「ショートショート」
    ホラー

    自宅のワードに残っていた手記

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    四月三日

     腹が減った。

     空を見ると太陽が真上に来ていた。昼飯時である。道理で腹も減るわけだ。なじみの店があったらそこへ飛び込むところだが、あいにくと出張中の身である。うまい店は自分のカンで見つけるしかない。おれは適当な路地を曲がった。うまい店というのは、たいてい、大通りからひとつ外れたところにあるのだ。

    「おっ」

     その看板を見て、おれは驚いた。学生時代、さんざんお世話になったラーメン屋の、なじみの字が書かれていたからだった。バブル崩壊の余波を受けて、いつの間にか町からひっそりとなくなってしまったのだが、こんなところに引っ越していたのか。

     腹が鳴った。

    「食べよう」

     おれはがらっと引き戸を開けて、中に入った。

    「味噌ラーメンと半チャーハン!」

     おやじは不愛想に答えた。

    「あいよ」

     おれは二十年前と同じ、あのラーメンとチャーハンの味を堪能して店を出た。

     その日の営業ははかどった。おれは鼻歌を歌いながら東京に帰った。


    四月八日

     今日は灌仏会である。わかりやすくいえば花祭りの日だ。出張先の小さな町には有名な寺があり、人でごった返していた。

     おれはすきっ腹を抱えて街をうろついていた。商談に手間取り、三時の今になるまで飯が食えなかったのだ。なにか腹に入れなくては倒れてしまう。

     そのとき、おれの鼻に、スパイシーな香りが流れてきた。懐かしい。サラリーマンとしてこの会社に入った当時、毎日のように通っていたカレー屋の店先から漂っていた匂いである。首を左にひねって、においの流れてきた先を見ると、あったあった。店の様相こそ変わってはいるが、外へ張り出してあるメニューの看板は、あの店に間違いない。

     おれはドアを押し開けて中へ入ると、カウンターに座った。

    「おばちゃん、インドカレー大盛り!」

     あのころに比べれば今は髪に白いものこそ混じっているが、いや皺も何本か増えてるかな、おばちゃんはご飯をよそい、鍋からカレーをかけておれの前に出してくれた。コップの水にスプーンが突っ込まれているのもあの時と同じだ。

    「おばちゃん、ずっと昔になるけどさ、おれ、東京のこの店に通っていたんだよ。リーマンショックのころ、いきなり店がなくなっていたけどさ、こんなところに移ってたんだな」

     そういいながらも、おれはカレーをがつがつと食べていた。うまい。この味だ。おばちゃん最高だ。

     おばちゃんは、額の汗をぬぐうと、笑っていった。

    「あのころはいろいろあったんよ」

    「だろうなあ」

     おれは満腹して店を出た。さて、もう一回りだ。


    四月十三日

     ……怖い。おれは怖い。

     今日は平日だったが休日扱いだった。それを利用して、この数週間に起こったことを読み物風にまとめてブログに上げてみようと思ったのだが、夜になってそれを考えなおしているところだ。

     まず、今日あったことを書いてみよう。

     おれは九州出身だ。小学校に上がるまでは、熊本の小さな町で暮らしてきた。

     当時、その町には小さなハンバーガーショップがあった。幼稚園のころ、おれはそこのハンバーガーが大好物で、家族と出かけた時はよく、その店でハンバーガーを買ってもらったものだ。

     だが、ファストフード店の競争もあったのか、大手が本格的に進出してくると、そのハンバーガー屋もいつのまにかひっそりと消えていった。

     けさ、ゴミ出しついでの散歩をしていると、おれは家の近所に、そのハンバーガー屋が店を開いていることに気づいたのだ。

     おれは懐かしくて、ハンバーガーとポテト、それにコーラを買って、家へ持って帰った。

     満足の行く朝飯だった。シンクロニシティというものもあるものだ。おれは面白くなって、思い出しつつあのラーメン屋とカレー屋のことをワードに書いた。

     それだけならばいい。

     夕飯を作るのもめんどくさくなったおれは、あの店でまた買おう、今度はフィッシュバーガーにオレンジジュースかな、などと思いながら、あの店への道を歩いた。

     店は見つからなかった。

     おれが入ったはずの店があったところは、なにもない空き地になっていた。古ぼけた「売地」の看板が、そこにあっただけだった。

     おれは狐にでも化かされたのか、と思いながら家へ帰った。

     扉を開けて、居間に入ると、そこには、たしかに、あのハンバーガーショップの紙袋が置いてあった。

     ということは……。おれは紙袋を手に、ハンバーガーショップを探し回った。しかし誰も、そんなハンバーガーショップなど見たこともないというのだ。

     おれは怖い。ハンバーガーショップが怖いのではない。

     おれがこの三週間で、『誰も気がつかないうちにいつの間にか消えていった店』と三度も接近遭遇したことが怖かったのだ。

     おれは三軒の店、すべてをネットで検索してみた。ヒットは一件もなかった。

     おれは怖い。もしかしたらあの店たちは、『いつの間にか消えていったものたちの世界』の住人になっていたのかもしれない。おれたちの住んでいる世界とはどこか違う、別の世界に。

     おれもまた、もしかしたらあの店と同じように、誰にも知られずにいつの間にかひっそりと消
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    Re: miss.keyさん

    ブログが更新されなくなったら死んだものと思ってください、とかプロフィール画面に書いとこうかな(縁起でもねえ(^^;))

    名もなく生まれ名もなく生き名もなく死ぬ

    一般的庶民の一般的人生です。そんなもんです。誰に知られる事なく消えたからって特に心配することじゃないさ。キニスンナ。ちなみに今私が住んでいるアパート500m四方に知り合いは誰一人いないそうな。ひぃぃぃぃ。

    Re: カテンベさん

    意外とこの小説、ホラーと呼ぶよりゴースト・ストーリーと呼んだほうが合っているかも(^_^)

    「ある」ということはどういうことなのか……。

    記憶から消えただけ、とか、ボケてもうただけやないんよねぇ

    ひっそりと消えて認識されないというても、どっかに存在してる、てな不思議展開は消えてもうた側にしてみたら、ちゃんといてるし、てのでこわい話やなかったりするんやろか?

    Re: 面白半分さん

    こういうの書かせるとリチャード・マシスン先生は神がかりな傑作を書くんですよねえ……。

    「激突!」収録のあの短編は怖かったなあ。

    NoTitle

    本作、主人公は消え去ったようですが
    この手記を読んだ私たちも
    誰にも知られずにいつもまにかひっそりと消
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