荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(12)

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    stella white12

     12 大博士



    「あのね」

     いかにも居心地悪そうな顔で馬車の椅子に腰かけていたテマは、向かい合って座った老人にいった。

    「いちおういっておくけど、あたしはひとつところに一日しかいることを許されていないウィッチ・ドクターだよ。それが、こんな……」

     アトはテマの視線を追った。あちらこちらに、広場などでよく見る紋章があった。できるかぎり目立たないようにはされているが、その意味は考えるまでもない。

    「……総督の四輪馬車なんかに乗っていいわけ?」

     テマは老人に指を突きつけた。

    「あんたいったい、何者なの? そして、この馬車は、どこに行くの?」

    「わしの研究所じゃよ。単に、総督とは古いなじみだというだけじゃから、気にせんでいい」

     テマは馬車の窓枠に手をかけ、覆いをずらして外を見ようとした。

    「なにが見える?」

     老人は面白そうにテマにいった。

    「なにがって、砂と荒地しか……えっ?」

     テマの口があんぐりと開いた。

    「そこの野蛮人、お前は落ち着いておるな」

     老人の言葉に、アトは答えた。

    「風の運ぶこのにおいでわかる。これは外来人の食べる小麦のにおいだ」

    「なんで小麦の畑がこんな荒地のど真ん中にあるんだ!」

     窓から視線を老人の側に戻したテマは目をしばたたかせた。

    「あんたほんとに、何者なの?」

    「農業を研究する、ただの学者じゃよ」

     アトはテマに尋ねた。

    「学者とは何だ」

    「浮世離れしたものごとを考えることを仕事にしている人間だ」

     やがて馬車は止まった。長いこと待っていたらしい男が馬車の扉を開け、うやうやしく老人を出迎えた。

    「このふたりに、身体を洗うぬるま湯と、ゆったりした涼しい服と、軽食とを用意してやってくれ」

    「わかりました、大博士」

     テマはまじまじと老人を見た。

    「大博士って……あんた、総督の腹心の、あの、アグリコルス大博士なのか?」

    「大博士とは何だ」

     アトの問いに、テマはめんどくさそうに答えた。

    「浮世離れしたものごとを考えすぎて、頭がどうにかなってしまった人間のことだ」

     アグリコルス大博士は苦笑いした。

    「手厳しいお嬢ちゃんだ。とにかく湯を浴びてさっぱりしてくるんじゃな。話はそれからとしよう」

     アトとテマは案内されるままに、その機能的な建物に入っていった。



     ふう。

     石灰石鉱山の支配人室で、支配人の机でごちゃごちゃやっていたデムは汗をぬぐった。

     この見たこともない奇妙な数字の書き方と使い方はわかった。そろばんに並んだ珠をそのまま書き写せば、この十種類の数字と同じことになるのだ。

     これが足し算の印で、これが引き算の印、そしてこれが収入の欄で、これが支出の欄か。それがわかっただけでも進歩ではある。

     とりあえずそろばんを使って、まず帳簿の第一ページを検算してみた。

     どうやらまだ理解が足りなかったらしい。どこかで計算を間違えたようだ。

     もう一度検算をし直したデムの口元が、ひくっと動いた。

     念のため、もう一度さらに検算。

    「あの糞野郎ども……」

     つい先ほど支配人を叩き斬ったことを、デムは後悔していた。支配人だけではなく、あと二、三人は叩き斬っておくのだった。それほどまでに、この鉱山の会計は、ごまかしと出鱈目にあふれていた。書かれている収入を素直に計算してみると、総計、と書かれたものは計算結果の九割くらいしかなかった。反対に、支出を素直に計算してみると、総計は一割ほど増えていたのである。いずれにしろ、ただの一割ではない。鉱山の収益の一割である。その額は莫大なものだった。

     その差額のぶんが、どこのポケットに消えてしまったのか、デムにはあらかたの想像はついた。

     暴力を生業として、それなりに手下をまとめてきた経験は、デムに「信賞必罰」ということの重要性を教えていた。そして必罰の手段として、デムには暴力以外の選択肢を思いつくことは困難だった。

     デムは支配人席に置かれたベルを振って鳴らした。

     顔を青ざめさせた男がぎくしゃくした動きで入ってきた。

     デムはにこりと笑った。

    「帳簿を持ってこい」

    「は……はあ」

    「お前たちが使っている本物の帳簿のほうだ。おれのいっていることは、わかるよな?」

     男は目をやたらとぱちぱちさせ、口もとをがくがくさせながら答えた。

    「ほ、ほ、ほんものの……帳簿と……申しますと……」

     デムはさらに笑顔になると、その笑顔をふっと消した。

    「『はい』以外の答えはするな! 十数える間に持ってこい! おれが満足する帳簿を持ってこなかったら、お前の死体もあの支配人の隣に並ぶことになるぞ!」

     男は泡を食って飛び出していった。

     デムの経験からいうと、ああいう人間は、根性はないくせに悪知恵ばかり働くものだった。剣を振るしか能のない門外漢の自分に、この鉱山の支配人など勤まるのだろうか。

     デムは果てしなく不安だった。



    「ウィッチ・ドクター。この植物を知っておるかね」

     簡素と実用性を重んじていることがわかる応接室で、湯浴みと着替えと食事を終えたふたりの前に、アグリコルス大博士は、葉のついた小枝を取り出した。

    「知ってるよ。正確にはなんていうんだかは知らないけれど」

     テマはそう答えた。家令から提供された、スープとパンと酔わない程度の量のワインにより、ちょっといい心持ちになっていたらしい。アトもわかるような気がした。供された食べ物はいずれもびっくりするほど味が良かったからだ。

