「夢逐人(オリジナル長編小説)」
夢鬼人
夢鬼人 ノゾミ 20-2
国枝さんはしゃべり続けた。
「さて、いまのぼくとしては、きみたちにはぼくたちの仲間になってほしい。それが偽らざるところだ。もちろん、『夢逐人』としてではなく、『夢鬼』としてだ。ぼくが国枝さんに仕掛けた、この一種の後催眠状態に落とし込むためのキーワードとして、たぶんきみたちも聞いただろうけれど、ぼくは『夢逐人』と『夢鬼』とは和解できると思っている。『夢鬼』になることによって、ともに人間の夢を食らう立場に立てるだろう。父はその点で悲観的だったが、ぼくはここではわがままを通してもらった。高校生の身で単身ハニートラップをしかけにくるほど積極的な思考をするお嬢さんを、生命を奪ったり廃人にしたりするのは間違っていると思うからだ。それにあの娘の瞳には、ぼくたちと同じ、肉食獣の輝きがある。その輝きを消すだなんて野蛮なことは、どう考えたって、するべきじゃない。父は瑠璃を送ったけれど、ぼくは失敗すると思っていたし、失敗してよかったとも思っている」
迫水さんは拳を振り上げかけ……黙って下ろした。演説を埋め込んだのはぼくの兄であって、国枝さんが自らの意志でしゃべっているのではないからだ。
「……きみたちのストイシズムはわかるよ。でも、人間の本性がストイシズムから離れたところにあったなら、ストイシズムで生きる意味がどこにあるんだい。きさまは自分が食べたパンの枚数を覚えているか、っていうのが、昔のマンガにあったけど、人はパンのみにて生くるにあらず、だ。食べることにより肉体的、精神的な快楽に浸ることができるのだとしたら、ぼくたちが肉のかわりに夢を食べ、酒のかわりに魂を味わうことにどんな問題があるっていうんだ?」
「いわせておけば!」
迫水さんは叫んだが、すぐに首を横に振った。迫水さんがいくら大声で叫ぼうとも、はるか京都にいる兄や父の耳には届かない。
「……ぼくたちがなにを望んでいるかはわかるかい? 社会が本質から変わることだ。そのとき、現実は悪夢となり、悪夢は現実となる。かつてぼくたちとかかわりがあった、室町の将軍である足利義教公は、そうした世界を作ろうとして失敗した。万人恐怖の世界を作ることで、現実と悪夢の狭間をなくそうとしたんだ。だがそれは、将軍が暗殺されるという結果を招いた。それで……」
意味ありげな沈黙。
「……それで、ぼくたちの先祖である夢鬼たちは、足利将軍の考えていた万人恐怖社会よりももっとすばらしいごちそうが目の前に広がったことに気がついたんだ。中学校の日本史でも習うことだよ」
ぼくにはわかった。迫水さんたちもわかっただろう。兄は国枝さんの声で続けた。
「応仁の乱と、そこから続く群雄割拠の戦国時代さ。おいしい悪夢がまさに食べ放題だ」
「さて、いまのぼくとしては、きみたちにはぼくたちの仲間になってほしい。それが偽らざるところだ。もちろん、『夢逐人』としてではなく、『夢鬼』としてだ。ぼくが国枝さんに仕掛けた、この一種の後催眠状態に落とし込むためのキーワードとして、たぶんきみたちも聞いただろうけれど、ぼくは『夢逐人』と『夢鬼』とは和解できると思っている。『夢鬼』になることによって、ともに人間の夢を食らう立場に立てるだろう。父はその点で悲観的だったが、ぼくはここではわがままを通してもらった。高校生の身で単身ハニートラップをしかけにくるほど積極的な思考をするお嬢さんを、生命を奪ったり廃人にしたりするのは間違っていると思うからだ。それにあの娘の瞳には、ぼくたちと同じ、肉食獣の輝きがある。その輝きを消すだなんて野蛮なことは、どう考えたって、するべきじゃない。父は瑠璃を送ったけれど、ぼくは失敗すると思っていたし、失敗してよかったとも思っている」
迫水さんは拳を振り上げかけ……黙って下ろした。演説を埋め込んだのはぼくの兄であって、国枝さんが自らの意志でしゃべっているのではないからだ。
「……きみたちのストイシズムはわかるよ。でも、人間の本性がストイシズムから離れたところにあったなら、ストイシズムで生きる意味がどこにあるんだい。きさまは自分が食べたパンの枚数を覚えているか、っていうのが、昔のマンガにあったけど、人はパンのみにて生くるにあらず、だ。食べることにより肉体的、精神的な快楽に浸ることができるのだとしたら、ぼくたちが肉のかわりに夢を食べ、酒のかわりに魂を味わうことにどんな問題があるっていうんだ?」
「いわせておけば!」
迫水さんは叫んだが、すぐに首を横に振った。迫水さんがいくら大声で叫ぼうとも、はるか京都にいる兄や父の耳には届かない。
「……ぼくたちがなにを望んでいるかはわかるかい? 社会が本質から変わることだ。そのとき、現実は悪夢となり、悪夢は現実となる。かつてぼくたちとかかわりがあった、室町の将軍である足利義教公は、そうした世界を作ろうとして失敗した。万人恐怖の世界を作ることで、現実と悪夢の狭間をなくそうとしたんだ。だがそれは、将軍が暗殺されるという結果を招いた。それで……」
意味ありげな沈黙。
「……それで、ぼくたちの先祖である夢鬼たちは、足利将軍の考えていた万人恐怖社会よりももっとすばらしいごちそうが目の前に広がったことに気がついたんだ。中学校の日本史でも習うことだよ」
ぼくにはわかった。迫水さんたちもわかっただろう。兄は国枝さんの声で続けた。
「応仁の乱と、そこから続く群雄割拠の戦国時代さ。おいしい悪夢がまさに食べ放題だ」
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