荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)
荒野のウィッチ・ドクター(9)

9 ヒカリゴケ
「水の滴る洞窟か」
デムは顔をしかめた。水に濡れた中で、探索の手段として犬の嗅覚を使うことは問題外である。である以上、地図を作り、ひとつひとつ枝道をつぶしていくしか、この中に潜んでいる人間ふたりに接近する方法はないということだ。
「火をつけろ」
絶対に脱出不能だったはずの状態からテマとアトに逃げられるという大失態により左耳をつぶされた巨漢、デムは短くいった。
「いぶり出すんで?」
わかったようなことをいう部下の顔を、デムは思い切り殴りつけた。
「馬鹿! 松明だ! この洞窟はいぶり出すにはあまりにも奥が深すぎる」
この洞窟にたどり着いてから、デムは手下に命じ、この洞窟についての手に入る限りの情報をかき集めていた。その結果わかったのは、この洞窟は、縦穴をひとつ下りると、その下に枝分かれした無数の小道が迷路のように広がっているということだった。その果てがどうなっているのかは、誰も知らない。なぜなら誰も生きて出てきたものがないからだ……。
いぶり出すなど問題外だった。
「ソグ」
「へい」
殴りつけられて昏倒した男を無表情に見下ろしていた、筋肉質だがかなり背の低い男が、デムの言葉に答えた。
「お前、どう見る?」
「へい……あまり奥に逃げ込んだわけじゃねえだろうと、あっしは考えます」
「うむ。根拠は?」
「へい。奥へ逃げ込みすぎると、今度は出てこられなくなるんじゃねえか、とやつらは考えるだろうからでやす」
デムはうなずいた。
「おれの見かたと同じだ。やつらが考えるのは、まず、こちらが洞窟の別なほうを探している隙に、おれたちを迂回するようにして、この入口から出ていくことだろう」
デムは陽光が入ってくる後方の穴を振り返った。
「だからこの入口に手勢を伏せておく。三十人というところだろうな」
男たち全体の五分の三である。
「あのアトとかいう野郎を殺すのに、三十人も必要かどうかだが、念には念を入れてだ。それに、あまりに多くの人間を洞窟に入れると、互いに同士討ちをするかもしれん。ソグ、お前がこの三十人の指揮を執れ」
「へい」
「洞窟には、腕利きのものを二十人、五人ずつの組にして入れることにする。この四つの組が、連携して洞窟をしらみつぶしに探す……。アギ、モダ、キヤ!」
デムはさらに三人の名前を呼んだ。
「へい」
「へい」
「へいっ!」
答えた三人の部下に、デムはいった。
「それぞれ、使えそうなやつを四人見つくろえ。おれも同じように四人をそろえる。おれたちが行くのは危険も多いが、使えないやつを入れるよりはまだマシだ」
アギと呼ばれた男が手を挙げた。
「質問がありやす」
「なんだ」
「なにもデムの兄貴が行くこともないんじゃないか、と思うんでやすが……大将はでんと構えていろってのが、あのお頭が常日頃からいっている兵法の極意じゃないかと」
「面白い意見だ」
デムは奥歯をぎりりと鳴らした。
「普通なら、おれもそうする。だが、もし、おれがここで控えていて、アギ、お前らが全滅したら、おれはその場で兄貴に殺されるだろう。そうなったら、おれはあの野蛮人の糞野郎と小娘の魔女に、なにも礼をしてやれずに死ぬことになる。それくらいなら、こっちから突っ込んでったほうが、まだマシだ」
「マシ……」
アギは身体を震わせた。
「アギ」
デムはにやりと笑った。
「おれは、なにか貴様を不安にさせるようなことでもいったか?」
アギは蒼白な表情で、首をぶるぶると左右に振った。
「アト」
アトのたくましい背中に負われながら、テマはささやくようにいった。
「なにも細工せずに、このまま逃げていていいのか?」
「小細工を考えようにも、名案が浮かばない。おれとしては、そんな無駄なことで頭を使うくらいなら、精霊の導きにすべてをゆだねるほうを選ぶ」
こんな状況でも、アトはいつものアトだった。
「まあ、そういうならそれでもいいけど」
テマはアトの胸に回した手をぎゅっと締めた。
「まさか、洞窟の奥に、こんなところがあるなんてねえ……洞窟探検って、一度はしてみるもんだねえ……」
「そうだな」
アトは短く答えた。
「おれも初めて知った」
「初めて、って?」
「洞窟探検など、するのが生まれて初めてだといったんだ」
「お前……」
テマの口調が変わった。
「お前、洞窟に一度も入ったことがないのに、こんな大バクチ打ってるの?」
