「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 2-3-2
3(承前)
「それは、そうですが」
「そうでしょう。その三件の失踪事件に、香さんが関わっていると考えること自体がそもナンセンスです。香さんには香さんの人生があり、いつまでもあの悲惨な事件と結びつけるのは誰にとっても有害でしょう。物証は何も上がっていないのですから」
「桐野先生」
遥美奈はわたしをじっと見据えた。思わずたじろいでしまうような力が、そこにはあった。
「……本当に、そう思ってらっしゃいます?」
「もちろんです」
しばらくの間、沈黙が部屋を覆った。
先にそれを破ったのは遥美奈のほうだった。
「お爺様のいったとおりでした」
「どういうことです」
「桐野先生、すぐに顔に出ますのね」
わたしは黙らざるを得なかった。
戸乱島で見た光景は確かに医学的な常識を根底からひっくり返す出来事だった。半年も眠っていた遥流子が、起きて、殺人を犯し、大の男二人を相手にして暴れまわったのだから。どうしてあんなことができたのか、単に夢魔が取り憑いたからだと感覚では納得していても、理性では納得できない。理性は信じるに値しないということを何度も経験している身としては確かに不徹底ではあるが。
ストリゴイ、あの吸血鬼が戸乱島を飛び出して東京までやってきたとしたら。
考えたくはなかった。
野村香。あの丸っこく人なつこそうなおばちゃんに危険が迫っているのか。それとも、あの人が危険をもたらすものとなっているのだろうか。
どちらも想像したくはない。だいたい、こんなことに巻き込まれること自体間違っているような人なのだ。
「野村さんと連絡は?」
遥美奈は目を伏せた。
「取れていません」
「それは? 全くの音信不通なんですか?」
「電話も、手紙も、完全になしのつぶてです。そういう人ではなかったのですが」
「それでは、わたしにはどうすることもできません。わたしは医者、正確を期すなら治療者であって、探偵じゃない」
「探偵でなくとも、ナイトメア・ハンターではなかったのですか」
痛いところを突かれた。
「確かにわたしはナイトメア・ハンターです。しかし、ナイトメア・ハンターの全員が全員、人を見つけ出す能力に恵まれているわけではないのですよ」
「でも、先生のほうが経験は豊富でしょう」
経験といえるのかどうか。
「わたしがあなたなら、信頼できる探偵事務所か興信所を訪ねるところですがね」
「探偵事務所や興信所は信用できません」
「わたしはもっと信用できないのではないですか」
「先生は、変貌した姉から最後まで逃げようとなさいませんでした。姉の事情もご存知です。それなのに、マスコミの追求からも固く口をつぐんでくださいました。それだけで充分です」
「買いかぶられたものですね」
わたしはため息とともにいった。
「買いかぶってなんかいません!」
「いえ、買いかぶっていますよ。わたしが口をつぐんだのは、医師には守秘義務があるということと、わたしがなにもいわなくても、遅かれ早かれ彼らはいずれ真実を知るに違いないという確信があったからです。女性と家庭の名誉を守るためじゃない」
「先生は自分をだましてらっしゃいます」
「確かにわたしは自分をだましているかもしれません。だが、自分の中で信じ続けると、はじめは演技だったものも次第に本人のキャラクターへと変わっていくものなのです」
わたしは診察室の出口を指差した。
「お帰りください、遥さん。わたしには自分の患者を診ることしかできない。探偵の真似など、無理な相談なのです。さっき出て行った高校生は、三日後またここにやってくるでしょう。そこでわたしは夢に入ってみるかもしれないし、入らないかもしれない。しかし、いずれにせよ、わたしはそのときこの診療所にいなければならない」
遥美奈の表情は納得からは程遠いものだった。
「それでも、先生……」
「いくらこの診療所に閑古鳥が鳴いているとはいっても、ちらほらとですが患者はやってくる。わたしは彼らに拘束されているも同然なんですよ」
遥美奈はキッとこっちを向いていった。
「先生はお時間を割いて戸乱島へいらっしゃいました」
「…………」
「わたし、先生を信じています」
遥美奈は音をたてて立ち上がると、わたしに背を向け部屋を出て行った。
遥美奈が部屋にクリアファイルを置いていったことに気づいたときには、すでに追いかける術はなかった。
がらんとした室内で、わたしはひどい自己嫌悪に襲われた。
断るにしてももう少しいいようというものがなかったかと思う。少なくとも、精神科医のセリフではなかった。
だが、わたしになにができる。持てる力など、遥美奈に語ったとおりなのだ。
「ええい、くそっ!」
患者は来ないのか。先ほどの高校生は。今なら割引料金で夢の中に入ってやるのに。
患者は来なかった。
わたしは、クリアファイルを開いて読み始めた。
真剣に。
「それは、そうですが」
「そうでしょう。その三件の失踪事件に、香さんが関わっていると考えること自体がそもナンセンスです。香さんには香さんの人生があり、いつまでもあの悲惨な事件と結びつけるのは誰にとっても有害でしょう。物証は何も上がっていないのですから」
「桐野先生」
遥美奈はわたしをじっと見据えた。思わずたじろいでしまうような力が、そこにはあった。
「……本当に、そう思ってらっしゃいます?」
「もちろんです」
しばらくの間、沈黙が部屋を覆った。
先にそれを破ったのは遥美奈のほうだった。
「お爺様のいったとおりでした」
「どういうことです」
