「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢鬼人
夢鬼人 ノゾミ 20-1
20 ノゾミ
「沙矢香、沙矢香、しっかりして! 沙矢香!」
迫水さんは国枝さんの身体を揺すぶっていた。しかしその間も、国枝さん……いや、国枝さんの口を借りたぼくの兄、時形良寛の独白は続いていた。
「……いちおう断っておくが、これはぼくがこの向こう見ずと勇敢との区別がついていない女の子の深層心理に埋め込んだメッセージだ。だから、邪魔しないで聞いてもらえるとうれしいな。いつ埋め込んだかについてだけど、この、国枝沙矢香ちゃんに聞くのがいちばん早いと思う。正気に返った後で、この子は、なぜか記憶から削られたようにすっぽりと抜け落ちている時間の存在について話してくれるはずだ。正気に戻るまでは、ぼくが刻み付けたメッセージをICレコーダーみたいに再生し続けてくれるようにしてあるから、途中で暗示を解こうなんていう考えは捨てた方がいい。夢の中に入ろう、という考えも捨てるべきかな。なにせ、この娘は、眠っているわけじゃないからね。単に、自分のしゃべることを止められないだけだ」
ぼくは喉がからからになっていた。兄は……ぼくの血縁上の兄は、いったいなんという非道を、ぼくと同じくらいの女の子にしてしまったんだ!
国枝さんのメッセージはさらに続く。
「……人間の精神活動に関する技術では、ぼくたち時形流、いや、『夢鬼』の側でもそれなりに研究はされているし、技術も磨いた。わずかな音、ちらりとしか見ていない無意味に思える活字の並び、喫茶店のなにげない小物の置きかた……そういったもので、人間はたやすく精神の防壁を開けてくれるものだ。うちの祖父でさえ、ぼくの作った『音』が入った携帯型のプレーヤーひとつで、このお嬢さんを眠らせることができたんだからね。もっとも、祖父は鍵となる『娘』をこの国枝さんと誤解しており、そのせいで本命である迫水晶さんを取り逃がし、あろうことか奪還されてしまったのだけれど。どうしようもなく無能な話だが、その精神は悪夢の世界をさまよっているよ。まあ、面白い味がしたことは確かだ。きみたちも、ひとかじり、とはいわないが、せめてひと舐めくらいはしてみないか。夢鬼として生きることも、さして悪くはないものだ、ということがよくわかるんじゃないかと思うんだが、まったく、きみたちは潔癖すぎるからなあ。そうそう、潔癖すぎるきみたちは、本気でこのメッセージを止めに来るかもしれないけれど、そうした場合に国枝さんに残るかもしれない隠れた精神的ダメージについてもよくかんがえてみるべきじゃないのかな」
迫水さんは畳に手を突いていた。その手の甲は真っ白になっていた。内心を推察するまでもない。たぶんぼくも同じだからだ。
「沙矢香、沙矢香、しっかりして! 沙矢香!」
迫水さんは国枝さんの身体を揺すぶっていた。しかしその間も、国枝さん……いや、国枝さんの口を借りたぼくの兄、時形良寛の独白は続いていた。
「……いちおう断っておくが、これはぼくがこの向こう見ずと勇敢との区別がついていない女の子の深層心理に埋め込んだメッセージだ。だから、邪魔しないで聞いてもらえるとうれしいな。いつ埋め込んだかについてだけど、この、国枝沙矢香ちゃんに聞くのがいちばん早いと思う。正気に返った後で、この子は、なぜか記憶から削られたようにすっぽりと抜け落ちている時間の存在について話してくれるはずだ。正気に戻るまでは、ぼくが刻み付けたメッセージをICレコーダーみたいに再生し続けてくれるようにしてあるから、途中で暗示を解こうなんていう考えは捨てた方がいい。夢の中に入ろう、という考えも捨てるべきかな。なにせ、この娘は、眠っているわけじゃないからね。単に、自分のしゃべることを止められないだけだ」
ぼくは喉がからからになっていた。兄は……ぼくの血縁上の兄は、いったいなんという非道を、ぼくと同じくらいの女の子にしてしまったんだ!
国枝さんのメッセージはさらに続く。
「……人間の精神活動に関する技術では、ぼくたち時形流、いや、『夢鬼』の側でもそれなりに研究はされているし、技術も磨いた。わずかな音、ちらりとしか見ていない無意味に思える活字の並び、喫茶店のなにげない小物の置きかた……そういったもので、人間はたやすく精神の防壁を開けてくれるものだ。うちの祖父でさえ、ぼくの作った『音』が入った携帯型のプレーヤーひとつで、このお嬢さんを眠らせることができたんだからね。もっとも、祖父は鍵となる『娘』をこの国枝さんと誤解しており、そのせいで本命である迫水晶さんを取り逃がし、あろうことか奪還されてしまったのだけれど。どうしようもなく無能な話だが、その精神は悪夢の世界をさまよっているよ。まあ、面白い味がしたことは確かだ。きみたちも、ひとかじり、とはいわないが、せめてひと舐めくらいはしてみないか。夢鬼として生きることも、さして悪くはないものだ、ということがよくわかるんじゃないかと思うんだが、まったく、きみたちは潔癖すぎるからなあ。そうそう、潔癖すぎるきみたちは、本気でこのメッセージを止めに来るかもしれないけれど、そうした場合に国枝さんに残るかもしれない隠れた精神的ダメージについてもよくかんがえてみるべきじゃないのかな」
迫水さんは畳に手を突いていた。その手の甲は真っ白になっていた。内心を推察するまでもない。たぶんぼくも同じだからだ。
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Re: 椿さん
あまりに非道にしすぎたのでこれからどうするか頭を抱えてます。もしかしたら三巻目の完結編は、桐野くんが出所して「ナイトメアハンター桐野」が完結した後になるかもしれません(^_^;)
NoTitle
精神のダメージか。。。
確かに。数字なものさしがないのが精神科ですが。
深いことに挑んでいる小説だと思います。
確かに。数字なものさしがないのが精神科ですが。
深いことに挑んでいる小説だと思います。
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Re: LandMさん
「あなた正気じゃないでしょ」といいたくなるレベルは確かに存在するわけで。
そこらへんのグレーゾーンが悩ましいところであります。