荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(10)

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    stella white12

    10 医者の不養生



    「はっくしょん」

     テマは盛大にくしゃみをした。アトは不思議そうにいった。

    「どうしたんだ。病気か。病気なら、どうして獣で治さないんだ」

    「……お前ね」

     粗末な毛布にくるまって、テマは答えた。

    「しかたないだろ、魔方陣を描けるほど、手足が回復してないんだから!」

     そのとおりだった。テマの両手には、包帯代わりのぼろきれが巻かれていた。

     ふたりが鍾乳洞から地底湖を泳いで脱出し、すでに三日が過ぎていた。

     ただでさえ日の当たらない、氷のように冷たい大量の水の中を泳ぐのである。しかも、泳いだ時間は、日が昇ってから中天に達するくらいの時間だった。一日の四分の一を水に浸かりっぱなしということは、泳ぐものとそれにつかまっているものとを、いわば冬の氷室に放り込むのも同然ということである。低体温症にならないわけがなかった。

    「だいたいね、あたしひとりで脱出できなかったのは認めるけど、お前ひとりでも脱出できたわけじゃないんだからね。あたしがお前の凍傷を自分に移し続け、獣に食わせ続けたから今のお前がこうしてぴんぴんしているのであって……聞いてるのか」

    「聞いている。準備しておけ」

    「準備っていうと、またか」

     アトはうなずいた。

    「精霊の導きだ。あと少ししたらこの小屋を出て移動する」

    「ううう」

     テマは歯ぎしりをした。歯ぎしりをしたところで、凍えた身体は治ってくれない。この状態で獣を解き放つのは、もし人が通りかかったら、ということを考えると危険すぎた。である以上、アトは半病人を抱え続けるはめになるのであった。

    「たしかにウィッチ・ドクターは、ひとつの場所にひと晩以上とどまり続けるのを禁じられてはいるけれど、一日に五回も六回もねぐらを変えさせられるなんて、いったいあたしらがどんな悪いことをしたっていうんだ、まったく」

     テマはぼやいた。アトはそれが、今のテマにできる精一杯の強がりであることを、精霊の助けなくして理解していた。

    「死んだ祖父はいっていた」

    「なんて」

    「人間の身に悪いことやよいことが起きるのは、その人間が悪いことをしたことやよいことをしたからではまったくない」

    「とんでもないことをほざく爺さんもいたもんだ。それじゃ、なんのために人間はよいことをしたり悪いことをしたりしようと考えるんだ」

    「そのことについては、祖父はこういっていた」

     打ち捨てられたこの小屋から使えそうで役に立ちそうなものを選び取り、もとは麦でも入っていたであろう袋の中に入れたアトは、同じく見つけた荒縄を使って袋を身体にしっかりとゆわえつけた。

    「祖父の考えでは、よいことをすることを心がけているものは、起こってくる悪いことに対してもよいことに対しても、よい対応が取れる、ということらしかった。だから、自分に起こった悪いことも、傍から見ればよいことに見えるし、自分でもよいことが起こった、と思える。対して悪いことをふだんからしているものは、悪いことに対してもよいことに対しても、悪い対応しか取れない。だから、自分に起こったよいことも、傍から見れば悪いことに見えるし、自分でも悪いことが起こった、と考える。その差だ、といいたかったんだろう。祖父はついこの間村にいるところを誰かに襲われて死んだから、今は意見を聞くことはできないが、自分が襲われたのを、自分が悪いことをしていたから、だとは、たぶん考えてもいまい。もちろん、よいことをしたから襲われたのだ、とも考えていないことも疑う余地はない」

     毛布にくるまったテマを、あたかも軽々と、といった感じで背に負ったアトは、もとは物を干すのにでも使われていたと思われる木の竿を杖代わりにして、寝床にしていた小屋を出た。

    「あのねアト」

    「なんだ」

    「どうせなら、お前の住んでいた集落で生まれたかったよ」

    「なぜだ」

    「口が達者になるからだ!」

     アトはかぶりを振った。

    「おれは口が達者じゃない。口が達者だっただろう祖先の教えを、口伝えに伝えてきて、それを繰り返しているだけに過ぎない」

    「だから、それを口が達者というんだってば!」

     テマは手をアトの腰に回すと、ぎゅっと力を込めた。

    「いいよ、どこへでもやってくれ、大将」

    「おれは従者だ」

     アトは出てきた小屋に向きなおると、何らかの身振りをした。

    「なにをやったんだ」

    「感謝と謝罪だ」

    「まあ、ここに住んでいるだろう貧しいものから泥棒をやったわけだからな。感謝と謝罪をするのはわかるが、なにも儀式めいたことをしなくても」

    「祖父はまたこうもいっていた」

     アトは小屋に背を向けた。

    「いかに自分のやったことが取るに足りないことであると思えても、感謝と謝罪は必ず、しかも真剣に行わなければならない。もし、それを怠ったり、真剣な気持ちでやることを忘れたら、しだいに人間は感謝の心も謝罪の心も忘れ、挙げ句の果てには悪い、とても悪いことが起こると」

