「紅探偵事務所事件ファイル」
夕闇のメッセンジャー
夕闇のメッセンジャー 5
5
名前を「富士旅館」というわりには宿屋は小さかった。現代社会を覆う不況の波の大きさから考えれば、マッチ棒で作った家のように一呑みで呑まれてしまってもおかしくはない。だが、それでも耐えて残れるということは、うちの探偵事務所もなんとかなるということだろうか。
「ここですよ」
通された部屋もまた「神田川」を歌い出したくなるくらいの年代物だった。もっとも宿の名誉のためにいっておくと、あの歌よりは一畳半広い。ついでに布団の入った押入れと傷だらけの書物机、さらには電気スタンドまでついているのである。冷蔵庫とビールまで望むのは僭越というものだろう。
「あなたは誰です。どうして僕の名前を知っているんです。あなたは……」
暴力団員の手足をその靴から抜き取った靴紐で縛っていたわたしに向かい、長倉友則は矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「ただの探偵です。少々用がありましてね。甲斐雪子さんを探しているんですよ」
「雪子さんを……」
「あなたは甲斐雪子さんのお知り合いでしたね。そんなあなたが、上原市まで来て何をしていらっしゃるんです?」
長倉友則は韓国ドラマのような悲痛な声をあげていった。
「雪子さんを助けたいんです! 来栖さんと二人、また一緒にしてあげたいんです!」
わたしはまじまじと長倉友則を見た。蓼食う虫も好き好きというか、亭主の好きな赤烏帽子というか、あんな女にも白馬の騎士が二人もいたのだ。わからん。世の中はわからん。
「来栖さんって、来栖幸一さんのことですか?」
われながら馬鹿なことを聞いたものだ。長倉友則は何度も何度も首を縦に振った。
「ええ。来栖さんと雪子さんは恋人同士でした。いつも一緒にいました。来栖さんと一緒にいた雪子さんはとても幸せそうでした……雪子さんにあの幸せな表情を取り戻すまで諦めるわけにはいきません」
「あなたは甲斐雪子さんが誰の娘でどんな人間にガードされててどこにいるかを知っているんですか?」
「甲紋会のことは知っています。どこにいるかさえわかれば……」
「あなたはどんな人間たちとやり合うことになるのかわかってはいないようですね」
わたしは手袋をはめて暴力団員の衣服を探った。あるかもしれないと思っていたものはすぐに見つかった。誰が見ても即座にそれとわかる黒い物体。拳銃がその懐から出てきたのを見て、長倉友則の顔から血の気が引いた。
「これがなんだかわかりますか?」
「け、拳銃、です」
その目が釘付けになっているのを意識しながら、見せつけるかのように弾倉を取り出し、内部を確認した。実弾が満載されていた。どうでもいいようなチンピラにまでこんなものを配るなんて、甲紋会は第三次世界大戦でもやらかそうというのか。舌打ちをして弾倉を元に戻す。
「そう。中国製のデッドコピーですが、一時期一世を風靡した、トカレフというやつです。あなたの相手は、こいつみたいな下っ端でもこういうものを持ち歩いているような男たちなのですよ」
「それでも僕は……」
長倉友則はそういいかけ、絶句した。わたしはため息をついた。
「悪いことはいいません。すぐに駅に行き、この上原市をできるかぎりさっさと退散することです。宿代は前金で払っているんでしょう?」
長倉友則はうなずいた。
「じゃ、何も悩むことはない。こんな物騒な時期にうろうろするなんてことには見切りをつけて、家に帰って時を待つことです。とりあえずこの土地にいる限り、甲斐雪子さんは逆説的ですが物理的には安全だ」
「でも探偵さんは!」
「わたしは仕事です。こういったことにはいくらか経験もある」
「お手伝いさせていただくわけには行きませんか?」
「あなたが何をやるんです」
「それは……」
ふたたび絶句。
「おわかりでしたら、わたしがいったとおりにしてください。いいですね? ここではあなたにできることは何もないんだ」
