ノイズ(連作ショートショート)

    ぱさ。

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     ぱさ。

     佐藤翔吾ははっと目を覚ました。

     急行はまなすのB寝台だった。反射的に時計を見る。青森発二十二時十八分。途中で函館に停車し、札幌着は明日の……今日の六時七分。

     どこの誰だか知らないが、人の眠りを妨げるとは無粋なことをするやつだ。

     佐藤は目をつぶった。

     ぱさ。

     また聞こえた。

     本のページを繰るような音だった。だが、そういってしまうには違和感があった。

     なんだろう、この違和感は……。

     一度気になると、なかなか心から離れてくれない。こんな日くらい、ゆっくりとしたいのに。

     枕元の荷物は、ナップサックにまとめてある。だから、そんな音がするはずがない。

     誰かが、本を……。

     ぱさ。

     聞こえた。はっきり聞こえた。

     佐藤は、帰郷の手段に鉄道を選んだことを後悔していた。飛行機なら、東京から新千歳まで一時間半だ。そのほうが……。

     首を振った。飛行機の代わりに鉄道にしたかったのは自分ではないか。飛行機なんて。

     ぱさ。

     どうでもいい。今は寝るのみだ。佐藤はナップサックに手を伸ばした。中からスキットルを取り出す。ふたをひねり、口をつけた。

     たっぷり入っていたはずのブランデーは空になっていた。わかっていていいはずだった。新幹線の中で飲んでしまったのだ。

     ぱさ。

     しつっこく聞こえるいまいましいこの音! 寝台を降りて音の原因を確かめようかと思った。

     やめた。この身体ではなにをいっても酔っぱらいのたわごととしか思われまい。

     動かないのがいちばんだった。

     うとうとした。

     ぱさ。

     その音と、差してきた日の光で、佐藤は朝が来たこと、札幌ももう近いことに気づいた。

     重い頭を抱え、ナップサックを手にし、降りる準備を整えた。

     妻の顔が頭に浮かんだ。

     考えても仕方のないことだ。

     列車が止まるのを待ち、佐藤はドアに向かった。ホームへ出ると、この暑いのに、黒ずくめの格好をした女が、トランクを片手に前を行くのが見えた。

     ぱさ。

     幻聴を聞くほど、心理的に追い詰められているらしい。それだけはわかった。

     佐藤は改札口に向かった。

     改札を出ても、あの音は聞こえていた。

     ぱさ。

     なんの音なんだ!

     バスターミナルでバスを待っていた時、ふいにその音の正体に気づいた。

     道路に落ちている先週の週刊誌。そのページがめくれる、ぱさ、ぱさ、という音がその正体だったのだ。

     何が書かれているのか、佐藤は知っていた。

    『三億円保険金殺人疑惑』

    『飛行機事故は整備士の工作か』

     違うんだ。

     あのときどうしても妻を止めておくんだった。いくらなんでも、掛け捨てで三億円は保険の入りすぎだろう、と。妻は笑った。もしあたしになにかあったら、このせちがらい日本じゃ生きてくのにそれくらい必要よ。

     おれが整備する飛行機なんだぜ。

     だから安心して乗れるんじゃないの。健吾といっしょにハワイから帰ったら、おみやげなにがいい? マカダミア?

     思えばまともに交わした言葉はそれが最後だった。成田を飛び立った飛行機は、太平洋で行方不明になった。漁船が拾った日本製のおもちゃに書かれた名前から、フライトレコーダーの位置が明らかとなり、引き揚げられたそれから、乗客乗員が全員、海の藻屑になったことがわかった。

     三億円を手にした整備士の佐藤には、いまや日本に居場所はなかった。警察の捜査、保険会社の調査、いずれもシロだったにもかかわらず、それゆえに佐藤には疑惑がかけられ、マスコミは書きたい放題に書き、インターネットでは住所氏名電話番号年齢といった個人情報が拡散された。

     行くあてなどなかったが、日本を出る前に、あの、生まれ故郷の北海道の風景をどうしても見ておきたかった。

     そうか。

     呼んでいるんだ。

     佐藤はぱさっ、ぱさっと音を立てている週刊誌にゆっくりと歩み寄った。

     バスがひっきりなしに出たり入ったりしているバスターミナルで取るべき行動ではなかった。

     走ってきた、ゴムのタイヤを持つ鋼鉄の塊が、佐藤の身体を押しつぶし……。



     バスターミナルのベンチに座っていた黒ずくめの女は、警察官の質問に首を振った。

    「いえ、気づいた時にはあの人が……」

    「でしょうね。罪の意識ってやつでしょうかねえ。ま、ありがとうございます。お忙しいところすみません」

     どこかで、本がめくれるような音がした。

     ぱさっ……。
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    ~ Comment ~

    Re: 大海彩洋さん

    「ぱさ。」からどう話を作ればいいのかさんざん悩みました(^^;)

