「ショートショート」
    ユーモア

    攻撃は最大の防御なり

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     あの女とも長いつきあいだったが……。

     おれは深呼吸してレストランの入口へ向かった。

     別れよう。そのほうがお互いのためだ。

     まだ心の中に未練が残っているのは事実だ。別れるといっているおれがいうのもなんだが、由真は、疑う余地もないいい女だ。頭が良くて、性格もいい。顔だってまずくない。しかし、おれがコントロールできる女ではないというのもまた事実だった。この三年間、昼夜問わず、おれは彼女に振り回され、くたくたに疲れ果ててしまった。誓っていうが、このところの生活においておれがイニシアチブを取ったことは一度もない。

     身勝手かもしれないが、おれはとにかく、ひとりになって休みたかったのだ。

     由真をこの、二人の思い出の詰まったレストランに呼び出したのは、おれに残された最後の良心だったかもしれない。

     おれは店に入った。ドアに付けられたチャイムが、もの悲しい音色で鳴った。

     奥の席で、おれに背を向けるように、由真は座っていた。おれの心をわかっているのだろうか。

     水の一杯もぶっかけられるかもしれないな、おれはそう思いつつ、由真に声をかけた。

    「ゆ……」

     おれは目を見張った。由真が、分厚く大きい手袋をしていたからだ。

    「どうしたんだ、その手袋!」

     由真はうっすらと笑った。

    「……ちょっとね、手を」

     おれは心配になって手を取ろうとし、そして今日、なにしにここへ来たのかを思い出して手を引っ込めた。

     窓を背にして、おれは由真と向かい合った。

    「由真、おれは」

    「失礼いたします」

     この店の老マスターが、手ずから料理を持ってきた。

    「オニオングラタンスープお持ちいたしました」

     マスターは由真の前にそのスープを置いた。スープはぐらぐら煮立っていた。

    「ありがとう」

     由真はそういうと、スプーンを取った。

    「お話は、食事を終えてからにしましょう」

     由真はスープを飲み始めた。このうだるような暑い六月の日に食べるべき料理とは思えないが……。

     おれはスタンドに乗っている小さなメニューを取り、適当なものを探した。

     マスターがまた、カートを押してやってきた。

    「野菜のクリームシチューでございます」

     マスターは由真の前に、ふつふついっている深皿を置いた。うまそうだが、季節向きではない。

    「コーヒーください」

     おれはそういった。マスターは一礼し、厨房のほうへもどっていった。

     しばらく、無言の時間が続いた。由真は、スプーンを持った手を小刻みに震わせていた。

    「由真、おれは」

    「ご注文の品をお持ちいたしました」

     マスターはおれの前にコーヒーを置いた。由真の前には、

    「シーフードグラタンと、リゾットにございます」

     どかっどかっと、どう見ても夏向きの食べ物ではないものが置かれた。

     由真の心はすでに冬なのだろうか。これは、水の一杯をぶっかけられるだけではおさまら……水?

     おれはそこで初めて、なぜ由真が分厚い手袋をはめているのかと、自分の置かれた立場とに気がついた。顔色の変化を認めたのか、由真がにっこりと笑った。

    「今日は、なにを話しに呼び出したの?」

     おれは湯気を立てているオニオンスープ、クリームシチュー、グラタン、リゾットと、分厚い手袋をはめた由真の両手との間に視線を往復させていたが、やがてか細い声でいった。

    「けっこんしてください」

     ……いつの世も、攻撃は最大の防御なのである。

    「サービスの熱々のココアでございます」

     うわあっ!
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    ~ Comment ~

    Re: miss.keyさん

    でも怒らせたら怖そうですこの娘(笑)

    どんな仕返しが来るかわからんもんな(笑)

    熱々のカップルですな

     此処まで愛されて本望でしょう。うん、きっとそうに違いない。

    Re: 西幻響子さん

    倦怠期が来たらどんなことになるやら怖いこのカップル(笑)

    NoTitle

    きゃー、おもしろーい(爆
    西幻もどこかでこの手を使ってみようかな(恐
    まあでもこんな手段で結婚できても、うまくはいかないでしょうが・・・。いや、もしかして結婚してみたら意外とおしどり夫婦になってしまうかも(^^;

    Re: 面白半分さん

    実際にやったら脅迫罪で逮捕かな? (^_^;)

    NoTitle

    こういう手口が広まったら
    それはポール・ブリッツさんのせいですね。

    結婚情報誌に転載されないかな

    Re: 椿さん

    第三度火傷の恐怖(笑)

    Re: カテンベさん

    なにせ向こうさんも人を見て彼氏にしておりますからな(笑)

    Re: 涼音さん

    そりゃあ目の前にこれだけ「兵器」を並べられては……(笑)

    NoTitle

    攻撃は最大の防御……。
    怖すぎる彼女(^_^;) 一生勝てなさそうですね。

    どんな策をめぐらせてみても、上をいかれてしまうんやろね

    てのひらの上で転がされっぱなしやなぁ
    相手の考えに乗っかってくしかないのね

    NoTitle

    今晩は。お久しぶりです。
    うわっ、振り回され過ぎて別れようと思っていたのにプロポーズしちゃったんだw!!
    でも、確かにある意味結婚したら一緒に住んでいる分今までより解決することもありそうですね。
    確かに最大の防御になりそうですね^^
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