「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 2-3-1
3
「桐野メンタルヘルス」を職業別電話帳の病院の欄で探そうとしても無駄な話である。無論のこと臨床心理士でもない。見つけ出すには、各種療法の欄を懸命に探さなければならない。電話帳では「気の健康研究所」と「キルティング・セラピー日本」の間だ。
広告も打っていないこんな怪しげな診療所にくる客など高が知れている。せっかく時間を取ってはるばるやってきたにもかかわらず、やることが睡眠導入剤を飲んで寝るだけときたらなおさらだ。そんなわけでせっかく診療時間を午後から夜間に設けているにもかかわらず、患者はめったに来ない。一度来たとしても何度もは来ない。そのうえわたしの気が弱いのか料金は良心的な額しか取らないので、大野龍臣の支援がなければとっくにつぶれている。
そんなわけでせっかく取った医師免許は不遇をかこっていた。これに関してはわたしにもいいぶんがないわけではない。医者にかかろうと思って行った先で無免許の素人がいるのと、わらにもすがる思いで各種療法の門を叩いた先に医者がいるのとでは、どちらがマシだろうか。考えるまでもあるまい。
この日、ベッドと机と椅子、それにパソコンしかないわたしの診療所に来た患者は一人だけだった。毎夜の悪夢に悩む高校三年生男子。気の毒にもやつれ気味の顔だ。大学受験でノイローゼ気味になるのはよくわかった。だが、それだけでもないようだ。
見た感じ一刻を争うというほどでもないようなので今回は話を聞くだけにした。いきなり夢の中へ飛び込んで危険を冒すことを避ける狙いがあったのと、何度も来てもらってわたしの財布に貢献していただくためだった。
三日ほど様子を見て変わらなければまた来てもらう、という線で話はまとまった。それまでにこちらも睡眠導入剤を買い足しておこう。
待合室には別の人間も待っているようだ。雑用を引き受けてもらうのと、わたしと患者が睡眠状態に入っている間に生ずるかもしれない不測の事態に対応するためにアルバイトで雇っている、もと看護師の島田女史が窓口でいった。
「はるかさーん、はるかさん、どうぞ」
はるかだと?
わたしはぎくっとして扉を見た。扉はゆっくりと開いた。
入って来たのは、遥美奈に間違いなかった。
「遥美奈さん!」
わたしの叫びに、遥美奈はかすかに笑った。肩からショルダーバッグをかけている。
「桐野さん、……いえ、桐野先生、お久しぶりです」一呼吸おいた。「やって来てしまいました」
「どうなさいました」
わたしは努めて冷たい声でいった。
「お話があるんです」
「話?」
わたしは遥美奈が次に吐くセリフを恐れていたのかもしれない。
「話とはなんですか」
「吸血鬼のことです」
思ったとおりだ。
「ストリゴイですか」
「ええ」
遥美奈はうなずいた。
「やめてください」
わたしはいった。いうしかなかった。他の言葉をいう資格などわたしにはなかった。
「わたしは、あなたのお姉さんを殺した男です」
「わかっています」
遥美奈はわたしをじっと見た。
いたたまれなかった。
「あの事件は、考えうる限り最悪の結末を迎えました。あなたがわたしを責めたくなる気はよくわかります」
「桐野先生を責めるためにここへ来たのではありません」
なんだと?
「わたしを責めるためではない?」
「はい」
それではなんのために来たのだ。ただの話だけですむとは思えない。
わたしはため息をついた。
「話してください」
「これを」
遥美奈はショルダーバッグからスクラップブックを取り出した。
「これ?」
わたしは受け取った。なんのへんてつもないクリアファイルだ。
「拝見します」
ページを開いた。野村香の顔が大きく写ったスナップ写真の後に、新聞記事がファイルされていた。
練馬区内での失踪事件の記事だった。いくつかの記事を継ぎ合わせて読むと、ここ二ヶ月で、三人の人間がなんの理由もなく失踪しているらしい。
「これが?」
どうかしましたか、といいかけて、遥美奈の目と視線が合ってしまった。その表情は真剣そのものだった。
「野村香さんを覚えていますか」
「覚えていますが。あの人がなにか?」
そこで気がついた。
「まさか?」
「はい。香さんが帰った実家は練馬区にあるのです」
「ばかばかしい!」
わたしはクリアファイルを投げ出した。こんな言葉を吐くなどとは精神科医失格だな、と思いながら。
「香さんが練馬の実家に帰ったからって、それがなんだというのですか。だいいち、この三件の失踪事件も、完全に関連していると決まったわけでもないのでしょう?」
「桐野メンタルヘルス」を職業別電話帳の病院の欄で探そうとしても無駄な話である。無論のこと臨床心理士でもない。見つけ出すには、各種療法の欄を懸命に探さなければならない。電話帳では「気の健康研究所」と「キルティング・セラピー日本」の間だ。
