「ショートショート」
    ミステリ

    超難解衒学的長編観念探偵小説テロリズム殺人事件

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     たしかにあの本には、おれのような人間を暴力に駆り立てるなにかがあった。

     おれは本屋では必ず人文思想系の棚を見ることにしている。大学で、ものにはならなかったとはいえ哲学の道を志したことを今でも引きずっているおれは、そういう本が発する妙なエナジーというものに敏感すぎるほど敏感なのだ。

     黒い革装の、いかにも重そうなハードカバーの本が目についた。

     タイトルは白抜きで、

    「観念殺人事件 黙示のテロリズム」

     おれは喉がごくりとなるのを覚えた。ミステリの大ファンでもあるおれを、そのタイトルはフェロモンでも出しているかのように誘っていた。

     手で本を取り上げて、ぺらぺらとページを繰ってみる。上下二段組みで、八ポイントの文字がぎっしりと並んでいた。その漢字一文字一文字が、これまでに見たこともないような複雑な形をしていた。

     著者は「安蘭荘駆」だそうである。あらんそうく、と読ませるのだろうか。聞いたことのない名前だが。

     出版社はおれも何冊か買ったことのある老舗の思想書出版社だ。信頼性は高い。

     そしてとどめを刺したのが、

    『小栗栄次郎の靈に捧ぐ』

     と書かれた一行だった。おれは本をわしづかみにしてレジに走っていった。小栗栄次郎は、あの史上最大の奇書「黒死館殺人事件」を書いた小栗虫太郎の本名である。

     おれの財布は万札一枚と、小銭が少々のぶんだけ軽くなった。

     家に帰ったおれは取り憑かれたように、超論理と説明なしのペダントリーに満ち満ちた、晦渋極まる、トリックよりも探偵と犯人との形而上学的な論争に重点の置かれたこのミステリを読みふけった。

     深夜になって、「荘駆」とは「そうかる」と読ませるのか、と気づいたときにはもうすでに手遅れだった。

     巻末の参考文献の八割が「民明書房」と「太公望書林」だったのである。

     その晩、夜の町でおれがなにをしでかしたかについてはご想像にお任せしたい。

     ……金返せ!


     ソーカル事件:1994年に起こった、フランス現代思想界における90年代最大のスキャンダル事件。根性悪の物理学教授が評論雑誌に論文を送り、採用されたことで大騒動が持ち上がってしまった。その論文は意図的に作ったデタラメな疑似論文だったのである。詳細はこちら
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    なにをおっしゃいます。「黒死館殺人事件」を携えて戦地へ行ったあの学生のことをお忘れですか! あの学生にとっては、生死を賭ける一大思想書であったのであります!

    ……まあ実際は学徒動員に憤懣やるかたない思いをしたであろうその学生の、文字通り身体を張ったというか命を懸けた、国家権力を笑う渾身のジョークだったと思いますけど。

    ツイッターにも書きましたが、ペダントリーの信憑性も、書いている小説のジャンルも、作中展開されるわけのわからない議論も似たようなものなのに、サヨクというだけで小栗虫太郎に比べると必要以上に叩かれている笠井潔はちと気の毒であります。

    Re: miss.keyさん

    前にアニラジ番組で聞いたのですが、

    あの怪作と名作の間のすれすれの位置にある作品「マクロス7」を作る時の合言葉は、

    「これまでに『空前』の作品はいくらでもあった。だが、おれたちは『絶後』の作品を作ろう!」

    だったそうであります。

    ラジオ越しにもわかるその意気と熱意は、わたしを奮い立たせました。

    その結果、わたしのブログには「わけのわからない誰もやらないショートショート」が乱立することになったのであります。(笑) いや八割はマジですよ(^^;)

    NoTitle

    意味不明な方が勝手に深読みしてもらえるから…ボソッ
    というか小栗虫太郎に捧げている時点できちんとした思想書ではないような…?

    空前の大作の大半が

     これは現代に生きる我々の宿命でしょうか。映画、小説、舞台劇、その他色々あるでしょうが、CMではことごとく「全く新しい」「空前の」傑作。しかしその実どれもゴミ。
     金返せ!! 
     まさに現代の真理であります。

    Re: らすさん

    当時は民明書房の本を探して古本屋を歩き回ったやつもいたそうです。

    わっわたしじゃないぞ(笑)

    NoTitle

    こんばんは(^-^)

    民明書房って確か「魁男塾」の…
    当時小学生だった自分は、
    あの参考文献の数々が実在するものだと信じていました(^_^;)
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