名前を「富士旅館」というわりには宿屋は小さかった。現代社会を覆う不況の波の大きさから考えれば、マッチ棒で作った家のように一呑みで呑まれてしまってもおかしくはない。だが、それでも耐えて残れるということは、うちの探偵事務所もなんとかなるということだろうか。
「ここですよ」
通された部屋もまた「神田川」を歌い出したくなるくらいの年代物だった。もっとも宿の名誉のためにいっておくと、あの歌よりは一畳半広い。ついでに布団の入った押入れと傷だらけの書物机、さらには電気スタンドまでついているのである。冷蔵庫とビールまで望むのは僭越というものだろう。
「あなたは誰です。どうして僕の名前を知っているんです。あなたは……」
暴力団員の手足をその靴から抜き取った靴紐で縛っていたわたしに向かい、長倉友則は矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「ただの探偵です。少々用がありましてね。甲斐雪子さんを探しているんですよ」
「雪子さんを……」
「あなたは甲斐雪子さんのお知り合いでしたね。そんなあなたが、上原市まで来て何をしていらっしゃるんです?」
長倉友則は韓国ドラマのような悲痛な声をあげていった。
「雪子さんを助けたいんです! 来栖さんと二人、また一緒にしてあげたいんです!」
わたしはまじまじと長倉友則を見た。蓼食う虫も好き好きというか、亭主の好きな赤烏帽子というか、あんな女にも白馬の騎士が二人もいたのだ。わからん。世の中はわからん。
「来栖さんって、来栖幸一さんのことですか?」
われながら馬鹿なことを聞いたものだ。長倉友則は何度も何度も首を縦に振った。
「ええ。来栖さんと雪子さんは恋人同士でした。いつも一緒にいました。来栖さんと一緒にいた雪子さんはとても幸せそうでした……雪子さんにあの幸せな表情を取り戻すまで諦めるわけにはいきません」
「あなたは甲斐雪子さんが誰の娘でどんな人間にガードされててどこにいるかを知っているんですか?」
「甲紋会のことは知っています。どこにいるかさえわかれば……」
「あなたはどんな人間たちとやり合うことになるのかわかってはいないようですね」
わたしは手袋をはめて暴力団員の衣服を探った。あるかもしれないと思っていたものはすぐに見つかった。誰が見ても即座にそれとわかる黒い物体。拳銃がその懐から出てきたのを見て、長倉友則の顔から血の気が引いた。
「これがなんだかわかりますか?」
「け、拳銃、です」
その目が釘付けになっているのを意識しながら、見せつけるかのように弾倉を取り出し、内部を確認した。実弾が満載されていた。どうでもいいようなチンピラにまでこんなものを配るなんて、甲紋会は第三次世界大戦でもやらかそうというのか。舌打ちをして弾倉を元に戻す。
「そう。中国製のデッドコピーですが、一時期一世を風靡した、トカレフというやつです。あなたの相手は、こいつみたいな下っ端でもこういうものを持ち歩いているような男たちなのですよ」
「それでも僕は……」
長倉友則はそういいかけ、絶句した。わたしはため息をついた。
「悪いことはいいません。すぐに駅に行き、この上原市をできるかぎりさっさと退散することです。宿代は前金で払っているんでしょう?」
長倉友則はうなずいた。
「じゃ、何も悩むことはない。こんな物騒な時期にうろうろするなんてことには見切りをつけて、家に帰って時を待つことです。とりあえずこの土地にいる限り、甲斐雪子さんは逆説的ですが物理的には安全だ」
「でも探偵さんは!」
「わたしは仕事です。こういったことにはいくらか経験もある」
「お手伝いさせていただくわけには行きませんか?」
「あなたが何をやるんです」
「それは……」
ふたたび絶句。
「おわかりでしたら、わたしがいったとおりにしてください。いいですね? ここではあなたにできることは何もないんだ」
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Re: 椿さん
本来は007なり妖精作戦なりのような、ガジェットとユーモア満載の冒険小説を書くつもりだったんですがね、20年前の設定当初は(^_^;)
なかなかうまくいかんもんで(^_^;)