「ショートショート」
ホラー
伏塚
(この手帳は、当年八月七日、掃除がてら犬の散歩をしていた当県当村在住の農業である伏見作蔵(78)により拾得され、署に届けられたものである。表紙裏にクレジットカードが挟まれており、照会が求められる。手帳に書かれていた全文は以下の通り)
身体がかゆいとこぼしたら、妻にいつもいつも家でごろごろしていてそんなつまらない本ばかり読んでるから、身体が退屈してるんですよ、涼しい山へでも行ってフィトンチッドでも浴びて来たら、といわれる。曲亭馬琴のどこが退屈なんだ、江戸時代のベストセラーだぞ、と反論したが、正直序盤以外は面白くないことに自分でも気づいていたので、下腹も気になるし山歩きでもするか、と県の避暑地のガイドブックを眺めていたら、この伏神山の文字が目に入ってきた。
人里も近いし日帰りの行程で行ける距離だったので、ネットで調べた軽装備と地図とスマホを持ってバスに乗った。バスは冷房が効いていて涼しかったが、バス停は意外と離れたところにあったらしく、歩けども歩けども人里が見えない。ようやく一軒の小屋にたどり着いて道を聞いた。
半分眠っているような犬を連れた半分眠っているような爺さんは、わたしの言葉に首を振った。バス路線を間違えたらしい。伏神山の登山口は、山をはさんで反対側だそうだ。第三セクターになって路線がわかれたとかなんとか。作蔵とかいうその爺さんに愚痴ると、ハイキングに来たんだったら一時間余計に歩くことくらい我慢できんのかね、といわれた。時計を見ればたしかにバスを降りてから一時間しか経っていない。それでも、暑い中を一時間も歩くのは、それが無駄だとわかっていたら倍くらい疲れるものだ。
犬が首を持ち上げ、ひと声鳴いた。首を持ち上げるとなんとなく威厳があるように見えてくるのが不思議だ。なんて犬ですか、と聞いたら、長老と呼んでおる、雑種だがこの辺りのことなら誰よりも詳しいぞといわれた。感心して見ていたら、犬はまた眠ってしまったようだった。眠ると駄犬にしか見えない。
作蔵爺さんから道を聞いて、本格的なハイキングを開始した。なんだかんだ文句をいってても、それなりに楽しいことは楽しい。ちょっと身体がかゆいのがなんだが。フィトンチッド、ほんとに効くのだろうか。
登山道の途中に、ちょっとしたお墓のようなものがあり、寄ってみると立派に見える石に「伏塚」とだけ彫ってあった。説明書きはない。きれいに掃除してあり、一休みするのによさそうである。
伏神山の山頂へは、馬鹿みたいに簡単についてしまった。初心者コース以前の山だったらしい。持ってきたおにぎりを食べ、見下ろすと、たしかに集落は来た道の反対側のほうにある。背中がむずがゆい。
山を下りるのも、ただ一本道を下るだけだから、あっという間である。あまりに背中がむず痒いので、行きに見かけた伏塚で一休みして、襟首から手を入れて背中をごそごそすると、黒く太い毛が一本出てきた。犬の毛だろうか。こんなものが背中に貼りついていたなら、そりゃかゆいのも当たり前だ。
座りやすそうな丸太があったので腰を下ろして、こうしてこのハイキングの印象を書いている。記憶が生々しいうちに書くのがいちばんだ、と経験上知っている。帰ってからだとブログに上げるのすらめんどくさくなってしまうし。
しかしそれにしても神秘的な感じのする石だ。午前中とはまったく印象が違う。「伏神山」といい、「伏塚」といい、伏せっているのはどんな神様なんだろう。そういえば、昨日まで読んでいた馬琴の「里見八犬伝」では、序盤のヒロインの伏姫が、「人が犬になるような名前で不吉だ」などといわれていたものだが。
それにしても身体がかゆい。ひどくかゆい。
(手記はここで終わっている。手帳には黒い毛が数本挟まっていた。事件性はないものと考えられる。遺失物拾得課への手配をお願いしたい)
身体がかゆいとこぼしたら、妻にいつもいつも家でごろごろしていてそんなつまらない本ばかり読んでるから、身体が退屈してるんですよ、涼しい山へでも行ってフィトンチッドでも浴びて来たら、といわれる。曲亭馬琴のどこが退屈なんだ、江戸時代のベストセラーだぞ、と反論したが、正直序盤以外は面白くないことに自分でも気づいていたので、下腹も気になるし山歩きでもするか、と県の避暑地のガイドブックを眺めていたら、この伏神山の文字が目に入ってきた。
