「ショートショート」
    その他

    空白

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    「さて」

     円卓に、十二人の男たちが座っていた。最年長の男は指を鳴らした。

    「ここで問題が出てきた。誰が責任を取るかだ」

     右隣に座った男は眉をひそめた。

    「天皇……」

     最年長の男は首を振った。

    「陛下には責任を取らせることは無理だ。現有憲法に書いてある。陛下はそれでも責任を取ろうとするかもしれんが、宮内庁の連中は声をひとつにして抗弁するだろうな。天皇は象徴にすぎず、政治には一切参加できない。政治に参加していないものがどうして責任を取らなければならないのか、と」

     対面に座っている男が手を上げた。

    「いちおう、うちの国は国民主権ということになっている。だから国民全員が平等に責任を負う、ということでいいんじゃないのか。それでなんとかごまかし……」

     最年長の男は苦笑いした。

    「まわりの国々からやいのやいのいわれているのがそこだ。つまり、彼らとしては、国民平等に責任を負って、責任を等分して希釈して、誰も傷つかないという解決を、認めないというわけだな。無理もない。おれが彼らでも、そんな解決認めたくはないだろう」

     髪を七三に分けていた男が眼鏡を直した。

    「どうしても、政治家のスケープゴートがひとりは必要だということか」

    「ひとりじゃ済むまい。少なくとも、一九四五年よりももっと多くの生贄が血を流さねばならん。いちおうシビリアンコントロールという建前だから、軍人以外にも生贄は必要になってくるな。国民のほうも血を流さなければならんだろうからしかたがないが、なんともやりきれん話だ」

     ひとりがネクタイを緩めた。

    「少なくとも、おれたちは責任を取るいわれはないぞ。おれたち十二人が主導し、水面下で秘密交渉をやってなんとか講和にこぎつけたんだ、その褒美として死が与えられるなんて不合理だ」

     最年長の男はポケットから煙草を出すと、ライターで火をつけた。

    「嫌煙権が徹底されてきみたちは喫わないんだったな。おれのころはこの悪習がまだ残っていてね。どうしてもやめられん。エコーを使い捨てライターで喫うくらいのことは認めてくれ」

    「かまわないが」

     七三の男はいった。

    「かまわないが、どうするつもりなんだ。あの役立たずのシェルターで、政府首脳部は狂信的な親衛隊ともども全滅してしまった。指導者のほとんどがそっくりいなくなっている。それでもまわりは生贄を出せというだろう。残っているのは小物ばかりだ。二軍のベンチウォーマーをオールスターゲームに出すようなもので、ファンが納得するわけがない」

     禿頭の男が親指の爪を噛んだ。

    「じゃあどうしろっていうんだ。なにしろ相手の怒り方というのは尋常じゃない。ほんとに日本国民は平等に責任を負え、とかいいだすぞ。平等なんだから平等に死ねという理屈だ。理屈的には合っている」

    「要するに」

     オールバックの男がポケットからキャンディーを取り出し、袋を破って口に入れた。

    「責任の所在がうやむやなんだ。明治のころから、日本はそうだった。誰も責任を負わないような国家にしてしまっている。大日本帝国憲法下では、総理の権限がかなり弱いうえに、内閣のほかに枢密院があって同等の地位を占め、どっちの判断を優先するとも決めていない。それだけではなく、完全な縦割りのシステムが徹底され、基本的に軍事も政治も経済も、互いのやることに口を出すことも出されることもないことになっている」

     口中でからころ鳴らしながら男は続ける。

    「そんな大日本帝国憲法に戻そうということ自体が正気の沙汰じゃなかったんだが、政治家も国民も無責任だった。無責任にも、『その場のノリ』と『勢い』だけで憲法が総改正された。戦争できる国家にはなったが、『合理的に戦争ができる国家』からは対極にあるような憲法下で、われわれは戦争していたんだ。いかに国防軍が装備でも訓練でも優秀でも、指揮系統がはっきりせず、戦略目標も明確でなければ、勝てるわけがない」

     片眼鏡の男が、副流煙に咳き込んだ。

    「結局、われわれは前世紀とまったく同じ轍をたどったということか」

    「まったくじゃないさ」

     最年長の男が紫煙を吐いた。

    「相手には、その気になれば、本気で日本人全員を殺す、全員は無理でもまず八十パーセントは殺すことができる手段を持っている。向こうさんが持っている核ミサイルのわずか五十パーセントを使うだけで、この日本は死の島になり、日本人は中世のハンセン病者扱いをされることになる。なにせ、狭い国土に原発を作りすぎた。しかもそこで得たプルトニウムで水爆を作り、責任の所在なんか考えずぶち込んじまった。それだけで、同盟国が次々と手のひらを返した。日本人がキレて大暴れしてその結果事態が救いようもなく悪化する典型的なパターンだ」