「桐野先生、すぐに顔に出ますのね」
わたしは黙らざるを得なかった。
戸乱島で見た光景は確かに医学的な常識を根底からひっくり返す出来事だった。半年も眠っていた遥流子が、起きて、殺人を犯し、大の男二人を相手にして暴れまわったのだから。どうしてあんなことができたのか、単に夢魔が取り憑いたからだと感覚では納得していても、理性では納得できない。理性は信じるに値しないということを何度も経験している身としては確かに不徹底ではあるが。
ストリゴイ、あの吸血鬼が戸乱島を飛び出して東京までやってきたとしたら。
考えたくはなかった。
野村香。あの丸っこく人なつこそうなおばちゃんに危険が迫っているのか。それとも、あの人が危険をもたらすものとなっているのだろうか。
どちらも想像したくはない。だいたい、こんなことに巻き込まれること自体間違っているような人なのだ。
「野村さんと連絡は?」
遥美奈は目を伏せた。
「取れていません」
「それは? 全くの音信不通なんですか?」
「電話も、手紙も、完全になしのつぶてです。そういう人ではなかったのですが」
「それでは、わたしにはどうすることもできません。わたしは医者、正確を期すなら治療者であって、探偵じゃない」
「探偵でなくとも、ナイトメア・ハンターではなかったのですか」
痛いところを突かれた。
「確かにわたしはナイトメア・ハンターです。しかし、ナイトメア・ハンターの全員が全員、人を見つけ出す能力に恵まれているわけではないのですよ」
「でも、先生のほうが経験は豊富でしょう」
経験といえるのかどうか。
「わたしがあなたなら、信頼できる探偵事務所か興信所を訪ねるところですがね」
「探偵事務所や興信所は信用できません」
「わたしはもっと信用できないのではないですか」
「先生は、変貌した姉から最後まで逃げようとなさいませんでした。姉の事情もご存知です。それなのに、マスコミの追求からも固く口をつぐんでくださいました。それだけで充分です」
「買いかぶられたものですね」
わたしはため息とともにいった。
「買いかぶってなんかいません!」
「いえ、買いかぶっていますよ。わたしが口をつぐんだのは、医師には守秘義務があるということと、わたしがなにもいわなくても、遅かれ早かれ彼らはいずれ真実を知るに違いないという確信があったからです。女性と家庭の名誉を守るためじゃない」
「先生は自分をだましてらっしゃいます」
「確かにわたしは自分をだましているかもしれません。だが、自分の中で信じ続けると、はじめは演技だったものも次第に本人のキャラクターへと変わっていくものなのです」
わたしは診察室の出口を指差した。
「お帰りください、遥さん。わたしには自分の患者を診ることしかできない。探偵の真似など、無理な相談なのです。さっき出て行った高校生は、三日後またここにやってくるでしょう。そこでわたしは夢に入ってみるかもしれないし、入らないかもしれない。しかし、いずれにせよ、わたしはそのときこの診療所にいなければならない」
遥美奈の表情は納得からは程遠いものだった。
「それでも、先生……」
「いくらこの診療所に閑古鳥が鳴いているとはいっても、ちらほらとですが患者はやってくる。わたしは彼らに拘束されているも同然なんですよ」
遥美奈はキッとこっちを向いていった。
「先生はお時間を割いて戸乱島へいらっしゃいました」
「…………」
「わたし、先生を信じています」
遥美奈は音をたてて立ち上がると、わたしに背を向け部屋を出て行った。
遥美奈が部屋にクリアファイルを置いていったことに気づいたときには、すでに追いかける術はなかった。
がらんとした室内で、わたしはひどい自己嫌悪に襲われた。
断るにしてももう少しいいようというものがなかったかと思う。少なくとも、精神科医のセリフではなかった。
だが、わたしになにができる。持てる力など、遥美奈に語ったとおりなのだ。
「ええい、くそっ!」
患者は来ないのか。先ほどの高校生は。今なら割引料金で夢の中に入ってやるのに。
患者は来なかった。
わたしは、クリアファイルを開いて読み始めた。
真剣に。
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~ Comment ~
>ネミエルさん
あらら美奈ちゃんすっかり信用なくしちゃったみたいで(^^)
とりあえずこれからの展開をお待ちください。
>うつさん
作者としては桐野くんが、一人称ハードボイルドのヒーローらしく基本的に孤独な戦いを強いられるような状況に持って行きたかったという事情もありまして。
その割りに「仲間」がどんどん増えていくのがなんですけど(^^;)
あらら美奈ちゃんすっかり信用なくしちゃったみたいで(^^)
とりあえずこれからの展開をお待ちください。
>うつさん
作者としては桐野くんが、一人称ハードボイルドのヒーローらしく基本的に孤独な戦いを強いられるような状況に持って行きたかったという事情もありまして。
その割りに「仲間」がどんどん増えていくのがなんですけど(^^;)
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ワクワク楽しい気持ちになるにはちと話が陰惨ですが、これからもお読みいただければ幸いです。
それにしても、美奈ちゃん読者の皆さんから嫌われまくってますな(笑)。
誰も気にしないだろう元ネタバラシをすると、
遥美奈=ミーナ・ハーカー
遥流子=ルーシー・ウェステンラ
なのであります。
なにが元ネタなのかって? それは皆さん、ご自身でお調べくださいふふふ。