東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎日更新)
海外ミステリ124位 失踪当時の服装は ヒラリイ・ウォー
警察小説の古典的作品である。警察小説はほんとにこの作品を境にして「以前/以後」みたいな感じになってるからなあ。この作家に比べれば、クロフツのフレンチ警部なんてまだ普通の「神のごとき」名探偵である。「失踪当時の服装は」は浪人生のころに古本屋で買って読んだのだが、ものすごく暗くて味気ない小説だったように記憶している。ひさしぶりに再読。
で、もう一度読んだわけだが、こんな面白い小説が心に響かなかったとは、浪人生のころから大学生活を終えるまで、自分は深刻な鬱状態にあったとしか思えない。「砂の器」までとはいかないが、刑事が「足で稼ぐ」タイプのミステリであるのは確かだ。しかし、読者は、野村芳太郎の映画のように、歩き回る刑事に感情移入して涙するよりも、平凡な女子大生、マリリン・ローウェル・ミッチェルの失踪事件の進展を、かたずをのみながらポテトチップスを食べてCNNにかぶりつくような視点で見る立場に立つことになる。それが無性に気持ちがいい。読んだバージョンが改訳版だったせいもあるだろう。昔の創元の翻訳の読みにくさはひどいものがあったからなあ。
捜査の指揮を執る警察署長のフォード警部にしろ、その下でこき使われる部長刑事のキャメロンにしろ、決して神のごとき推理力を持っているわけではない。かわりに彼らが持っているのは、豊富な常識と、輪をかけて豊富な、化け物じみたスタミナである。彼らはとにかく、「すべての可能性を試す」。妄想じみた推理なんかしている暇があったら未調査の穴という穴をつぶし、池の水を抜き、物証を何でもいいから集め、証人の証言の裏を取れ、という徹底ぶりだ。むろん、彼らも「ひらめき」を重視しないわけではないが、「ひらめき」に至るまでには尋問調書を読み返すだけ読み返し、現場に何度となく足を運び、証拠物件をうんざりするほど調べなくてはならないことも熟知しているのだ。そして、「ひらめき」には裏付けがないとダメなのだ。法廷で理路整然と、明らかなマリリン・ローウェル・ミッチェルの自殺だ、と推理してみせる地方検事に対して、フォード警部が「実験」を試みるのは示唆に富むシーンである。ここでのフォード警部は明らかに「名探偵」であるが、実験を成功させても、フォード自身にこの事件が五里霧中であることは変わらない。こつこつと「可能性を潰す」ことを続ける以外に真相にたどり着く方法はないのである。
この小説を再読していたときになぜか頭に浮かんだのが、大岡昇平「事件」であった。リアリズム警察小説はマクベイン「87分署シリーズ」を始め、秀作や傑作がいくつもあるのになぜ? と思ったが、なんとなく、小説のペースが似通っているところがあるのだろう。いかにもありそうな事件を題材に、徹底的にリアリスティックな展開にこだわりながらも、要所ではきちっとミステリ的なひねりを用意してあるし、無味乾燥な硬い文章のように見せながら、そこここにユーモア精神まで見せてくれるところなんて、作家としてのサービス精神の面目躍如というものであろう。
ううう、ヒラリイ・ウォーのもうひとつの代表的シリーズ、フェローズ署長シリーズも読みたくなってきた。「事件当夜は雨」、警察小説のベストに挙げる人も多いからなあ。昔読んだはずなんだけど、完全に忘れてるからなあ……改訳新装版、出ないかなあ。でも、買えるうちに買えという言葉も……と、ミステリファンは夜中に輾転反側するのであった。いや、自分にはほかに読まなきゃいかん本と書かなきゃいかん原稿があるだろ!
で、もう一度読んだわけだが、こんな面白い小説が心に響かなかったとは、浪人生のころから大学生活を終えるまで、自分は深刻な鬱状態にあったとしか思えない。「砂の器」までとはいかないが、刑事が「足で稼ぐ」タイプのミステリであるのは確かだ。しかし、読者は、野村芳太郎の映画のように、歩き回る刑事に感情移入して涙するよりも、平凡な女子大生、マリリン・ローウェル・ミッチェルの失踪事件の進展を、かたずをのみながらポテトチップスを食べてCNNにかぶりつくような視点で見る立場に立つことになる。それが無性に気持ちがいい。読んだバージョンが改訳版だったせいもあるだろう。昔の創元の翻訳の読みにくさはひどいものがあったからなあ。
捜査の指揮を執る警察署長のフォード警部にしろ、その下でこき使われる部長刑事のキャメロンにしろ、決して神のごとき推理力を持っているわけではない。かわりに彼らが持っているのは、豊富な常識と、輪をかけて豊富な、化け物じみたスタミナである。彼らはとにかく、「すべての可能性を試す」。妄想じみた推理なんかしている暇があったら未調査の穴という穴をつぶし、池の水を抜き、物証を何でもいいから集め、証人の証言の裏を取れ、という徹底ぶりだ。むろん、彼らも「ひらめき」を重視しないわけではないが、「ひらめき」に至るまでには尋問調書を読み返すだけ読み返し、現場に何度となく足を運び、証拠物件をうんざりするほど調べなくてはならないことも熟知しているのだ。そして、「ひらめき」には裏付けがないとダメなのだ。法廷で理路整然と、明らかなマリリン・ローウェル・ミッチェルの自殺だ、と推理してみせる地方検事に対して、フォード警部が「実験」を試みるのは示唆に富むシーンである。ここでのフォード警部は明らかに「名探偵」であるが、実験を成功させても、フォード自身にこの事件が五里霧中であることは変わらない。こつこつと「可能性を潰す」ことを続ける以外に真相にたどり着く方法はないのである。
この小説を再読していたときになぜか頭に浮かんだのが、大岡昇平「事件」であった。リアリズム警察小説はマクベイン「87分署シリーズ」を始め、秀作や傑作がいくつもあるのになぜ? と思ったが、なんとなく、小説のペースが似通っているところがあるのだろう。いかにもありそうな事件を題材に、徹底的にリアリスティックな展開にこだわりながらも、要所ではきちっとミステリ的なひねりを用意してあるし、無味乾燥な硬い文章のように見せながら、そこここにユーモア精神まで見せてくれるところなんて、作家としてのサービス精神の面目躍如というものであろう。
ううう、ヒラリイ・ウォーのもうひとつの代表的シリーズ、フェローズ署長シリーズも読みたくなってきた。「事件当夜は雨」、警察小説のベストに挙げる人も多いからなあ。昔読んだはずなんだけど、完全に忘れてるからなあ……改訳新装版、出ないかなあ。でも、買えるうちに買えという言葉も……と、ミステリファンは夜中に輾転反側するのであった。いや、自分にはほかに読まなきゃいかん本と書かなきゃいかん原稿があるだろ!
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NoTitle
どこのブックオフにもあるので逆に避けていたような感じです。
これも手に取ってみる価値がありそうですな
これも手に取ってみる価値がありそうですな
- #20941 面白半分
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- 2020.02/29 13:37
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Re: 面白半分さん
地味ですが(笑)。