    「野蛮人くんは」

    「せめて、アトって呼んであげてくれない? これでもあたしの従者なんだから」

     アグリコルス大博士は薄い頭をかきながら苦笑いした。

    「すまん、すまん。あれほどの石並取の腕の持ち主に、失礼千万じゃったな。では、アトくん、きみはこの植物がなんだか知っているか?」

    「『精霊の恵み』だ」

    「その通り。主にジャングルに生え、この新世界じゅうに分布している。その葉を生でちぎり取るなり、乾燥させるなりしたものを口にいれ、噛むと、滋養強壮効果と、弱いながらも覚醒効果をもたらす。ほかに、乾燥させた葉を細かく刻み、ポットに入れて熱湯をかけてしばらく待つと、独特な青い香りを持つ茶として楽しめる。一種の嗜好品じゃな」

    「嗜好品とは何だ」

     アトの問いに、アグリコルス大博士が答える前にテマが口をはさんだ。

    「腹を満たす役には立たないが、口に入れるとなんとなくおいしく、もう一度口に入れたくなるもののことだ。酒とか茶とか」

    「わしら外来人がやってきた国のウンジョウソウの実とかな。炒ったものをパンにつけて食べると素朴な味がしてうまいんじゃが」

     アトは首を振った。

    「精霊の恵みは疲れた人間に恵みをもたらすためにある。嗜好品などではない」

     アグリコルス大博士は手でアトを制した。

    「外来人にとっては嗜好品みたいなもんなんじゃ。今はそれで納得してくれんかな。で、この『精霊の恵み』……わしら外来人はミツリンチャノキと呼んでおるが、この植物を栽培する方法をわしに聞いてきたやつがおる」

    「栽培? これを?」

     テマは首をひねった。

    「こんなものを栽培して、どうしようっての?」

    「わからん。強壮効果としてはそれほど強いわけでもなく、栄養学的にもたいしたことはない、それにそれほど収量があるわけでもない。茶葉にして嗜好品として売るにも、この青い香りは人によって好き嫌いがかなり分かれる。スパイスとしても人気があるとはいえん。そんなものを、どうして栽培しようというのだ」

    「酒に漬け込んで薬酒でも作るのかな。アトはどう思う?」

    「精霊の恵みを素直に恵みとして受け取れない者は破滅する」

     テマは笑った。

    「破滅だなんてそんな」

     アグリコルス大博士は笑わなかった。

    「アトくんのいっていることにも一理ある。一理、というより、傍証じゃな」

    「傍証って?」

    「そいつは、栽培法を教えてくれたらわしに金貨二百枚を払うといってきたのだ」

    「二百……」

    「おれふたり分か」

     アトはつぶやいた。

     アグリコルス大博士は続けた。

    「やつにとってはそれは手付金程度のつもりじゃったらしい。わしは断った。あまりにも極端な額じゃ。学問のために研究するのならわしも興味がないわけではないが、きな臭いにもほどがある。もし、それがなんらかのよこしまな目的によるものじゃったら、わしは総督に申し訳が立たん」

    「イヤな予感がするんだけど……」

     テマはいった。

    「あたしたちはこの辺で……」

    「きみたちには、そやつがなぜこの植物を栽培することにここまでこだわるのか、その理由を探ってほしいのじゃ」

    「なんであたしらが! そもそも、そやつって誰! そんな知り合いいないし!」

    「総督の手のものに頼んで調べたのじゃが……そやつ、お前さんたちにご執心らしいのじゃ、といったら理解してくれるかのう」

    「ご執心って、あたしたちがいったいそいつになにをし……」

     テマの顔に理解の色がよぎった。

    「冗談でしょ……」

    「つまり、こういうことか? そいつがなんだか知らないが、テマとおれの首にかかったとかいう金貨千百枚が欲しくて、おれたちを虎視眈々と狙っている、と……」

     アグリコルス大博士は首を振った。

    「千百枚ではなく、千七百枚じゃ。総督の部下の話じゃと、この前、ジャヤ教徒は賞金に金貨六百枚を上乗せしたらしい」

    「ううううう」

     テマはこの世のすべてが敵になったとでもいうような顔をしてうめいた。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    「紅蓮の街」を書いてからもう五年くらい経つのかな。あれとは違って肩のこらない冒険ものにしようと思っております。

    NoTitle

    アグリコルス大博士! 何か嬉しいですね!

    Re: 黄輪さん

    むろん同一人物ではありません。あれから1500年以上経ってます。(^^)

    NoTitle

    おお、アグリコルス大博士。久々にその名を聞きましたね。
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