「紅探偵事務所事件ファイル」
    夕闇のメッセンジャー

    夕闇のメッセンジャー 7

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     目的のためには明るいうちの方が好都合だった。わたしとしてもこんな町に長居したくないという気持ちは変わらない。バスを探す前に、立ち食いのそば屋で天ぷらそばという、軽めの遅い昼食をとった。戦争をするわけではないのだから、この程度の食料を腹に仕込んでおくのもいいだろう。もっとも古諺では「腹が減っては戦はできぬ」だった。時代とともに常識も移り変わるものだ。その後コンビニで今日発売の週刊誌をチェックする。何も意味はない。ただの時間つぶしだ。

     東京でコピーしてきた上原市の地図を頼りに、わたしは平巣ゆきのバスに乗った。まがりなりにも住宅地なので、バスの路線が通っているのである。乗っていたのはわたしの他には主婦が二人と、勉学よりも別なことの方が及第点を取りやすいと思われる女子高生数人だった。いずれも家へ帰るのだろう。

     アナウンスが「平巣団地前」を告げた。わたしが降りようと思っていたバス停だった。ボタンに手を伸ばす前に女子高生の一人が先に押した。彼女らはわたしを見てけらけら笑っていた。何がおかしかったのかはわからない。

     主婦の一人と、女子高生二人とともにバスを降りた。停留所のすぐそばにある街路図でコーポ平巣台の位置を確認する。

     ここまで来たからにはそれ以上の寄り道はしないでまっすぐコーポ平巣台へ向かった。わたしにツキがあれば今ごろ宿には(携帯にはたぶんGPSが付属しているだろうし、そうでなくとも障害物競走が終わる前にきっと宿の人間が介入するだろう)甲紋会の人間が押しかけていて、本部は臨戦状態になっているはずだ。それにより平巣が手薄になっていれば万々歳である。

     幸運にも平巣は手薄になっていた。コーポ平巣台にたどりつくまでには、一人をトカレフで脅すだけで済んだ。この男もトカレフで武装していたので、わたしは二挺の拳銃を持つことになった。この国が(怪しいものだが)平和な国家である以上、変なところに銃を捨てたりして幼児にでも拾われたりしたらまずい。

     コーポ平巣台は地方によくあるタイプの集合住宅だった。億ションという死語が頭にあったのでいくらか拍子抜けだ。

     トカレフで連れてきた三下の組員に扉を開くよう命じ、わずかに開いたところを強引に引き開けた。

     わたしを出迎えたのは複数の銃口だった。

    「手を上げな」

     ドスの効いた声。銃を構えた三人の取り巻きに囲まれて部屋の中央にいたのは、防弾チョッキを着た白髪の短躯の男だった。巌のような顔についた小さな眼から放たれた、射すくめるような眼光を見るだけで普通の人間なら意気阻喪するところだ。感受性の鈍いわたしのような人間でも、居並ぶブローニングだのスミス&ウェッソンだのの銃口の前では、意気が下がるのをどうしようもない。

    「甲斐繁信さんですね」

     そういいながらも、両手を上げざるを得なかった。二挺拳銃もこれでは宝の持ち腐れである。ブローニング・ハイパワーを構えた男が近寄ってきて、わたしの手とポケットからトカレフを取り上げた。促されるままに部屋の中へ入る。靴のまま上がったことが少々後ろめたい。ブローニングは背後で鍵を締めた。完全に包囲されてしまったわけだ。なんて醜態。任務で殺されないうちに内調をやめたのは正解だったが、わたしのドジは治らないらしい。しかし何故……。疑問は構成員の一人に取り押さえられている、ボコボコに腫れ上がった面をした長倉友則の姿を見つけて氷解した。恋する男の執念深さを過小評価していたのだ。おそらくわたしと岡村孝和とのやりとりを外で聞いていたのだろう。探偵というのは嘘で実はわたしは甲斐繁信を殺しに来た暴力団員だと判断、それならば自分が……とここまでやってきてものの見事に捕まったに違いない。こんなことなら悠長に天ぷらそばなんて食べてるのではなかった。

    「いかにもおれは甲斐繁信だが、てめえはいったい誰だ。そしてここで何をしている」

    「人を探しているだけです。甲斐雪子さんにお会いしたい」

     部屋の隅から静かな声がした。天使はきっとこんな声をしているんだろう、と思わせるような声だった。ブロードウェーでもここまで美しく印象深い声の持ち主はいるまい。

    「わたしに……?」

     声のしたほうに目をやった。いた。写真の顔に間違いはない。コールタールに目鼻、甲斐雪子だ。顔と声の乖離ははなはだしかった。やりきれない話ではある。

    「あなたは誰ですか」

     甲斐雪子が問いかけてきた。甲斐繁信が声を荒げる。

    「雪子は黙ってろ」

     わたしはその声に負けまいと大声でいった。

    「ただの探偵です。来栖幸一さんのご家族から手紙を預かってきました。ご一読と、そしてお返事をいただきたい」

    「だからいっただろ。おれのタマをとりに来たやつが雪子やこんな若造の名前なんか知ってるわけがねえだろう、ってな」

     甲斐繁信がそういって手で促すと、よくできた機械を見るような無駄のない流れで、ブローニングがいった。

    「手紙はどこだ」

    「内ポケットに入っている。気になるのなら自分で取ったらどうだ」

     わたしは背広の前を開いた。ブローニングがわたしの前に回り、コートと背広をかきわけ、内ポケットから封筒を取り出した。

    「会長……」

     ブローニングは手紙を甲斐繁信に手渡そうとした。その隙を見逃さず、わたしは素早く動いた。銃を持った方の腕をねじ上げて拳銃をもぎとり、背中の急所を押さえて自由を奪うと、わたしを狙う銃口に対してその身体を盾にした。いつでも誰でも撃てるように、構えた銃口を左右にゆるゆると動かす。

    「野郎っ……!」

     仲間を撃つわけにもいかず、色めきたった甲紋会の構成員たちにわたしは静かにいった。

    「早まるんじゃない。わたしは会長さんの命も雪子さんの命も欲しくはない。ただ、依頼者から手紙は雪子さんに直接渡すよう頼まれているのでね。とっくの昔に成人式を済ませて一人前になった人間に届いた手紙だ、たとえ親でも他人が最初に見るのは、筋が通らないんじゃないのか?」

    「会長……」

     甲斐繁信は眉ひとつ動かさなかった。

    「いいだろう、探偵。度胸だけは買ってやる。だが五体満足でこの上原を出られると思うなよ」

    「同意、と受け取らせてもらおう。おい」わたしは盾にしている男の急所に力を加えた。男の口からうめきが洩れる。「余計な真似をしないで静かにその手の封筒を床に落とせ」

     急所を締め上げられた男はまだ未練がましく封筒を握っていた。わたしは力をさらに加える。

    「や、やめろ、わ、わかったから!」

     男は封筒を床に落とした。

    「それでは、失礼ですが、雪子さん、拾っていただきたい。わたしはこの通りの状態なのでね」

     甲斐雪子が固い表情でこちらに歩いてきた。封筒を拾い上げ、封を切る。中には何か文章が書かれた便箋が一枚。

     暗い顔で目が文章を追っていった。

     やがて読み終えたのか、しばらく目をつむる。

     そして、彼女は笑った。


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