「バクチじゃない。精霊の導きだ。それに、こういうのもなんだが、あまりしゃべらないほうがいいとおれは思う」
テマは、毒舌は叩かなかった。
「……ごめん」
アトは無言で答えた。
ふたりの無言の逃避行は続いた。
デムは、犬歯をむき出しにして、声を出さずに笑った。
「クベ、先の松明地点まで戻り、アギたちを待て。面白いものを見つけた」
「へい」
クベと呼ばれた男は、ひとり、デムたちから離れ、来た道を戻り始めた。
「兄貴……」
「どうした」
「ここでいきなりやっちまったほうがいいんじゃないですか?」
「お前は生半可な思いでやつらに近づいたらどうなるかについて聞いてなかったのか。小娘は、燃え盛る炎の真っただ中から傷ひとつない身体で歩いて帰ってくるような魔女で、野蛮人は身動きひとつ取れない状況から、ビグの手首を噛みちぎった、まさに獣みたいなやつだ。なめてかかると、やられるぞ」
「へ、へい」
やがて、鎖かたびらをまとった男たちがクベに案内されるようにしてやってきた。
「兄貴、やつらを?」
先頭に立ってやってきたアギの問いに、デムは指で前方の隅にぼんやりと映るそのかすかな『光』を示した。
「あれは……」
「明るさから見て、やつらが焚いた炎ではないと思う。おそらく、この洞窟に自生する生物が光っているんだろう。闇の中でも微光を放つ、そういう植物や動物がいることは、昔、旅の男から酒場で聞いたことがある」
「じゃ、やつらも……」
「松明を用意したり、火を起こしたりする道具も機会もなかったはずだ。そんな中で、人間はどう動く。光を見たら、どうしてもそちらへ寄っていく……」
「じゃ、やつらは?」
「まともな頭が働くやつなら、すでにそこから移動しているだろう。だが、あそこを調べて、やつらがいた痕跡があれば、おれたちは探索する範囲を大幅に狭めることができる」
アギはうなずいた。
「たしかにその通りで。あっしが探ってめえりやす」
「頼む。だが、気は抜くな。気を抜くとやられかねん」
「へい」
手勢をつれてアギは光のほうへ向かっていった。
「てめえらは弓を用意しな! あの糞野郎と小娘がこっちへ逃げてきたら、かまわねえ、矢ぶすまにしてやるんだ!」
おうっ、と男たちは答えた。
「兄貴!」
アギの声がした。
「間違いねえ、やつらのいた跡がありやした!」
「よし!」
デムは松明を掲げた。
「野郎ども、狩りの続きだ」
実際にその場所へ行くと、痕跡ははっきりとしていた。群生した光る苔の間に、人の寝ころんだ跡と思われる形や、手のひらの跡と思われる形などが、くっきりと残っていた。
「いいぞ」
デムはいった。皆、同じ意見のようだった。口には出さねど、後は追い詰めるだけだ、と、その場にいた全員の顔が語っていた。
「やつらは疲弊してるはずだ」
デムはいった。
「この荒地だ、食い物もろくに食っていないし、火にもあたっていないだろう。身体の傷は癒えているだろうとはいえ、やつらはふらふらなはずだ。見つけたら、遠くから矢で射すくめ、まずは小娘から殺しちまうんだ。繰り返すが、気を抜くとやられるぞ!」
この洞窟を調べてみると、追跡の最終段階に入るには、それほど考えることもないことがわかった。ここから出る道はふたつしかなく、そのうちのひとつは、中途で行き止まりになっていることがはっきりしており、そして残る道には、光る苔の上に、点々と足跡が残っていたからである。
「罠かもしれやせんぜ、兄貴」
アギの進言を、デムは一蹴した。
「それはないだろうな。やつらには、そこまで考えをめぐらせるだけの余裕はない、と考えるのが理にかなっているだろう。いちおう、もう一方の道は、モダ、お前が手勢とともに、もっとよく調べてこい。おれたちは、ここから足跡を追っていく。キヤ、お前は万一に備えてここに残れ」
「へい」
デムとアギは足跡を追った。
「冷えてきやしたね、兄貴」
「ああ」
狭い岩の割れ目で、足跡は終わっていた。
「ここから入ったんだな。やけに冷たい風が吹いてきやがるが……。おれがやっと通れるくらいか」
デムは松明を突き入れ、中の様子をうかがった。
「しまった……」
冷たい風が吹いてくるのも当然だった。
洞窟の奥にデムが見たもの、それはかなりの広さがある地底湖だったのである。鎖を着て武具を持ちつつ追跡を続けること自体が不可能だった。
デムは歯ぎしりせざるを得なかった。
(来月に続く)
- 関連記事
-
- 荒野のウィッチ・ドクター(10)
- 荒野のウィッチ・ドクター(9)
- 荒野のウィッチ・ドクター(8)
スポンサーサイト
もくじ
風渡涼一退魔行

