「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 1-16-1
16
遥流子はぐっすり眠っていた。その寝顔は安らかそのものだ。
「警察が来るまでいくらか時間があるでしょう。外はすごい雪だ。ここに住んで長いこのわたしがいうのだから間違いはない。それで、桐野さん、ミスとはなんです?」
「その前に、流子さんの夢に入らせてください。杞憂だったらいいのですが」
「話してください、桐野さん。わたしも流子の祖父です。ミスを犯したといわれて、孫娘の夢にそのまま入ってもらうわけにはいきません」
「わたしは、流子さんの夢に入ったとき、そこで血で満たされた紡錘形の空間を見ました……」
遥喜一郎の問いに、わたしはそう答え出した。
「そのときは、流子さんの子宮の象徴だろうと思っていましたが、もうひとつ考え方があることに思い至りました。あの紡錘形は、流子さんにとっての堅い防御の象徴、どんぐりだったのではないか。あれは中にある血液を守るための殻ではなかったのか」
「…………」
「すると、その後の荒野としゃれこうべも、また意味が変わってくる。あれは何者かによって攻撃され、荒廃してしまった精神状態と、それを守ろうと戦う流子さんの防衛機構そのものではなかったのか」
「…………」
「もしかしたらわたしは、この手で流子さんの意識を……」
「やめて! そんな恐ろしいことをいわないで! 桐野さん、あなたは、お姉ちゃんが田島さんを殺したとでもいいたいの?」
遥美奈はそう叫び、遥流子が寝ている布団を大きくまくった。
布団の下からは、血による染みなどひとつもないパジャマ姿が現れた。
「ほら、お姉ちゃんは少しも血で汚れていない! 桐野さん、田島さんはどんな傷を受けていたんですか?」
「喉を咬み破られていました」
「無理よ、お姉ちゃんには。寝たきりになっていて顎が動かないんだから!」
「それをいったら普通の人間には、普通に歩くことすらできません。筋肉が衰えていますからね。わたしがはっきりさせたいのは、流子さんの精神の無事と、この状態を引き起こした夢魔がまだいるかどうかということです」
「しかし……」
わたしは断固とした声でいった。
「入らせていただきます」
回転する六角形をイメージし、精神を集中した。
「桐野さん、待って……」
という遥美奈の声が遠くに聞こえた。
もう遅い。わたしは、夢に……。
鏡? ガラス板に、わたしの姿が写っていた。
次の瞬間、わたしは現実世界の自分の身体で意識を取り戻した。
なにかを喋ろうとする人は誰もいなかった。皆、信じられないものを見る様子でわたしを見つめていた。
なにを見ているのかがわかるまで一拍あった。
右腕が、がっちりと遥流子に摑まれていたのだ!
「なるほど、お前は奇妙な力を持っているな」
遥流子がきけないはずの口を開き、くぐもった声でいった。
視線が合った。瞳には邪悪な光が宿っていた。半病人のやつれた顔が、その光のせいで凄みを帯びて恐ろしく見える。
遥美奈が悲鳴を上げた。
「食わせてもらうぞ」
眠りから覚めたばかりの半病人とは思えないほどの力で、遥流子はわたしにのしかかって来た。わたしも右腕を大きく振って、摑まれているのを振りほどこうとする。
その刹那だった。
ぼきり、という感触とともにわたしの右腕に激痛が走った。
「ぐうっ!」
目の前が真っ赤になり、わたしはあらんかぎりの力で、遥流子から逃れようと、しゃにむに、暴れた。
ずるっと手がすっぽ抜け、わたしは後方にのけぞるようにしてあおむけに倒れた。
おそるおそる右腕に目をやった。
神経がそこにあると告げている場所から九十度ずれたところに、ひじから先があった。腕を曲げてみようと試みたが、曲げることはかなわなかった。
上腕部骨折、全治三ヶ月。
自分に診断を下してしまう、哀しい医者の性だ。
どすんという音に我に返った。
西方光太郎が、投げられたのか部屋の隅へ吹っ飛び、調度品を壊していた。わたしが助かったのも、彼が遥流子に背後からむしゃぶりついてくれたかららしい。
野村香と遥美奈は部屋の隅で抱き合って震えていた。
部屋にいない人物が二人いた。一人は遥喜一郎老人。素早く逃げてくれていたことにわたしは安堵した。もう一人は宮部看護婦だった。
宮部看護師は、腰が抜けたのか、這いつくばって廊下へと逃れようとしていた。
遥流子の視線が、そちらへと向いた。
いかん。
遥流子はぐっすり眠っていた。その寝顔は安らかそのものだ。
「警察が来るまでいくらか時間があるでしょう。外はすごい雪だ。ここに住んで長いこのわたしがいうのだから間違いはない。それで、桐野さん、ミスとはなんです?」
「その前に、流子さんの夢に入らせてください。杞憂だったらいいのですが」
「話してください、桐野さん。わたしも流子の祖父です。ミスを犯したといわれて、孫娘の夢にそのまま入ってもらうわけにはいきません」
「わたしは、流子さんの夢に入ったとき、そこで血で満たされた紡錘形の空間を見ました……」
