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    ミステリ・パロディ

    Xのリハーサル

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    「ロングストリート事件の記事は読んだかい、クェーシー」

    「ラジオで聞きました、旦那様」

    「それなら話が早い。この前と同じように、警察に手紙を書いて助言しようと思うんだ。いいかいクェーシー、この犯行は、誰がやったか、ではなく、犯罪を行うことができたのはどういう人物か、という視点に立てば、簡単に解決してしまうんだ。ニコチン毒を塗った針がいちめんに埋め込まれたコルク玉、そんなものを持ち込めるのは……」

    「はい、旦那様、それができるのは電車内で唯一、革の手袋をしていた車掌だけだ、と、警察が考えるだろうと、真犯人は考えていたのでございましょう」

    「は?」

    「わたくしの唇は読みにくかったでございますか。ええと、わたくしが思うのは、どうして犯人がそんなことをしなくてはならなかったかでございます。もし車掌が犯人ならば、先ほどご主人様が考えたような発想の逆転をする人間がひとりでもいれば、自分が犯人ですといっているも同然ではございませんか。チェスタトンもいっております、『明確に一方を指し示しているステッキにはひとつの欠点がある、反対側の端では明確にその反対方向を指すことだ』と。あれだけの狡猾な殺人を企てるようなやつでございます、そんな危険すぎることをやるとは思えません」

    「だが、車掌は、誰もそんなことは考えたりはしないと踏んでいたのかもしれない」

    「旦那様、わたくしをおからかいになっては困ります。車掌が犯人だとしても、それほど警察を見くびっていたとは思えません。しかも、これは計画された犯罪行為でございます。コルク玉を一つ作るだけでも、たいへんな労力でございます。もし、犯人の車掌にそこまで計画するだけの脳味噌がついておりましたら、自分を犯人と特定させないため、こんな暑い夏の日などを決行日にせずに、ほとんど全員が手袋をしているであろう寒い冬の日を選ぶと思うのでございますが」

    「ううう。でも、犯人は自分をも死んだと見せかけることを考えるんじゃないか。偽装殺人を試みるとか」

    「旦那様、もし車掌が何者かに殺されたと思われる死体で発見されても、車掌を犯人とすることにはつながらないのではとわたくしは考えます。もし、それが車掌本人でございましたら、車掌は犯人ではなく被害者でございますし、もし、車掌ではなく別人の替え玉死体だとしたら、なぜ犯人はそこまでして、考えられる犯人は車掌しかいないという印象を作り出そうとするのでございましょうか。もし、死体が替え玉だと悟られたら、それだけで車掌は指名手配され、自分の首に絞首台のロープを巻きつけるも同然でございます。真犯人がそのような愚かな真似をするとは思えません」

    「でも、ここで考えたことを警察に報告するのくらいは」

    「もしそれが車掌犯人説でありますれば、旦那様は今は控えるべきではないかと思います。車掌が犯人だということが噂にのぼるだけで、その車掌は周囲から好奇の目にさらされ、もし犯人でなかったとしても、馘首され、職を失って路頭に迷うことは火を見るより明らかでございます。ひとりの人間を不幸にすることと、確証のない推理を吹聴することと、どちらが大事だと思われますか」


     …………


     数日後、「ハムレット荘」を訪れたサム警部とブルーノ地方検事は、沈鬱な表情で語るこの老いた俳優を見た。

    「その犯人、仮にXとしておきましょう。その正体については見当がついています。ただし、確証がない」

     サム警部は疑わしそうにいった。

    「……ほんとですか?」

     ほんとなんだってば!
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    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    現実には捜査の第一段階にあたって洞察力などなんの役にも立たない、ということを如実にあらわしているのが、今の警察の鑑識による「ゴミひとつ見逃さずに拾い集め証拠品としてストックしておく」というシラミツブシ的科学捜査であります。

    そういう意味で、現実的に役に立つ探偵法に基づいてやっている探偵は、オースチン・フリーマンのソーンダイク博士なんですけど、面白くするには至難の業な探偵法でもあります。現代においてこの方法を墨守しつつ見事なエンタメに仕上げている作家といえば、ジェフリー・ディーヴァーくらいしか思いつかん。

    NoTitle

    推測だけでは証拠にならない。
    ・・・ということを表しているのかな。
    確かに洞察力は最高。
    だけど、物的証拠がなければ。
    裁判で意味はない。
    結局。それをみつけることが仕事。
    。。。。と思うますが、洞察力がないと証拠も見つかりませんがな。
    §^。^§

    Re: 野津征亨さん

    これの元ネタは、エラリー・クイーンの書いた謎解きミステリ「Xの悲劇」であります。

    いまや、というか40年前ですでに「古典」の域に達しており、「推理小説が読みたい? じゃクイーンなんてどう」という会話が交わされたそうであります。

    ミステリのベスト10、みたいな企画があると、毎回上位にくる、というか、1位はこのシリーズの2作目である「Yの悲劇」だというのが当たり前、という状態がウン十年続いたものであります。

    でもわたしは「Xの悲劇」のほうが面白いと思うんだけどなあ。

    完全に論理の妙を競うゲーム的な作品なので、「重厚な人間ドラマ」が好きな人は、とりあえず「Yの悲劇」を読んでみてください。衝撃的な結末で有名であります。例えば有名な文学者である福永武彦は、先輩に「Yの悲劇」を読まされて、「探偵小説を馬鹿にしてすみません」と頭を下げ、しまいには加田令太郎というペンネームで自分もミステリを書くまでに至ってしまったくらいであります。

    でもわたしは「Xの悲劇」が好きで。

    ま、いずれにしろ、どちらもいまだに版を重ねている名作中の名作といわれる作品ですから、気が向いたら読んでみてください。最近の新本格の連中の書く本よりはページ数は薄いと思います。

    ドルリー・レーンものは4冊出ていますが、4冊読んでみよう、と思うのなら、「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」「レーン最後の事件」の順番で読んでください。順番を間違えると作者のたくらみがわからなくなります。

    ためしに読んでみよう、と思うのなら、最初に「X」か「Y」のどちらかを選ぶのがいいでしょう。わたしがいうのもなんですが、「Zの悲劇」は、読者を選ぶ怪作なのであります。

    昔は、ミステリが好きです、という人間には必読の本だったクイーンも、今はマニアが読むだけか……いや、昔のミステリファンはみなマニアかマニア予備軍だったのかもしれん(笑)

    ちなみにわたしは「Xの悲劇」が好きでして。(くどい)

    こんばんは。

    すみません、元ネタさっぱり判りません(汗)
    ジャンルもミステリなのか何なのか…
    浅学非才ここに極まれりorz

    Re: 名無しさん

    その間に人がさらに二人ほど死にましたが、「確証」は得られたのであります(笑)

    NoTitle

    リハーサルはしたものの
    このあと結局レーン卿は車掌説を述べちゃったんですね

    Re: limeさん

    Yの悲劇は、昔の角川映画のノリで犯人が、

    「わたし、お母様を殴り殺してしまった!」

    と叫んでわけのわからないことになる、というネタを考えてみましたが、

    まず若い人にはさっぱりわからないだろうということと、

    あの映画、ぐぐって感想を読んでみるとけっこう評判がいい、ということに気づいてやめました(^^;)

    Yはみんな思い入れがあって難しいからなあ……(^^;)

    NoTitle

    そうか、こういうリハーサルがあったのか! ww
    クェーシー、すごい奴。

    こんど、私が一番好きだったYでもぜひ^^
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