    しかも北海道の列車内で(^^;)

    上野発の夜行列車って、もう存在しないんですね……新幹線を新青森駅で乗り換えて、寝台急行はまなすで札幌へ、というのが鉄道ではもっともリーズナブルですが、飛行機に比べてどえらい時間がかかります。ブルートレインの時代は確かに終わっていることを再確認しました。うむむ(^^;)

    ラインナップ追加ありがとうございます。ちょっとへろへろ(^^;)

    あ。

    さすがポールさん、すごい捻ってくださったのですね。なかなか難しと仰っておられましたが、やっぱりアイディアの引き出しをたくさん持っておられるんですね。
    こういう掃き違いというのか、良かれと思ってのことが違う方向へ勘違いされて思わぬ身の破滅ってことに、そういう世の中の理不尽、あるなぁと思いました。
    それがノイズと共にひしひしと…・・

    日航ジャンボ機のことは私もじっくり特番を見たのに、この記事とのつながりは全く感じませんでした。コメみて、あ、そうか、と。うん。私の後輩のお父様が乗っておられました。ポールさんと一緒に追悼の気持ちを表したいと思いまする。
    こちらの記事、ラインナップにくわえさせていただきました。

    Re: LandMさん

    事故のことは知ってはいましたが、これを書いているときは完全に失念していました。われながら恥ずかしい限りであります。

    悼むという視点で物事を見れば、春夏秋冬、一日として悼まないで済む日はありません。それでもわれわれはこうしてのほほんと生きているわけですけれど。

    NoTitle

    ・・・あれ。
    てっきり飛行機事故の黙祷小説かと思ったのですが。。。
    他の方のコメントを見ると、違ったのですね。。。

    お盆、飛行機事故、戦争。
    夏は色々日本には追悼することが多いですね。

    Re: 野津征亨さん

    このやたらと暑い夏のための清涼剤になれれば作者としても本望なんですが、ゾッとしてくれたとはありがたいです。

    いちおう来年まで続ける予定ですが、一年間もネタがもつだろうか(^^;)

    NoTitle

    ゾッと背筋の冷える話でした。
    追いつめられた心理状況下で人間がどういう行動をとるのか、細緻に書かれていて恐ろしいかったです。
    マスコミの勝手な報道も……実際こういうことって多そうですね。

    Re: えぐさん

    はまなすはありませんが、30年前の中学生のころ、文化部の活動旅行で北海道・東北へ行くのに「夜行の急行『銀河』を使ったら青春18きっぷで行けるんじゃん?」などと無茶な予定を立てて、その結果へろへろになって青森駅についたことがあります……(^^;)

    睡眠不足がたたったせいか、その後の青函連絡船でまたもや地獄を見ることに(^^;)

    体力以上の旅程組んだらやっぱりいけませんね(^^;) 帰りの寝台特急「ひたち」が極楽に思えたであります。

    Re: limeさん

    奥さんはかえって悲しむんじゃないのかなあ。

    ノイズに心を乱された結果とはいえ、こんな早いうちからあなたがなぜ死ぬことになったのよ、っていって……。

    NoTitle

    急行はまなす…
    息子のところへ行くのに度々乗りましたよ。
    なんか青森が出てくるのって嬉しいです(^^)
    ポール・ブリッツさんは乗ったことありますか?

    NoTitle

    お気の毒な佐藤さん。
    実際、本当は白なのに、限りなくクロに見える被害者遺族っているのでしょうね。
    ぱさ・・・で招かれたあの世で、奥さんに会えたらいいんだけど。

    Re: らすさん

    うかつにも気がつきませんでした。

    飛行機ではなくて列車で北海道に行く、というところから逆算して書いたので、成り行きです。

    あのときの犠牲者に黙祷いたします。

    NoTitle

    こんばんは(´∀`)

    8月12日が日航機墜落事故の日なので、
    それに合わせての記事でしょうか。
    当時自分は小学生。
    アニメ「ダーティペア」を見ていた時にテロップで第一報が入りました。

    大学の友達が日航機事故の生存者だった女の子と同じ高校で隣のクラスだったそうです。
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