もくじ
はじめにお読みください

もくじ
ゲーマー!(長編小説・連載中)

もくじ
5 死霊術師の瞳(連載中)

もくじ
鋼鉄少女伝説

もくじ
ホームズ・パロディ

もくじ
ミステリ・パロディ

もくじ
昔話シリーズ(掌編)

もくじ
カミラ&ヒース緊急治療院

もくじ
未分類

もくじ
リンク先紹介

もくじ
いただきもの

もくじ
ささげもの

もくじ
その他いろいろ

もくじ
自炊日記(ノンフィクション)

もくじ
SF狂歌

もくじ
ウォーゲーム歴史秘話

もくじ
ノイズ(連作ショートショート)

もくじ
不快(壊れた文章)

もくじ
映画の感想

もくじ
旅路より(掌編シリーズ)

もくじ
エンペドクレスかく語りき

もくじ
家(

もくじ
家(長編ホラー小説・不定期連載)

もくじ
懇願

もくじ
私家版 悪魔の手帖

もくじ
紅恵美と語るおすすめの本

もくじ
TRPG奮戦記

もくじ
焼肉屋ジョニィ

もくじ
睡眠時無呼吸日記

もくじ
ご意見など

もくじ
おすすめ小説

もくじ
X氏の日常

もくじ
読書日記

~ Comment ~
そうだったか・・・
うわ!ゆっくりと読み返してみると確かにそういう状況が・・・
でもサキの石頭にはちょっと難しかったかも。
サキの頭は相当堅いです。すみません。
確かに脱出成功!ということになるのでしょうか。
デム、どうするの?殺される?
そういうことなら、サキはそっちが気になってきました。
でもサキの石頭にはちょっと難しかったかも。
サキの頭は相当堅いです。すみません。
確かに脱出成功!ということになるのでしょうか。
デム、どうするの?殺される?
そういうことなら、サキはそっちが気になってきました。
- #15667 山西 サキ
- URL
- 2015.05/16 22:32
- ▲EntryTop
Re: 山西 サキさん
まあこの状況下でいえることは、
「たとえなにかしゃべりたくなっても人に抱きつくようにして泳いでいるときにはしゃべらないほうがいい」
ということと、
「灯りを消したら漆黒の闇に変わる中、船も入れられない地底湖で人の跡をつけようとするのは自殺行為である」
ということですね。
つまりはデムくん、またも二人に逃げられた、ということで……説明不足(わざと省いたところもありますが)だったかな。反省(^^;)
「たとえなにかしゃべりたくなっても人に抱きつくようにして泳いでいるときにはしゃべらないほうがいい」
ということと、
「灯りを消したら漆黒の闇に変わる中、船も入れられない地底湖で人の跡をつけようとするのは自殺行為である」
ということですね。
つまりはデムくん、またも二人に逃げられた、ということで……説明不足(わざと省いたところもありますが)だったかな。反省(^^;)
NoTitle
ダンジョンですね。この構造はまったくその通りですよ。
この中を逃げ回る2人を50人の手勢でどう追い詰めるか。デムのお手並み拝見というところですが、徐々に追い詰めていきますね。
でも、このアトの「精霊の導きのままに・・・」の行動があんがいくせ者ですよ。一生懸命頭を使って作戦を練るデム、「精霊の導きのままに・・・」のアト。どっちが勝利するのでしょう。でも主人公はアトとテマですからね。
もちろんテマを応援します。
そして何というか、テマの言動が可愛くなってますね。
地底湖ですか。それもかなりの広さのある。デムはどんな作戦を?アトは湖に?
この中を逃げ回る2人を50人の手勢でどう追い詰めるか。デムのお手並み拝見というところですが、徐々に追い詰めていきますね。
でも、このアトの「精霊の導きのままに・・・」の行動があんがいくせ者ですよ。一生懸命頭を使って作戦を練るデム、「精霊の導きのままに・・・」のアト。どっちが勝利するのでしょう。でも主人公はアトとテマですからね。
もちろんテマを応援します。
そして何というか、テマの言動が可愛くなってますね。
地底湖ですか。それもかなりの広さのある。デムはどんな作戦を?アトは湖に?
Re: LandMさん
「お前たちには任せておけん」
という発想もあるんじゃないかと思います。
「この線より下がればこの拳王を射よ!」
なんていい始めたらそれはそれで常軌を逸しておりますが(^^;)
という発想もあるんじゃないかと思います。
「この線より下がればこの拳王を射よ!」
なんていい始めたらそれはそれで常軌を逸しておりますが(^^;)
NoTitle
指揮官が前線に出て、
死ぬのは結果的に無責任と言われるんでしょうね。。。
前線に出ることも必要ですが。
死ぬのは結果的に無責任と言われるんでしょうね。。。
前線に出ることも必要ですが。
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Re: 山西 サキさん
わたしが知りたい原稿真っ白な日曜日(笑)
とりあえず月末を待たれよ。というか待ってくれ~(^_^;)