遥喜一郎の問いに、わたしはそう答え出した。
「そのときは、流子さんの子宮の象徴だろうと思っていましたが、もうひとつ考え方があることに思い至りました。あの紡錘形は、流子さんにとっての堅い防御の象徴、どんぐりだったのではないか。あれは中にある血液を守るための殻ではなかったのか」
「…………」
「すると、その後の荒野としゃれこうべも、また意味が変わってくる。あれは何者かによって攻撃され、荒廃してしまった精神状態と、それを守ろうと戦う流子さんの防衛機構そのものではなかったのか」
「…………」
「もしかしたらわたしは、この手で流子さんの意識を……」
「やめて! そんな恐ろしいことをいわないで! 桐野さん、あなたは、お姉ちゃんが田島さんを殺したとでもいいたいの?」
遥美奈はそう叫び、遥流子が寝ている布団を大きくまくった。
布団の下からは、血による染みなどひとつもないパジャマ姿が現れた。
「ほら、お姉ちゃんは少しも血で汚れていない! 桐野さん、田島さんはどんな傷を受けていたんですか?」
「喉を咬み破られていました」
「無理よ、お姉ちゃんには。寝たきりになっていて顎が動かないんだから!」
「それをいったら普通の人間には、普通に歩くことすらできません。筋肉が衰えていますからね。わたしがはっきりさせたいのは、流子さんの精神の無事と、この状態を引き起こした夢魔がまだいるかどうかということです」
「しかし……」
わたしは断固とした声でいった。
「入らせていただきます」
回転する六角形をイメージし、精神を集中した。
「桐野さん、待って……」
という遥美奈の声が遠くに聞こえた。
もう遅い。わたしは、夢に……。
鏡? ガラス板に、わたしの姿が写っていた。
次の瞬間、わたしは現実世界の自分の身体で意識を取り戻した。
なにかを喋ろうとする人は誰もいなかった。皆、信じられないものを見る様子でわたしを見つめていた。
なにを見ているのかがわかるまで一拍あった。
右腕が、がっちりと遥流子に摑まれていたのだ!
「なるほど、お前は奇妙な力を持っているな」
遥流子がきけないはずの口を開き、くぐもった声でいった。
視線が合った。瞳には邪悪な光が宿っていた。半病人のやつれた顔が、その光のせいで凄みを帯びて恐ろしく見える。
遥美奈が悲鳴を上げた。
「食わせてもらうぞ」
眠りから覚めたばかりの半病人とは思えないほどの力で、遥流子はわたしにのしかかって来た。わたしも右腕を大きく振って、摑まれているのを振りほどこうとする。
その刹那だった。
ぼきり、という感触とともにわたしの右腕に激痛が走った。
「ぐうっ!」
目の前が真っ赤になり、わたしはあらんかぎりの力で、遥流子から逃れようと、しゃにむに、暴れた。
ずるっと手がすっぽ抜け、わたしは後方にのけぞるようにしてあおむけに倒れた。
おそるおそる右腕に目をやった。
神経がそこにあると告げている場所から九十度ずれたところに、ひじから先があった。腕を曲げてみようと試みたが、曲げることはかなわなかった。
上腕部骨折、全治三ヶ月。
自分に診断を下してしまう、哀しい医者の性だ。
どすんという音に我に返った。
西方光太郎が、投げられたのか部屋の隅へ吹っ飛び、調度品を壊していた。わたしが助かったのも、彼が遥流子に背後からむしゃぶりついてくれたかららしい。
野村香と遥美奈は部屋の隅で抱き合って震えていた。
部屋にいない人物が二人いた。一人は遥喜一郎老人。素早く逃げてくれていたことにわたしは安堵した。もう一人は宮部看護婦だった。
宮部看護師は、腰が抜けたのか、這いつくばって廊下へと逃れようとしていた。
遥流子の視線が、そちらへと向いた。
いかん。
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~ Comment ~
>せあらさん
そりゃあまだ第一部ですから(^^)
ちなみに全容が明らかになるのは(いわゆる「犯人はお前だ!」をやるのは)第三部をお待ちください(^^)
そりゃあまだ第一部ですから(^^)
ちなみに全容が明らかになるのは(いわゆる「犯人はお前だ!」をやるのは)第三部をお待ちください(^^)
死人が出るのは、現実世界では嫌ですけどお話の中なら大歓迎ですv
今回も、最初から最後まで展開が読めませね^^
田島さんを殺したのは遥流子さんかもしれなくて(ほぼ確定?)……。じゃあ夢魔は??
ま、まさか……
今回も、最初から最後まで展開が読めませね^^
田島さんを殺したのは遥流子さんかもしれなくて(ほぼ確定?)……。じゃあ夢魔は??
ま、まさか……
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上腕部がやられちゃいましたからねえ。
ちなみにここはわたしがスキーで腕を骨折した体験から書いています。
腕に金属を入れたら、1ヶ月くらいでくっつくんですけど、今度は金属を取る手術をしなくちゃならないので、桐野くんはそれを嫌ったのでしょう。