     テマからは返事がなかった。

    「テマ?」

     アトは肩越しに目をやった。

     テマは眠っていた。



    「なるほど」

     地面から椅子のように突き出ている裸岩に、半ば自堕落そうに腰かけたポンチョ姿の中年男は、報告に深々とうなずいた。

    「つまり、デム、お前のいいたいことはこういうことだな。またもあの二人を取り逃がしたと」

    「へい……」

     デムは脂汗を流していた。

     なぜ、この骨ばった男をこうまでも恐れなくてはならないのか、デムにも不思議だった。肉体的には完全に勝っているはずだ。しかし、デムにはどうしてもこの中背の男に、本気の殺し合いをして勝てるとは思えないのだ。自分も見たことはおろか聞いたことすらないような技や、想像もつかない詭計や罠で、十数えるまでもないうちに殺されてしまうのではないか、そのような感じをひしひしと覚えるのだ。

     である以上、デムにはこう答えるしかなかった。

    「……申し訳ありやせん」

    「ふん」

     ポンチョの男は、ポンチョに隠れた胸の鞘からナイフを抜いた。

     デムの背筋に、冷たくぞわぞわとしたものが走り出した。

     男はナイフの先端で、小指の爪の垢をほじくり始めた。

    「……今回失った手駒は」

    「ゼロです」

     デムはかすれるような声で答えた。

     中年男は小指の先をふっと吹いた。

    「運が良かったな」

    「へ、へい?」

     男はナイフを鞘に戻すと立ち上がった。

    「運が良かった、といってるんだ」

     デムはほっと息をついた。

    「勘違いするんじゃねえぞ」

     男がびしりといった言葉に、デムの背筋はまた反応した。

    「へ、へい?」

    「おれがお前の運が良かったというのは、なにも、手駒をひとりも死なせなかったからじゃねえ」

     デムの身体は硬直し、頭は真っ白になり、なにも考えられなくなった。……おれは……おれは……何をしたから許されたんだ?

     ポンチョの男は腰の袋から何かの葉っぱを取り出すと、中央からぱきりとふたつに折って口に含んだ。それと同時に舌で小指をなめ、腰の袋にもう一度入れ、なにか塩粒のようなものを取り出して口に入れる。

     ポンチョの男は目を閉じると、くちゃくちゃと葉を噛み始めた。

    「てめえはほんとに運がいい」

     男は自分の乗ってきた馬のほうに向かって歩いた。

    「もし、お前にまだ左耳が残っていたら、たぶんおれはそいつを宙に飛ばしていただろうからな」

    「へい……」

     男はひらりと馬にまたがると、目を開いてデムを見た。

    「今回の追跡はここまでだ。なにぶん、おれの目的のためには資金が入用だからな。一千百枚を追い続けて無一文になっちゃあ仕方ねえ」

    「申し訳ありやせん……」

    「デム、馬を引いてこい」

    「へい?」

    「馬を引いてこい、といってるんだ。お前は現地指揮官よりも、経営のほうが向いていそうだからな」

    「けいえ……」

    「そろばん勘定だ」

    「?」

     デムは目を白黒させた。

    「あ、兄貴、おれはそろばんなんかまったくいじったことも……」

    「それでいい。実際にそろばんをはじくのは別なやつがやる。お前はそれを管理しろ。なに、コツは簡単だ。そろばんをはじいているやつらに、『こいつにちょっとでも逆らったり、逆らおうとしたことがバレたら殺される』と思わせることだ」

     ポンチョの男は、にやりと笑った。

    「……わかるな?」

    「へ、へい……」

    「だったら馬に乗れ!」

     ポンチョの男は怒鳴った。

    「金貨千枚なんて端金、ジャヤ教徒にでもくれてやる! なに、百枚集めるのを十回もやれば同じことだ!」

     自分の身に起こったことがなんであるか、まだ把握しきれず、デムはいった。

    「あ、兄貴……おれは、なにをすればいいんですかい?」

    「後ろ暗いことをやれっていってるわけじゃねえ。見方によっては簡単ともいえる」

     ポンチョの男は牙のような歯を見せて笑った。

    「石灰石鉱山の管理人。てめえにやってもらいたいことはそれよ」

     ポンチョの男は馬を並足で進め始めた。

    「ぼやぼやしてっとほんとに置いてくぞ!」

     デムは慌てて口笛を吹き、自分の馬を呼んだ。馬にまたがっても、疑問は晴れなかった。石灰石……? あんなもの、字を書く以外にどんなことに使うというんだ……?



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    精霊の導きというやつです。この小説書いていて思いましたが、この概念って便利ですな(笑)

    テマは憎まれ口ばかり叩いてますが、まあそのツッパリ部分をはがすと、かわいい女の子でありますし。

    ポンチョ男のモデルは、アニメ「戦闘メカ ザブングル」のあの人です……といってわかってくれるだろうか(^^;)

    NoTitle

    あ、ちゃんと脱出できたんですね。
    でも、凍傷を自分に移して獣に喰わせるのか・・・やっぱりテマは凄い。
    そして相変わらずテマとアトの会話(掛け合いともいう)は楽しいです。アトのお爺さんの話、とても素敵ですね。説得力がありますよ。
    テマの「お前の住んでいた集落で生まれたかったよ」という台詞、可愛いと思うのはサキだけ?

    ポンチョ男、恐~。こんなやつの部下にはなりたくないです。
    殺されると思わせる管理って、ある意味真実を突いてますね。
    デムは何をさせられるんだろう?
    そしてテマとアトのどう繋がる?
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