「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 2-4
4
結局、この日も、夜の九時まで待ったにもかかわらず患者は一人も来なかった。
今度から完全予約制にしよう、とわたしは心に決めた。
クリアファイルを何度も読んで、失踪事件のあらましを頭に入れる。
遥美奈の書き込みによると、野村香が遥家を辞したのは一月二十八日。最初の失踪者、河内隆道が失踪したのは二月三日だった。四十五歳で、その筋ではちょっと知られた陶芸家だったために新聞の地方版の片隅に載ったのである。
二人目は二十七歳のOL、今野幸代。失踪は二月二十四日。これは新聞記事ではない。インターネットの、失踪人を探すページのコピーだ。
そして三人目は、十三歳の男子中学生、畑山浩二。消えたのは三月の十九日だった。この少年の失踪は、わたしもテレビのニュースでちらりと聞いた覚えがあった。若いので話題になったのだろう。
遥美奈の作った地図を信じるなら、正味二ヶ月で、野村香の家の近辺のごく限られた範囲内で三人もの人間が消えた勘定になる。わたしのことを訪ねてくるまで三ヶ月もかかったのは、遥美奈がぐずぐずしていたというよりは、マスコミの対応と家庭の処理に時間がかかったからだと思われた。
家庭の処理?
そこに思い至って、はっとした。遥流子は東京に来るにあたり、資産を処分してきたのではないか。そうだとしたら。
わたしはもう一度クリアファイルをひっくり返し、遥美奈の連絡先を探した。
あった。だが、携帯の電話番号しか書いていないから、どこを本拠にしているのかはわからない。
だが、連絡先を残しているということはかなりの長期間、こちらにいるということだろう。
わたしは携帯を取り出した。
見た。
しばしの間わたしは硬直していたかもしれない。やがて、わたしはのろのろと再び携帯をポケットに納めた。
連絡は取らない。わたしは、これ以上犠牲者が出ないうちにこの事件から手を引くべきなのだ。
『先生はご自分をだましてらっしゃいます』
わたしはポケットからふたたび携帯を引っ張り出すと、遥美奈の番号を押した。
「はい、遥……」
「桐野です」
「桐野先生!」
「お忘れ物を返さなければなりません。よろしければ、もう一度お会いできますか?」
電話口から失望のため息。
「かまいませんが……どこで?」
「九時半に、練馬の駅で」
わたしは野村香の家の最寄りの駅の名を告げた。
「それじゃ、先生!」
電話口の声が明るさを取り戻した。
「午前中だけです。それであなたの気が晴れるなら、香さんの家の訪問につきあいましょう」
「ありがとうございます!」
「菓子折りを買うのを忘れないでおくことをおすすめしますね。あなたがどんなつもりかは知りませんが、わたしが行くのは表敬訪問のためであって、人さらいの詮索じゃないのですから」
「先生はなにをお買いに?」
わたしはバカ正直に答えた。
「……水ようかんのセットかな?」
結局、この日も、夜の九時まで待ったにもかかわらず患者は一人も来なかった。
今度から完全予約制にしよう、とわたしは心に決めた。
クリアファイルを何度も読んで、失踪事件のあらましを頭に入れる。
遥美奈の書き込みによると、野村香が遥家を辞したのは一月二十八日。最初の失踪者、河内隆道が失踪したのは二月三日だった。四十五歳で、その筋ではちょっと知られた陶芸家だったために新聞の地方版の片隅に載ったのである。
二人目は二十七歳のOL、今野幸代。失踪は二月二十四日。これは新聞記事ではない。インターネットの、失踪人を探すページのコピーだ。
そして三人目は、十三歳の男子中学生、畑山浩二。消えたのは三月の十九日だった。この少年の失踪は、わたしもテレビのニュースでちらりと聞いた覚えがあった。若いので話題になったのだろう。
遥美奈の作った地図を信じるなら、正味二ヶ月で、野村香の家の近辺のごく限られた範囲内で三人もの人間が消えた勘定になる。わたしのことを訪ねてくるまで三ヶ月もかかったのは、遥美奈がぐずぐずしていたというよりは、マスコミの対応と家庭の処理に時間がかかったからだと思われた。
家庭の処理?
そこに思い至って、はっとした。遥流子は東京に来るにあたり、資産を処分してきたのではないか。そうだとしたら。
わたしはもう一度クリアファイルをひっくり返し、遥美奈の連絡先を探した。
あった。だが、携帯の電話番号しか書いていないから、どこを本拠にしているのかはわからない。
だが、連絡先を残しているということはかなりの長期間、こちらにいるということだろう。
わたしは携帯を取り出した。
見た。
しばしの間わたしは硬直していたかもしれない。やがて、わたしはのろのろと再び携帯をポケットに納めた。
連絡は取らない。わたしは、これ以上犠牲者が出ないうちにこの事件から手を引くべきなのだ。
『先生はご自分をだましてらっしゃいます』
わたしはポケットからふたたび携帯を引っ張り出すと、遥美奈の番号を押した。
「はい、遥……」
「桐野です」
「桐野先生!」
「お忘れ物を返さなければなりません。よろしければ、もう一度お会いできますか?」
電話口から失望のため息。
「かまいませんが……どこで?」
「九時半に、練馬の駅で」
わたしは野村香の家の最寄りの駅の名を告げた。
「それじゃ、先生!」
電話口の声が明るさを取り戻した。
「午前中だけです。それであなたの気が晴れるなら、香さんの家の訪問につきあいましょう」
「ありがとうございます!」
「菓子折りを買うのを忘れないでおくことをおすすめしますね。あなたがどんなつもりかは知りませんが、わたしが行くのは表敬訪問のためであって、人さらいの詮索じゃないのですから」
「先生はなにをお買いに?」
わたしはバカ正直に答えた。
「……水ようかんのセットかな?」
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~ Comment ~
いや、ここはあえて・・・
あえて、クッキーなんてどうでしょうか先生!
あ、あと二日酔いはもう大丈夫なんでしょうか先生!
水ようかんですか~・・・
意外と人気あるようなないようなw
ポールさん大好きですか?水羊羹?w
あえて、クッキーなんてどうでしょうか先生!
あ、あと二日酔いはもう大丈夫なんでしょうか先生!
水ようかんですか~・・・
意外と人気あるようなないようなw
ポールさん大好きですか?水羊羹?w
- #447 ネミエル
- URL
- 2009.10/29 00:55
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あ、クッキーでもよかったですね。でも高そうな(^^)
水ようかんは好きですよ。個人的には水まんじゅうよりもうまいと思います。
でも家で作ろうとすると、必ず分離するんですよね~。和菓子職人はいったいどうやって均等に作っているのか、さっぱりわかりません。ただひたすらかき混ぜ続けるのかなあ。匠の技だなあ。
ちなみにここで桐野くんがいっているのは、缶に入っていて、付属の小さなスプーンですくって食べるやつですけど、最近見ないなあ。昔はご贈答用によくあったんだけどなあ。歳がバレるなあ。