荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(11)

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    stella white12

    11 大道芸人



    「さあさあ旦那がた」

     テマは声を張り上げていった。

    「この野蛮人が、石並取で相手するよ。一回につき、銅貨で五枚だ! 見事勝ったら、なんと賞品は……」

     テマは意味ありげに言葉を切った。

    「……賞品は思いのままだよ!」

     意味ありげな言葉の切りかたのせいか、それとも野蛮人をゲームで倒すことなど外来人にはたやすいことと踏んだせいか、市が立っているこの四つ辻で、ふたりの前には人だかりができていた。

     アトは精霊の導きに従って石を動かし、三個の列を作り、相手の石をひとつ取り上げた。八回目の挑戦も退けられた、脂ぎった顔の中年男が、肩を落として去っていった。

    「……テマ」

     アトは振り向いた。

    「どうしてみんな、このゲームをやるときに、お前の身体をじろじろ見るんだ?」

     テマは口の端をわずかにひくつかせたが、それでも笑顔は崩さずに答えた。

    「そんなことはどうでもいい。石並取のほうに集中しろ!」

     アトはつまらなそうに地面に描かれた線に視線を向けた。

     人間というものは、精霊の導きがあったとき、精霊の導きに従って婚姻するものだ、という思考でこれまで生きてきた善良な野蛮人にとっては、『売春』というものが商売として、あるいはゲームに対する賞品として成り立つ、ということがいまいちピンと来ないのであった。

     それだけではない。

     ……どうして、おれの顔までじろじろ見るやつがいるんだろう?

     殺気をはらんだ視線ならばまだわかるが、それとは別ななにかを感じるのである。理由がさっぱりわからない。

     そういう意味で、アトはまことにしあわせな男であった。

     幸せといえば、ふたりがここまで追跡をかわすことができたのも、かなりの幸運があってのことだった。テマの手がなんとかものを握れるくらいに回復したときに、おあつらえ向きに林があった。アトに支えてもらいながら魔方陣を描き上げたテマは、獣の力で、ようやく肉体の健康を回復させたのである。

     とはいえ、今のところ金はおろかまともな服さえない。旅を長期にわたって続けるために必要な最小限の道具類を、一刻も早く用立てなければならなかった。

     ウィッチ・ドクターであることを公にするのは危険すぎた。いつジャヤ教徒が襲ってくるかわからない。

     考えた末にひらめいた、元手なしでできる商売が、この賭け石並取なのである。

     今のところ商売は順調だった。テマの身体を求めてか、あるいはアトに用があるのかは知らないが、アトの腰の袋には、ぎっしりと銅貨がたまっていた。その数ざっと二百枚。銀貨にして二十枚ぶんである。すでに旅装と食事に銀貨十枚以上を使っていたから、のべ六十人以上がアトの前に涙を飲んだことになるのだ。

    「アト」

     テマが空を見た。

    「天気が崩れそうだ。次の客の相手をしたら、店をたたむぞ」

     アトはうなずいた。

    「わかった」

     次の客はよぼよぼの老人だった。杖をついて歩いている。歯が何本も抜けた口から息を漏らして、へたりこむようにふたりの前にうずくまった。

    「石並取とな。銅貨五枚で遊ばせてくれるのかな?」

     テマはうなずいた。

    「ええ、そりゃもちろん」

     老人はふところをごそごそと探った。宝石のついた見事なブローチが、ちらっと服の隙間より見えた。

    「まいったのう。小銭が見つからん」

     老人はほっと息をついた。

    「どうじゃろう、わしのほうがお前さんがたの勝負を受ける、というのは。もし、わしが負けたら、お前さんの好きなものを持っていってええ。しかし、それ以外の結果になったら、お前さんたちふたりに来てもらう。それでよいかの?」

     アトが口を開く前に、テマは叫んだ。

    「そりゃもう喜んで!」

     アトは眉をひそめたが、やがて石を手に持った。

    「どちらが先に打つ」

     老人は肩をすくめた。

    「わしはどちらでもかまわんが、まあ、先に打ってくれんかの」

     アトは地面に描かれた盤に、石を置いた。

     老人は太平楽な顔をしてひょいと石を置いた。

     ふたりの勝負を、周囲は息を飲んで見守っていた。

     なにしろ、アトは「精霊の導き」に従って、反射的に石を置く。対して老人は、何も考えていないかのように、ひょいひょいと石を置いていくのだ。

     心臓が二十を打つほどの時間もかけずに双方が九個ずつの石を置き終えたそのとき、盤面は非常に複雑な様相を呈していた。

     そこからの勝負は、まさに……このゲームに称号があるとすればだが……まさに名人戦といえた。

     双方が目まぐるしく石を動かし始めたのである。そのさまは、まるで生き物が絡み合い、舞踏を踊っているかのようであった。

     舞踏はやがて、ある一定のリズムを……。

     観衆は目を見張った。同様にテマも目を見張った。

     石が同じ動きを繰り返している!

