「ショートショート」
    ファンタジー

    そして天使は飛んだ

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     黒ずくめの女の子だった。ゴミ捨て場のひさしの下で、雨をよけて泣いていた。

     こういう女の子を見つけたら、採れる手段はふたつ。無視して通り過ぎるか、傘を差し掛けて声をかけるかのどちらかだ。

     ぼくは愚かにも後者を選んだ。

    「肺炎になるぞ。家出でもしたのか。だったらついてこい」

    「……ふえ?」

     女の子は涙と雨粒でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。好みのタイプだったが、あいにくと危険牌に手を出す趣味は持っていない。

    「誤解するな。警察へ行こう、というんだ。きょうびの日本は物騒だ。そんな中で一晩過ごすには、警察署にあるトラ箱がいちばんだ。トラ箱でわからなかったら留置場」

     ぼくはもう少しソフトな言葉を使うべきだったかもしれない。

     女の子はさらに顔を歪めると、わっとばかりにぼくに抱きついてきたのだ。身をかわす暇などあるわけもない。

     まともな言葉もしゃべらずに、ただぼくの肩で泣き続ける女の子……。

     しかたがない。信頼できる人間と連絡を取るか。ぼくは携帯の短縮ダイヤルボタンを押した。

     圏外。

     ぼくは毒づいて電話を切った。まったく、呼びもしないときにはおせっかいにもやってきて、用があるときにはいないんだから、この、最近の大学生ってやつは。

     しかしこの状況は、どう考えてもまずい。

     ぼくはさらに愚かで最悪にもほどがある選択をした。

     アパートの部屋に彼女を連れ込んだのだ。

     頭の上では自衛隊だろうか、ヘリコプターが空を飛んでいるらしき爆音がする。これから家出娘を警察に連れて行くための説得をしようというのに、迷惑な話である。バスタオルを手渡し、ぼくは尋ねた。

    「きみは誰だ? なんであんなところに……家出少女か?」

     いつでも警察に電話できるよう携帯を握り締め、反応を待つ。

    「家出じゃない……堕天使」

     ぼくは舌打ちした。ヘビメタ系かよ。あいつらはひたすらめんどくさいのだ。

     遠くからパトカーのサイレン音がいくつも重なりあって聞こえてきた。どうやら、今夜の警察はなにかで大忙しらしい。

    「わかったよ。とにかく今日はここに泊めてやるから、朝になったら家へ帰れ」

    「追放された……帰れない」

    「親との間に追放もなにもあるかよ。娘を放り出して心配しない親がいたら見てみたいもんだ」

    「親子じゃない」

     なかなか複雑な家庭の事情があるようだ。

    「罪を犯して、天界から追放された……」

     ヘビメタのうえに中二病!

    「もとは本物の天使だった、なんていうんじゃないだろうな」

    「本物の天使だった。人を愛して、堕天使に」

     つきあってられん。

     ぼくはもう一度電話をかけた。

     圏外。

     ぼくは小林源文のマンガに出てくるようなロシア語で、授業で叫んだら退学間違いなしの悪態をついた。

    「とにかく、ぼくとしては、若い娘とひとつ屋根の下にいるなんてことはだな」

     携帯が振動し始めた。ようやく帰ってきたか。ぼくは通話ボタンを押した。

    「もしもし、加奈……?」

    『バカ! おれだ、すぐにテレビをつけろ! NHKでもどこでもいいから!』

     なんだ森田か。夜遅くになんだってんだ。ぼくはテレビをつけてNHKに合わせた。ニュース番組。アナウンサーが絶叫していた。

    『……す! 警察が懸命の説得を続けていますが、犯人は反イスラム行為に加担した首相は退陣せよとの主張を繰り返し……』

     なぜだ。

     ぼくは凍りついたようになっていた。

     どうして灯光器が加奈の家を照らしてるんだ。どうして完全武装した機動隊員がこんなにいるんだ。どうして……。

     頭の上のローター音はどんどん大きくなる一方だ。数が増えていっているらしい。

     パトカーのサイレンもどんどん大きくなっていく。

     ぼくはぺたんとしりもちをついた。

    「加奈……」

     ぼくの口から出てきたのは、ただその言葉だけだった。

     ようやく腰が立つようになってから、最初にやったのは、窓のブラインドを開けることだった。加奈の家はここから2キロ先にある。ちょうど南南東の方向なのだが、南南東はさっきまでの暗闇がうそみたいにこうこうと光り輝いていた。ヘリからのサーチライトとおぼしき光線も見える。

