「紅探偵事務所事件ファイル」
    夕闇のメッセンジャー

    夕闇のメッセンジャー 2

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     次の日。わたしは特急に揺られながら、昨日のうちにコンピュータを駆使してわかったことを反芻していた。

     例のソフトは話どおり、おしなべて好評だった。あちこちのサイトの掲示板で「今年最高の鬼畜ゲー」「繁美たん(これが甲斐雪子が声をやっているキャラクターらしい)ハァハァ」という書き込みがやたらと目に付いた。今年最高の鬼畜ゲーというやつがどういうものかは知らないが、健全で尋常な精神を大事にしたいわたしとしてはプレイは謹んで辞退申し上げる。甲斐雪子の声をいっぺん聞いておいたほうがいいのではないかとの紅恵美からの当然といえる意見も拒否した。声優が作った声で毎日の生活を送っているわけがないからだ。

     来栖幸一はどうも入院中らしい。高校のころからのパソコンオタクで、卒業後は大学にも行かずにゲームデザインの仕事をしていた男の末路がこれだ。こんなトラブルに巻き込まれては本業を続けることも難しいのではないか。回復してもつぶしがきかない経歴だろうから転職は無理だろう。いずれにせよお先は真っ暗だ。

     長倉なんとかという男は、本名を長倉友則ということがわかった。来栖幸一の後輩で、専門学校を卒業したら来栖のもとへ合流するつもりだったらしい。運のいいやつだ。

     紅恵美の推察どおり甲斐繁信は娘を実家からよそのマンション(?)へと移していた。よそがどこかまではよくわからないが、いいところ上原市郊外の、甲紋会の勢力範囲にある地区だろう、と思われた。抗争と、それに伴う出入りを控えて甲紋会はピリピリしているらしい。切れ切れの情報をつぎはぎすると物騒な物を持った屈強な男たちがあちらこちらから上原市に集まってきているのが手に取るようにわかる。そんな場所に単身行くなんて気がひけたが、まさか紅恵美を連れて行くわけにもいかない。彼女がN県の山中から腐乱死体で発見、なんてことになったら兄である紅グループ総帥の紅隆太郎に申し訳が立たない。本人は行くつもりだったらしく、昨日はあの後さんざんもめたが、「バックアップ要員が必要不可欠」というわたしの主張にようやく折れてくれた。

     わたしの思いは紅恵美自身のほうに移っていった。

     傘下にある企業や団体は数知れない、今をときめく総合商社、紅グループの創業者である紅甚佐衛門は亡くなるときにある遺言を残した。すなわち、「紅家直流の子孫は、男女を問わず十六になったら一国一城の主になるべし」というものである。一国一城の主だなんていったって、どうせ重病の老人が死ぬ間際に錯乱していった言葉に違いないのだが……。

     それからしばらくして、紅グループは、二人の後継者候補をもった。甚佐衛門から数えて四代目にあたる歳の離れた兄妹で、兄は隆太郎といい、幼時からの帝王学教育の成功例といってもいいだろう、堅実を絵に描いたような人物だった。

     問題は妹だった。紅恵美その人である。母親ゆずりといわれる端整で気品のある顔立ちはいいとして、真の特徴はその皮膚と頭蓋骨の裏側にあった。頭がいいのだ。それもずばぬけていい。正確にいうと、良すぎた。何せ六歳にしてカントの「純粋理性批判」原書を読破し論文をものするような恐るべき娘なのだ。学問とともに彼女が好んだ物があった。それが推理小説である。

     小、中学を過ごしたヨーロッパの全寮制の学校から帰って来たとき、高校の案内を用意していたグループの幹部連(その多くは彼女をかついでお家騒動をもくろんでいたに違いないと紅隆太郎は後でわたしに語った)に向かって、紅恵美は言い放ったそうだ。あの遺言に従って独立すると。

     後は先にいったとおりである。幼時からちびちび貯めた小遣いのみを元手に危険な地下の麻雀賭博に飛びこみ、野獣のような裏プロたちを蹴散らして大金を掴むと、今度はそれを種銭にして大胆にもオンラインの先物取引に挑戦、片張りに次ぐ片張りという考えただけでも身体中の血が凍りそうなリスキーな投資を繰り返して一年後には小さいとはいえビルのオーナーになったのだ。福本伸行の漫画かなんかの登場人物みたいなやつである。

     スキャンダルがいつ噴出するかとおののいていた紅グループの面々が胸を撫で下ろしたのも束の間、紅恵美はふたたびとんでもないことを言い出した。それがこの、探偵事務所開設である。次から次へとむさぼるように読んだ推理小説と犯罪実話の知識だけでこのようなことを決断してしまうのだから、無謀というか身のほど知らずというか天才は何を考えるかわからないというか……。

     一人ではその身が危険だと判断した紅隆太郎(わたしは、実際は紅恵美を一人にしておいたら何をしでかすかわからないと判断したのではないかと思っている)は、信頼のおける人間二人をつけてやることにした。優秀な弁護士、桑原葵と、優秀でない、というより上から不適格の烙印を押された調査員であるわたしである(なぜ、わたしを? というわたしの問いに、紅隆太郎はこう答えた。「君なら、友人を裏切るということを考えることもできないだろうと思って」 癪だが当たっていないこともない)。

     あれから二年、桑原葵女史の法学的知識と、紅恵美の天才的頭脳による言語能力(十数ヶ国語以上の言葉がペラペラなのだ)およびハッキング技術、加えていつも歩き回らされる羽目になるわたしの共同作業により、驚いたことに事務所はなんとかとんとんで軌道に乗っている。持ちこまれる事件にロクなものがあったためしはないが……。

     車内アナウンスが停車駅に着いたことを告げた。わたしは立ち上がり、とりあえず最初の目的地を目指すことにした。


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