「紅探偵事務所事件ファイル」
    夕闇のメッセンジャー

    夕闇のメッセンジャー 3

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    「あんたが竜崎さんか」

     掃除の行き届いた応接室。落ち着いて話をするには絶好の場所だ。だが、ここで会った男は話が始まる前から喧嘩ごしだった。中肉中背の中年。赤ら顔をさらに赤くしている。

    「平田さんですね。所長からお名前は……」

    「そんなおしゃべりはもういいだろう。所長だと? お嬢様をたぶらかしていいようにしているくせに」

     だったらお前もあいつの元でこき使われてみるか。そう言いたくなるのをぐっとこらえ、わたしは愛想のよい顔を続けた。

    「わたしがたぶらかせるほど紅グループは甘くないですよ。安い給料でこき使われる毎日です。ところで、すでに用件は所長から?」

    「ああ。お嬢様からお言葉をいただいたときは生きててよかったと思ったよ。しかしそれが、あんたみたいなのの便宜をはかることだとは」

     紅グループの子会社のひとつ、紅物流上原支店でも一番の情報通、平田主任はそういって顔をしかめた。

    「それでは、教えていただきたいと思います。甲紋会の最近の様子ですが」

    「甲紋会! お嬢様はそんな奴らと係わり合いになろうとしていらっしゃるのか! あんたどうしてお止めしなかったんだ!」

    「これは所長が自分で考え、引き受けた仕事です。わたしが口出しできることではありません。それに何かあったとしても、甲紋会から殴られるのはわたしです」

    「だからといったってなあ! 相手がどんな奴らか知っているのか!」

    「知っています。しかし所長がいったん決断したら、わたしにできることで残されているのはなんとか護ろうとすることくらいですよ」

    「もう抜けられないところまで来ているのか。いいだろう、おれが知っていることは教えてやるよ。だがな、もしもお嬢様に何かあったら、そのときは……」

    「そんなことになったら、たぶんわたしはすでに死んでいます」

     わたしはそういって平田主任の顔をじっと見据えた。

    「いいですか?」

    「あ、ああ。で、甲紋会について何が知りたいんだ?」

    「とりあえず、甲紋会の出入りのおおよその日時」

    「近い、ということしかわからんな。おれが見る限りではあと一週間プラスマイナス二日、というところか。いずれにせよよそ者がこんなところをうろうろしていると血を見ることになりかねないぞ」

    「そこいらへんは、できうる限りなんとかします。殴られるのは慣れているもので。それと、甲紋会の連中が最近になってわけもないのに集まり出したところはありませんか。そう……」

     わたしは紅恵美のハッキングにより浮かび上がったいくつかの地点を挙げた。

    「……確かに、あんたが挙げた中には最近になって突然甲紋会の連中をよく見かけるようになったところがある。郊外にある平巣という住宅地だ。地図くらい持ってるだろうから細かくは言わんが、あのなんということもないところが、よく見ると目つきの悪い男たちであふれ返っている。それはちょっとオーバーだとしても、知った顔をよく見かけるようにはなった」

    「警察は?」

    「マル暴が動く様子はないな。向こうの腹としては、出入りが近くに控えていることはわかっているのだから、直前になって凶器準備集合罪で一斉検挙、というのを狙っているのだろう。いつものことだ。もちろん、いつものごとく甲紋会に先手を打たれて大暴れされ、実話系週刊誌にかっこうのネタを提供するハメになるとは思うがね」

    「よくそれで警察がいつまでも黙っている気になりますね」

    「ヤブをつついて蛇を出す、などという結果になったらたまったものじゃないからな。変に暴発させて一般市民に被害が出たらどうする。県警幹部の首がいくつか飛ぶことは避けられまい。そうなっては困るからな、市民としても警察としても」

    「甲紋会が警察と癒着している可能性は」

    「それを言ったらキリがない。シカゴを舞台としたギャング映画みたいな大げさで深刻なものじゃないが、甲紋会が警察内部にスパイを放っていることは疑いないな。警察も同じことをしているのはわかるだろう。騙し合いというか、共生関係というか。双方が利益を引き出しているのだったらいいんじゃないか。それが賢い生き方というものだろう?」

    「その賢い生き方をしている一般市民も大勢いると考えていいですか?」

    「そうでもしないとやって行けない。甲紋会は確かに狂犬みたいな存在だが、幸いなことに数も限られてるし、エサをやっておけば噛みつかれる危険性も減る。その上、自分から狂犬になろうという予備軍もわんさかいるんだ、暴走族とかな。市を支配しているなんてバカなことをいうつもりはないが、そうだな、ひとことでいうと……」

    「いうと?」

    「慢性の持病、だな。やっかいで、治すにこしたことはないものだけれど、薬も効かない、手術は危険すぎる、ただちに命を奪うような病気ではない、ときたら諦めて付き合うしかないじゃないか」

    「紅物流も彼らとかち合うことがあるのですか?」

    「うちは商売をやっているんだぞ。時代劇にもあるとおり、言いがかりをつけてきたらそれなりの銭でお引取り願うのが万古不変のやりかただ。アホらしいとは思うがしかたがない。まったく、この市で商売をしていると、暴力団みたいな人間との付き合い方まで学ばなくちゃいけないんだからな」

    「ありがとうございました。たいへん参考になりました」

    「礼なんかいらんからさっさと出ていってくれ。お嬢様はちゃんと東京にいるんだろうな?」

    「来たいといっても止めますよ。今はぶつぶつ言いながら東京の事務所で片手間にインターネットの株式投資をやっているはずです」

    「あんたは片手間という言葉の意味を間違えて使っていないか? まあいい。おれとしてはお嬢様が奴らの手の届かないところにいるだけで充分だ。ところで、あんたは、これからどうするつもりだ?」

    「とりあえず寝る場所を確保しますよ。全ては、それからです」

     わたしは紅物流を後にした。


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    Re: 椿さん

    理不尽なのはこの人よりも、平気で探偵事務所なんか開いて平気で危ない仕事も請け負っている紅恵美所長かと思われる。と竜崎くんならぼやきそう(笑)

    NoTitle

    理不尽な文句を言われても冷静に対応する竜崎さんカッコいい。
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