     冗談でもなんでもないらしい。警察が忙しいわけだ。ぼくはアパートの扉に鍵をかけ、チェーンをかけた。ブラインドを下ろす。外へ出たら危険すぎる。

     外からは警察の広報車の複数の声。外出禁止を叫んでいるらしい。家々に反響し、重なってよくわからないのだ。

     アナウンサーはその間も、わかりやすく現在の状況を説明してくれていた。

     イスラム教過激派のテロリストが加奈の家にたてこもっている。武装は不明だが、自動小銃が一丁あることはたしかなようだ。人質の生命と引き換えに、首相の退陣と莫大な身代金と天皇のイスラム教改宗を要求している。人質の家族が何人生き残っているかは不明……。

     かな。

     ぼくは口だけをそう動かした。

    「あの……」

     家出娘がなにかぼくにしゃべった。ぼくの中でなにかのスイッチが入った。

    「うるさいな!」

     ぼくはまくしたてた。

    「恋人がテロリストに人質にされているんだ! 天使だか堕天使だか知らないが、スーパーナチュラルな存在だったら、誰も傷つかないようにこの事態を収拾しろよ! 人を愛して堕天使になったなら、その愛を棄てれば天使に戻れるんだろ! ぼくは……ぼくは!」

     家出娘は立ち上がった。涙まみれの顔から、さらに雫が一滴、畳に落ちた。

     そして。

     ぼくは見た。白い翼がその背中でふわりと広がり、

     天使は飛んだ。

     ぼく以外に誰もいなくなった部屋の中で、アナウンサーの声の調子が変わった。

    『……出てきました。出てきました。人質たち三人が、いま出てきました。機動隊員が駆け寄っています。突入も開始されました。中でなにかがあったようです……』

     ぼくは放心状態でニュースを聞いていた。



     病院で面会が許されたときには、ぼくもだいたいのことはニュースで知っていた。立てこもったふたりのテロリストは、突然に眠り込んでしまったそうだ。加奈たちが脱出するのにも気づかず、大いびきをかいていたそうで、それは機動隊が突入し、武装解除されて手錠をかけられるまで同じだったらしい。

    「奇跡ね」

     加奈はいった。

    「奇跡だ」

     ぼくは答えた。

    「それはなに?」

     胸ポケットから取り出したものを見て、加奈は不思議そうに尋ねてきた。

    「羽根だよ」

     ぼくはベッドにいる加奈の手にそれを握らせた。

    「本格的なプロポーズと思ってくれないか」

     加奈の顔が輝き、目じりから涙がこぼれた。

    「嬉しい! 嬉しい……。けど、この羽根はどういう関係があるの?」

    「奇跡の証拠さ」

     加奈は不思議そうに羽根を見つめていた。

     次の瞬間。ぼくの目も、加奈の目も、驚愕で丸くなった。

     加奈の手に握られた羽根が、おぼろに姿を変え、ひとりの天使、小指くらいの大きさしかない、小さな天使の姿に変わったのだ。

     そして天使は飛んだ。ガラス窓を通り抜け、はるか上へ、天界の高みへと帰るために。
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    Re: カテンベさん

    考えオチですが、

    「天使は誰を愛して堕天したのか」

    を想像するとまた違った見方が出てくるかと。

    そこを書いていると野暮になると思ってすっ飛ばしたのがあだになってしまった(^^;)

    天使の役割っていったい?

    人のために何やしたから堕天したの、取り消しになったの?

    天使って、神さんに近いもんなイメージやけど
    人を神に似せてつくった、とか言うたりするから、天使は人よりも神さんから遠い存在なのかな?
    人のために働いとけや、てこと?

    ホラー脳をリセット(笑)

    よーし調子が出て来たぞ(^^)

    このまま「夢鬼人」の続きにとりかかろう。

    (といいながら「死霊」を読んで愚にもつかんことをくどくどくどくど(爆))
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