゲットに含まれる。美穂に対する言い訳などは、当方では一切用意していないのでそのつもりで。また、相手の選択を間違えて、逆鱗に触れて殴られたり、真っ二つに成敗されてしまったとしても当方は一切関知しない。なお、この指令書は、ポール・ブリッツ氏が削除しない限り、自動には消滅しない」

     恨み骨髄がびんびん伝わってくるような迫力である。

     いや、ポールが殴られるなり成敗されるなりしてひどい目にあって終わるのだったらいいのだが、もしポールがそんなことやった場合、考えなくてはならないのはポールよりむしろ妻である美穂のほうである。八少女さんのブログでポールと美穂のドラマを追いかけてくれた人はすでにご存じのことだとは思うが、彼女は一度、信じていた男にこれ以上ないほどの裏切り行為を受け、心に深い傷を負った経験がある。そんな婦人にこれ以上悲惨な体験をさせるわけにいくだろうか。わたしは道義上どうしてもできなかった。かといって、今さら、『人口呼吸』などという使い古された逃げ口上を取るわけにはいかない。

     半日の知的拷問の末、わたしはある方法にたどりついた。詐欺だのなんだのいわれるかもしれないが、今のところ取れる手のうち、これがもっともまともな事態収拾法だろう。

     あとは読者の審判に任せる。賽は投げられた。以下どーん。



     ※ ※ ※ ※ ※



    2015年4月8日夜、島根県松江市玉造温泉・長楽園、大露天風呂の奇妙な事件



     わたしはキリスト教徒だ。よって神を信じている。あの日、妻と再び出会ってからは、神の実在をより強く信じるようになった。

     同時に、それは忌まわしいことも意味していた。神の実在を信じる以上、悪魔の実在も信じなければならない、ということである。

    『……信じる気になったかい?』

     そのからかうような声は、幻聴と呼ぶにはあまりにも真実性があった。

    「あなた、混浴みたいよ、このお風呂」

     黄金色の肌をした妻は、そういってはしゃぎ、小走りで「脱衣所」へと向かった。最近の日本の旅館は、日本語が読めないわたしのような異邦人にもこうして英語のプレートと、日本式の風呂の使い方を教えてくれるイラストつきのガイドを壁に描いてくれているから親切である。

    『すてきな奥さんじゃないか』

    「なにがいいたい」

     わたしは可能な限り口を動かさないようにしていった。

    『……さっきいったとおりのことさ。この浴場で、きみがあの奥さん……美穂さん、だっけ? その目の前で公然と、奥さん以外の人間の唇を奪わなければ、あの奥さんの魂は天に召されることになる』

    「そんなことをして何が楽しい」

    『楽しいよ。もしきみがぼくの言葉に従って、誰かほかの人の唇にキスをしたら、あの奥さんはどうなる? 懊悩と心理的苦痛により、奥さんはこの世で地獄をさまようことになる。それに対してもしきみが、ぼくの言葉を単なる幻聴と思って、無視すると、この世で地獄をさまようことになるのは、きみということになる。もしかしたら、この世で苦しむ期間は、それほど長くないかもしれないな。きみの精神力しだいだけれどね』

     わたしは浴衣をまとった背に脂汗が浮かんでくるのを感じた。

    「ポール、顔色が悪いわよ。部屋で寝ていたほうがいいんじゃないの?」

     わたしの後ろから、キャシーがいった。彼女の相方は、飛行機疲れのせいか時差ぼけのせいか、風呂にも入らずに部屋でふとんに横たわっていた。

     わたしはなんとか笑顔を作った。

    「い、いや、なんでもない。混浴だなんていうから、ちょっと」

    「あなたもやっぱり世の男のひとりなのねえ。先に行くわよ。あなたはリビドーと和解でもしてなさい」

     そういってキャシーも脱衣所へ消えた。

    『親愛のふりしてキャシーにキスして、奥さんの目をごまかそうとしたって駄目だぜ。第三者だ』

    「第三者なんて、どこにいるんだ」

    『呼んである。彼らは気づいてないけどね。この後から、ぞろぞろと連れ立ってやってくる……男、女、若いの、それなりの年、よりどりみどりだ』

    「そのひとりとどうしてもキスしないといけないのか」

    『そういうこと』

     浴場のほうから声がした。

    「あなた、いらっしゃいよ。大丈夫よ、タオルを巻いているから」

     そういう問題ではない。

     わたしはロボットのようにぎくしゃくとした足取りで脱衣所へ入り、服を脱いだ。

    『やりたくないんだったら、やらなくてもいいんだよ。大丈夫、彼女の魂は天国へ行くことを保証するから。後を追う人間の魂については保証はしないけど』

    「悪魔め……」

     わたしは浴場へ行った。

     妻とキャシーが待っていた。

    「タオルはずしちゃわない? キャシー」

    「あなたの旦那さん、そういうジョークは好きじゃないんじゃないの? ものすごく難しい顔をしてるわよ」

     妻はばつの悪そうな顔になると、巻いていたタオルを外した。わたしと同様、下には水着を着用していることはわかっていた。わたしがこれまで生きてきた文化の倫理を尊重してくれているのだ。こんなありがたい女性に、あの悪魔は!