広告も打っていないこんな怪しげな診療所にくる客など高が知れている。せっかく時間を取ってはるばるやってきたにもかかわらず、やることが睡眠導入剤を飲んで寝るだけときたらなおさらだ。そんなわけでせっかく診療時間を午後から夜間に設けているにもかかわらず、患者はめったに来ない。一度来たとしても何度もは来ない。そのうえわたしの気が弱いのか料金は良心的な額しか取らないので、大野龍臣の支援がなければとっくにつぶれている。
そんなわけでせっかく取った医師免許は不遇をかこっていた。これに関してはわたしにもいいぶんがないわけではない。医者にかかろうと思って行った先で無免許の素人がいるのと、わらにもすがる思いで各種療法の門を叩いた先に医者がいるのとでは、どちらがマシだろうか。考えるまでもあるまい。
この日、ベッドと机と椅子、それにパソコンしかないわたしの診療所に来た患者は一人だけだった。毎夜の悪夢に悩む高校三年生男子。気の毒にもやつれ気味の顔だ。大学受験でノイローゼ気味になるのはよくわかった。だが、それだけでもないようだ。
見た感じ一刻を争うというほどでもないようなので今回は話を聞くだけにした。いきなり夢の中へ飛び込んで危険を冒すことを避ける狙いがあったのと、何度も来てもらってわたしの財布に貢献していただくためだった。
三日ほど様子を見て変わらなければまた来てもらう、という線で話はまとまった。それまでにこちらも睡眠導入剤を買い足しておこう。
待合室には別の人間も待っているようだ。雑用を引き受けてもらうのと、わたしと患者が睡眠状態に入っている間に生ずるかもしれない不測の事態に対応するためにアルバイトで雇っている、もと看護師の島田女史が窓口でいった。
「はるかさーん、はるかさん、どうぞ」
はるかだと?
わたしはぎくっとして扉を見た。扉はゆっくりと開いた。
入って来たのは、遥美奈に間違いなかった。
「遥美奈さん!」
わたしの叫びに、遥美奈はかすかに笑った。肩からショルダーバッグをかけている。
「桐野さん、……いえ、桐野先生、お久しぶりです」一呼吸おいた。「やって来てしまいました」
「どうなさいました」
わたしは努めて冷たい声でいった。
「お話があるんです」
「話?」
わたしは遥美奈が次に吐くセリフを恐れていたのかもしれない。
「話とはなんですか」
「吸血鬼のことです」
思ったとおりだ。
「ストリゴイですか」
「ええ」
遥美奈はうなずいた。
「やめてください」
わたしはいった。いうしかなかった。他の言葉をいう資格などわたしにはなかった。
「わたしは、あなたのお姉さんを殺した男です」
「わかっています」
遥美奈はわたしをじっと見た。
いたたまれなかった。
「あの事件は、考えうる限り最悪の結末を迎えました。あなたがわたしを責めたくなる気はよくわかります」
「桐野先生を責めるためにここへ来たのではありません」
なんだと?
「わたしを責めるためではない?」
「はい」
それではなんのために来たのだ。ただの話だけですむとは思えない。
わたしはため息をついた。
「話してください」
「これを」
遥美奈はショルダーバッグからスクラップブックを取り出した。
「これ?」
わたしは受け取った。なんのへんてつもないクリアファイルだ。
「拝見します」
ページを開いた。野村香の顔が大きく写ったスナップ写真の後に、新聞記事がファイルされていた。
練馬区内での失踪事件の記事だった。いくつかの記事を継ぎ合わせて読むと、ここ二ヶ月で、三人の人間がなんの理由もなく失踪しているらしい。
「これが?」
どうかしましたか、といいかけて、遥美奈の目と視線が合ってしまった。その表情は真剣そのものだった。
「野村香さんを覚えていますか」
「覚えていますが。あの人がなにか?」
そこで気がついた。
「まさか?」
「はい。香さんが帰った実家は練馬区にあるのです」
「ばかばかしい!」
わたしはクリアファイルを投げ出した。こんな言葉を吐くなどとは精神科医失格だな、と思いながら。
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~ Comment ~
さっそくここまで読み進めました~^^
うわっ展開が読めなくなってる?!
もちろん、あれで終わりとは思っていませんでしたが、次は野村さんですか……。
一体どうなっているのでしょう??
次も読まなくては!(笑)
うわっ展開が読めなくなってる?!
もちろん、あれで終わりとは思っていませんでしたが、次は野村さんですか……。
一体どうなっているのでしょう??
次も読まなくては!(笑)
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無理してしまうのが桐野くんの桐野くんたるゆえんで……(^^)
>せあらさん
さてどうなっているのでしょうか(^^)
真相は第三部で……(^^)