「ショートショート」
ミステリ
消火器の魔術
「この女ですよ。なにを考えたのか、夜中にうちの消火器を裏庭にぶちまけたんです」
女、いや、外国人の幼い少女は、わたしの執務室で、牡蠣のように口を結び、押し黙っていた。
「ゴミ用の黒いビニール袋なんか持って、なにをやっていたんだか。袋にノズルの先を突っ込んで、トリガーを引いたんです。袋は破れて、白い粉が飛び散った。このくそ暑い中、掃除する身にもなってください」
「火事だったわけでは、もちろんないんだろう」
「それはそうです。火事だったら、許しゃしません」
この二十四時間営業のスーパーには、さまざまなもめ事が起こるが、今日の事件はいったいなぜそんなことが起こったのかがまるで見当つかないことで際立っていた。
「この娘は、アフリカ系のなんとか語しか、ろくに話せないんだろ?」
「あの、近所のおばさんとやらの話では、そうでしたね。その近所のおばさんとやらも、なんとか語を話せればよかったのに」
「そういうな。おっつけ、この娘の両親が来る。そこで話を聞けばいいさ」
じきにやってきたのは、貧しい身なりをした四十くらいの男だった。
男は恐縮しながら、片言の日本語で、なぜ娘がそんなことをしたのかわからない、魔術でもかけようと思ったのかもしれない、と口にした。
「まあ、掃除の手間くらいで、さほど実害があったわけではないのでそこまで恐縮なされることも。ところで」
わたしは考えていたことをいった。
「お家には病気のかたがいらっしゃいますか?」
いた。少女の弟だ。
「お家は一階でしょう?」
その通りだった。
「帰国が迫っているんですよね」
これもその通りだった。
「娘さんを、あまり叱らないでやってください」
父親と娘は、なにかわからない言葉で話し始めた。
「どういうことです? 主任」
首をひねる警備員に、わたしはいった。
「雪だよ」
「雪?」
「そうさ。彼女は、弟に雪を見せたかったんだ。今は夏で、雪は降らないが、代わりに白い粉を撒けば、雪のように見えるだろう。小麦は買えないし、監視カメラが光っている。それに対し、裏の消火器だったら、ちょっとくらい中身を抜いてもばれないと思ったんだろう」
「でも、全部ばらまくのは……」
「知らないとはいわせないぞ。最近の消火器は、一度トリガーを引いたら、後は二度と止まらないんだ。結局、こんな大事になってしまって、もっとも困惑しているのは彼女かもな」
「なるほど」
「帰国が迫っているせいもあったんだろう。まあ、あまり大事にはしたくないな、わたしは」
「そうですね」
……………………
『大地に白い粉で絵を描き、黒いグマグマを生贄に捧げる。すると、バキリ、病気が治る』
『だからお前はダメなんだ。黒いグマグマには、モラモラの生き血をかけておかねば術は成立しない』
『しまった、それを忘れていた』
『国へ帰ったら、もう一度初めから術を教えてやる。術さえ使いこなせるようになれば、こんな日本人ふたりの心情をこちら側に引き寄せることぐらい簡単なのだぞ』
『わかった、師匠。これから、一生懸命、修行する』
『それがいい。さあ、帰ろう』
女、いや、外国人の幼い少女は、わたしの執務室で、牡蠣のように口を結び、押し黙っていた。
「ゴミ用の黒いビニール袋なんか持って、なにをやっていたんだか。袋にノズルの先を突っ込んで、トリガーを引いたんです。袋は破れて、白い粉が飛び散った。このくそ暑い中、掃除する身にもなってください」
「火事だったわけでは、もちろんないんだろう」
「それはそうです。火事だったら、許しゃしません」
この二十四時間営業のスーパーには、さまざまなもめ事が起こるが、今日の事件はいったいなぜそんなことが起こったのかがまるで見当つかないことで際立っていた。
「この娘は、アフリカ系のなんとか語しか、ろくに話せないんだろ?」
「あの、近所のおばさんとやらの話では、そうでしたね。その近所のおばさんとやらも、なんとか語を話せればよかったのに」
「そういうな。おっつけ、この娘の両親が来る。そこで話を聞けばいいさ」
じきにやってきたのは、貧しい身なりをした四十くらいの男だった。
男は恐縮しながら、片言の日本語で、なぜ娘がそんなことをしたのかわからない、魔術でもかけようと思ったのかもしれない、と口にした。
「まあ、掃除の手間くらいで、さほど実害があったわけではないのでそこまで恐縮なされることも。ところで」
わたしは考えていたことをいった。
「お家には病気のかたがいらっしゃいますか?」
いた。少女の弟だ。
「お家は一階でしょう?」
その通りだった。
「帰国が迫っているんですよね」
これもその通りだった。
「娘さんを、あまり叱らないでやってください」
父親と娘は、なにかわからない言葉で話し始めた。
「どういうことです? 主任」
首をひねる警備員に、わたしはいった。
「雪だよ」
「雪?」
「そうさ。彼女は、弟に雪を見せたかったんだ。今は夏で、雪は降らないが、代わりに白い粉を撒けば、雪のように見えるだろう。小麦は買えないし、監視カメラが光っている。それに対し、裏の消火器だったら、ちょっとくらい中身を抜いてもばれないと思ったんだろう」
「でも、全部ばらまくのは……」
「知らないとはいわせないぞ。最近の消火器は、一度トリガーを引いたら、後は二度と止まらないんだ。結局、こんな大事になってしまって、もっとも困惑しているのは彼女かもな」
「なるほど」
「帰国が迫っているせいもあったんだろう。まあ、あまり大事にはしたくないな、わたしは」
「そうですね」
……………………
『大地に白い粉で絵を描き、黒いグマグマを生贄に捧げる。すると、バキリ、病気が治る』
『だからお前はダメなんだ。黒いグマグマには、モラモラの生き血をかけておかねば術は成立しない』
『しまった、それを忘れていた』
『国へ帰ったら、もう一度初めから術を教えてやる。術さえ使いこなせるようになれば、こんな日本人ふたりの心情をこちら側に引き寄せることぐらい簡単なのだぞ』
『わかった、師匠。これから、一生懸命、修行する』
『それがいい。さあ、帰ろう』
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