    「誰が悪かったのかな」

    「誰も自分が悪いなんて思っちゃいまい。みんながみんな被害者だと思っている。『他策なかりしを信ぜむと欲す』ってあれだ。なにを寝言いってんだ、とほとんどの国民は思っているだろう。『他策がなかったら誰も責任を取らなくてもいいのか』ってね。それでいて自分の責任だけはなにがあっても認めない」

     最年長の男はエコーの最後のひと喫いをすると、灰皿に揉みつぶした。

    「結局、責任の所在を突き詰めると空白になるのさ。おれたちは、その空白に責任を押し付けて、気持ちよく毎日を生きてきたわけだ」

    「空白が権力の正体だったら、われわれは明確なスケープゴートを用意すること自体が不可能なんじゃないのか?」

    「おれは」

     最年長の男は周囲を見回した。

    「空白の権力に殉じることにしたい。敵国が核の一斉攻撃を行うまでの猶予時間まであと五分。無回答、ないし、『バカメ』でいいだろう」

     最年長の男を除くその場の男たちはいっせいに立ち上がった。

    「貴様!」

    「なにを!」

    「馬鹿な!」

     最年長の男は微動だにしなかった。

    「かくて、焼け落ちたカルタゴに塩はまかれ、誰一人済まぬ地となった……。では詩的すぎるか。『赤信号 みんなで渡れば こわくない』のほうが合っているかもしれんな。国民全員と死ぬのなら、それもひとつの大往生だろう。空白の権力を吊るすには、空白の権力を支えるものすべてを吊るさなくてはならない。あと五分といったが、あと十秒だ。そのうち聞こえてくるぞ、ミサイルの飛んでくる音が……」


     そして日本は空白の地と化した。誰も責任を認めず死に絶えた、恐ろしい民族jというイメージが、空白のなにかとして全世界を闊歩するまで、さほど時間はかからなかった。

     そして今日も風は吹く。
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    ~ Comment ~

    Re: miss.keyさん

    「そのとき人々は自らの行為に恐怖した」(永井一郎の声で)

    のひとことで普通に「そうなってしまったらしかたない」みたいな空気が醸成されるんじゃないかとも思います。チェルノブイリのときも福島第一のときもそうだったし。

    国全体がひとつの記念碑となってしまうとか……。

    Re: カテンベさん

    「日本人なら全員ハラキリしろ!」とか周囲の国々の国民たちからいわれてそうですねこの世界。

    現実にならないことを祈ります(マジ)

    大丈夫

     部分核戦争なんてものがそもそも絵空事だし、何処の国だろうと最初の一発が発射された時点で連鎖反応で地球は放射能の海になるから。
     色んな所で某国は核を持っているから戦争したら勝てないとか言ってるけど、敵味方関係なく核は絶対に使えない兵器なんだよね。例え敵だろうが身方だろうが第三国だろうが、最初の一発が疑心暗鬼の引き金を引く。先に使われた方が負けって代物だからそこから先は思考停止でボタンが押される事になる。そうなれば駆け引きなんてものは全く存在しない世界です。

    講和にこぎつけたけど、核攻撃をうけるまで、あと5分、て

    負け、てことでええわ、と国内をまとめただけ、てこと?

    福島原発事故からの環境汚染の拡がり、てのから考えると
    日本全土を核攻撃なんてした場合、日本各地の原発もやられるわけやろし
    海洋大国なだけに、海洋汚染は周辺には止まらないで、えらいことになりそやね

    日本の暴走なんてのよりは周辺国の軍部の暴走、てもんの方がありそなもんに思えるけど、どーやろ?
    やーめーてー、まいった、するわ、て言うたかて、やめたらへーん、てのはありそやねー


    Re: 椿さん

    昨晩、「がんばってホラー以外の作品を書くぞ!」とパソコンの前に座っていたらどういうわけか出来上がってしまった愚痴じみた作品(^^;)

    読み返してみたらほんとに愚痴というか床屋政談だなあ……(汗)

    NoTitle

    責任分散制は日本のお家芸ですからね;;
    江戸時代も必ず一役二人体制ですし、そもそも奈良時代まで遡っても天皇の位置づけがすごく曖昧という。
    そう思うと、よく国家が1000年以上続いてますね。場所が良かったのかやっぱり(^_^;)
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