     わたしは奥歯を噛みしめ、浴槽に身体を浸した。とにかく、『第三者』とやらが来るまで、まだいましばらくの時間があるとみていいだろう。その間に天啓が下りてくることを祈るのだ。

     運命は無情だった。ついさっきわたしが出てきたばかりの脱衣場が、ざわざわとし始めた。かなりの数の団体客が、この浴場にやってくるらしい。

    『どう? 誰にするか決まった?』

     誰もかれもない。ぞろぞろと入ってきた、様々な人種の男女が、ぺちゃくちゃおしゃべりしながらやってくる。わたしは、妻を傷つけるわけにも、喪うわけにもいかなかった。

     天啓……。

     ひとりの若い男が、わたしの前を横切って浴槽に入ろうとした。そのヘテロクロミアの眼をした顔が、浴槽の湯に写った。

     天啓!

     わたしは身を乗り出すと、その写った顔に向かって、顔をばしゃりと沈めた。唇が唇の位置にあったことを、わたしは祈った。

    『やったなあ……こいつ、後で覚えてろ!』

     周囲の人間が皆、奇人変人でも見ているような視線を向ける中、悪魔の立ち去るその声を聴いたのはわたしだけだったのは幸いだった。

    「あなた……どうしたの?」

     心配そうな顔でそばに寄ってきた妻をつかまえ、わたしはキスをした。何度も、何度も、涙を流しながらキスをした。

     ようやく心が落ち着いて、妻の身体を放したとき、わたしたちの周りを取り囲んだ彼らは、一瞬の沈黙の後、全員が照れたように、『拍手』を始めた。わたしと妻は、下を向いて赤面した。

     その晩、寝床でも、妻は先ほどの浴場での出来事を許してくれなかったが、なんとなく、「まんざらでもない」という顔をしていたことはたしかだった。

     しかし、あれはなんだったんだろう?

     悪魔が捨て台詞を吐いて立ち去るその瞬間、漏れ聞こえた、

    『なんでぼくがこんな憎まれ役を……』

     というぼやきにも似た小さな声は、いったい……。
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    危ういところでわたしの頭の中の「とんち番長」が間に合ったみたいです。はたまた「一休さん」か「吉四六さん」か「彦一どん」か……(笑)

    あとキャラクターの無断使用をお詫びいたしますm(_ _)m

    NoTitle

    ああ~、そう来ましたか(笑)
    ちょっとばかしずるい手法だけど、これ以外には美穂を傷つけない方法はありませんよね。
    ポールさんのやさしさに乾杯。
    そして・・・、その悪魔誰だろうと気になっていましたが、あいつですかw
    なんかありえる。
    一文の得にもならないイタズラを仕掛けて来そうですから^^

    Re: 八少女 夕さん

    あの「悪魔」はわたしでも、八少女さんでもありません。

    limeさんのこいつ( http://yoyolime.blog83.fc2.com/blog-entry-845.html )です。羽が生えてるやつです(笑)

    これから矢端想さんのお題にも答えなくてはならないので、また知的格闘が……(^_^;)

    よく考えましたね〜

    こんばんは。

    素早いご回答ありがとうございます。
    え〜と、ちょっと「ずるい」回答のような氣もします。本当は、シスカとか、長谷川女史とか、ルジツキー氏とか、TOM-Fさんの所のセシルとかを、命知らずに果敢に狙ってくれるかと思ったんだけれどな〜。が、ポール・ブリッツさんを思い切り悩ませてやれという、当初の目的は果たしたようなのでいいということにしましょう(笑)

    最後につぶやいた「悪魔」はご本人ですね?
    と、大元締めの悪魔が訊くあたり。

    ちなみに今回連れてきている「キャシーの連れ」は実はボブじゃないんですが、事情があってお風呂に入れない人なんで、このシチュエーション、ばっちり利用させていただきます。

    温泉でキスの嵐って、目撃者たち、ちょっと可哀想になったりして(爆笑)

    堪能させていただきました!
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