     テマはいった。

    「おじいさん、千日手だ」

     老人はのほほんとした口調でいった。

    「そうじゃな」

    「手を変えないと、いつまでたっても勝負はつかないよ」

    「それなら、そちらが手を変えればよいだけの話」

     テマは盤上を見、溜息をついた。

    「どっちが手を変えても、手を変えたほうの負けじゃないか」

    「そういうことじゃな」

     テマは首筋のあたりをかいた。

    「じゃ、引き分けだね」

    「そういうことじゃ。最初にいっておいたとおり、わしが負けたわけじゃない。それ以外の結果、というやつじゃ。だから、お前さんたちふたりには、わしのいうとおりに来てもらう」

     テマはうっ、と息をつめた。

    「そんな、ええっ、そんな」

    「かまわんよ、手を変えても。その瞬間に、わしが勝つわけじゃからな。そもそも、こういう勝負で金を稼ごうというのなら、先手必勝か、後手必勝のゲームにしておくべきじゃぞ。わしの研究では、この石並取というゲームは、先手じゃろうと後手じゃろうと、どちらからでも千日手に持っていけるゲームなんじゃよ。最善手を打ち続ければ、最後にはそうなる」

     テマはぎりっと奥歯を鳴らした。

    「汚いぞ、爺さん! はじめからこうなることはわかっていたんだな!」

    「まあ、そう怒るでない。どこで誰が聞いておるかわからぬからな」

    「誰がって」

    「例えば、黒曜石が大好きなやつらとかのことじゃよ」

     テマはまじまじと老人を見た。

    「なぜそれを」

     老人は呵々と笑った。

    「馬車を用意してある。とりあえず、得体が知れなくとも、助力というものは受けておくべきじゃぞ」

     老人は杖にすがって立ち上がった。

    「まあ、積もる話は、うちに来てからじゃな。そこの若いのも、いっしょに来い。精霊の導きはなんといっておる?」

     アトは答えた。

    「精霊は言葉で話したりしない」

    「それそれ、そういう、生粋の野蛮人が欲しかったところじゃ。ほれ、負けたんじゃから、ついてこんか」

     どうにもしかたがなかった。テマとアトは顔を見合わせると、この怪しげな老人の後についていった。

    「アト」

     テマは恨めしげにいった。

    「精霊の導きで、こうなることは予測できなかったのか?」

    「おれは自分がゲームでこの老人に勝てないことと、老人もおれに勝てないことはわかった。それがどういうことだかはわからなかった。だから、そのことをお前に伝えようとしたのだが、その前に、お前がこの老人との勝負を受けてしまった。従者のおれとしては従うほかはない」

     アトの答えに、テマは目を覆った。

    「ううううう」

     老人は振り返った。

    「ほれ、早くついてこんか!」

     テマはさらにうめいた。

    「ううううう」



     デムは正直、居心地が悪かった。しかし、こうなったらしかたがなかった。石灰石鉱山の責任者として、部下を震え上がらせるしかない。それ以外に、自分はこの場をまとめる方法を知らないからだ。

     デムは、与えられた部屋の戸口を蹴り飛ばして開けた。

     中では、大きな机に顔を預けていい気持で眠っていた支配人が、夢を破られてよだれを拭いていたところだった。

     支配人がなにかいう前に、デムは帳簿をその顔に叩きつけた。

    「この収益のごまかしはどういうことだ。貴様、横領するにしても、度が過ぎるというものだぞ」

     支配人の顔は蒼白になった。

    「い、いえ、それはなにかのまちが……」

     デムはのしのしと歩き、にこりと笑った。

    「そうだよな、なにかの間違いだよな」

     支配人は、ほっとしたように力を抜いた。

    「ええ、間違いで」

     デムは腰の刀に手をかけると、抜きざまに支配人の首を叩き斬った。頸骨を折られた男の身体は壁に向かって吹っ飛び、床に派手な血だまりを作った。

    「外にいるやつ!」

     足をがくがくさせながら、ひとりの使用人がよろよろと入ってきた。

    「は、はい……」

    「目障りだ。片づけろ。いや、晒せ。おれの下で間違いをしでかしたやつは、こうなるといってな」

     おびえた使用人たちが、首が半分取れかかった元支配人の身体を運び出してから、新しく支配人になったデムは、その椅子に腰かけて溜息をついた。部下たちがあの死体を見て、横領など考えることすらできない間に、必死でそろばんと算術、それに簿記を勉強しなくてはなるまい。なにしろ自分には、支配人に叩きつけたあの帳簿をどう読めばいいのかすら、ほんとうのところはよくわからないのだから……。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    おお、ステルラ参加ですか。

    こっちはいうこと聞かないバカコンビに四苦八苦してます。月イチで12枚、それが普通のアマチュア小説ブロガーのペースってもんですよねとほほ(^_^;)

    NoTitle

    わあ、ポールさんもアルファさんにエントリーされてたなんて!
    言ってくださいよ~。
    応援してきました。
    ああ、そして私ステルラのほうも、まだ手つかずでした。
    初出品、がんばろう!
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

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