人里も近いし日帰りの行程で行ける距離だったので、ネットで調べた軽装備と地図とスマホを持ってバスに乗った。バスは冷房が効いていて涼しかったが、バス停は意外と離れたところにあったらしく、歩けども歩けども人里が見えない。ようやく一軒の小屋にたどり着いて道を聞いた。
半分眠っているような犬を連れた半分眠っているような爺さんは、わたしの言葉に首を振った。バス路線を間違えたらしい。伏神山の登山口は、山をはさんで反対側だそうだ。第三セクターになって路線がわかれたとかなんとか。作蔵とかいうその爺さんに愚痴ると、ハイキングに来たんだったら一時間余計に歩くことくらい我慢できんのかね、といわれた。時計を見ればたしかにバスを降りてから一時間しか経っていない。それでも、暑い中を一時間も歩くのは、それが無駄だとわかっていたら倍くらい疲れるものだ。
犬が首を持ち上げ、ひと声鳴いた。首を持ち上げるとなんとなく威厳があるように見えてくるのが不思議だ。なんて犬ですか、と聞いたら、長老と呼んでおる、雑種だがこの辺りのことなら誰よりも詳しいぞといわれた。感心して見ていたら、犬はまた眠ってしまったようだった。眠ると駄犬にしか見えない。
作蔵爺さんから道を聞いて、本格的なハイキングを開始した。なんだかんだ文句をいってても、それなりに楽しいことは楽しい。ちょっと身体がかゆいのがなんだが。フィトンチッド、ほんとに効くのだろうか。
登山道の途中に、ちょっとしたお墓のようなものがあり、寄ってみると立派に見える石に「伏塚」とだけ彫ってあった。説明書きはない。きれいに掃除してあり、一休みするのによさそうである。
伏神山の山頂へは、馬鹿みたいに簡単についてしまった。初心者コース以前の山だったらしい。持ってきたおにぎりを食べ、見下ろすと、たしかに集落は来た道の反対側のほうにある。背中がむずがゆい。
山を下りるのも、ただ一本道を下るだけだから、あっという間である。あまりに背中がむず痒いので、行きに見かけた伏塚で一休みして、襟首から手を入れて背中をごそごそすると、黒く太い毛が一本出てきた。犬の毛だろうか。こんなものが背中に貼りついていたなら、そりゃかゆいのも当たり前だ。
座りやすそうな丸太があったので腰を下ろして、こうしてこのハイキングの印象を書いている。記憶が生々しいうちに書くのがいちばんだ、と経験上知っている。帰ってからだとブログに上げるのすらめんどくさくなってしまうし。
しかしそれにしても神秘的な感じのする石だ。午前中とはまったく印象が違う。「伏神山」といい、「伏塚」といい、伏せっているのはどんな神様なんだろう。そういえば、昨日まで読んでいた馬琴の「里見八犬伝」では、序盤のヒロインの伏姫が、「人が犬になるような名前で不吉だ」などといわれていたものだが。
それにしても身体がかゆい。ひどくかゆい。
(手記はここで終わっている。手帳には黒い毛が数本挟まっていた。事件性はないものと考えられる。遺失物拾得課への手配をお願いしたい)
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~ Comment ~
Re: 大海彩洋さん
全編、明るいノリのハイキングのメモでしかないのに、読んでいるとぞーっとくるショートショートを目指してみごとに失敗(^^;)
ホラーをやるならやっぱりもうちょっと語りに工夫を凝らしてみるんだった。反省。
ホラーをやるならやっぱりもうちょっと語りに工夫を凝らしてみるんだった。反省。
あらら…・・
じゃあ、狼男は満月が近づくと、痒いのかもしれませんね~
あの遠吠えは「かゆ~~~い」って吠えていたのか……
と、妙に納得。
あの遠吠えは「かゆ~~~い」って吠えていたのか……
と、妙に納得。
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Re: 面白半分さん