「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 2-7
7
「それで?」
わたしを事情聴取したのは、表情から何を考えているのかまったく読み解くことができない、本山という中年の刑事だった。
「さっき話したとおりだ。わたしと遥さんが入ったリビングルームには、三人の死体が転がっていた」
「死体だと気づいたのは?」
「入ったとたんにわかった。見れば誰でも一目で死体とわかる」
「誰でも、というわけでもないだろう。昔なつかしのライフスペースの定説ジジイなら、生きていると強弁したかもしれん」
つまらない冗談だ。
「曲がりなりにも医師免許を持っている者の目から見れば、死んで一月以上過ぎていることは明白だ。喉をやられていたうえに、ミイラ化していたのでね。意外と出血は少ないように見えたが……」
わたしは自分が口走ったことの意味をあらためて思って慄然とした。戸乱島で喉を噛み破られた田島信夫と宮部看護師のことが頭に浮かぶ。
顔に出たのか、本山は疑り深そうな目をこちらに向けた。
「冷静だな」
「そういう性格なんだろうな」
「いや、違うね。あんた、家の中にあるものを知ってたんじゃないのか」
「知っていたのなら近寄らない」
「そうか? あんたの商売にはハクがつくんじゃねえのか、え? ナイトメア・ハンターさんよ」
「わたしの商売は死人が出たらおしまいなんだ。殺すことじゃなくて治すことが飯の種なんだから。常識的に考えればわかるだろう」
「常識っていうのは曖昧なもんでな。Aの肉はBの毒、って言葉のとおりに人によって基準がどんどん変わる。そのうえ人間は往々にして常識どおりには行動しない。人が見てそうだ、という以前に、そいつの目で見ても、そいつの常識から外れている、ってえことがしょっちゅうだ。あんたもそのクチじゃないのか?」
「そうなるには冷静すぎてね」
「つまらない冗談だ」
あんたもだ。
「このところ、わたしが自分のワンルームと診療所となじみの酒場の三点しか往復していないことはもう調べがついているんじゃないのか?」
「そんないいかたしたら、なじみの定食屋、なじみのスーパーマーケット、なじみのコンビニエンスストア、なじみの銀行その他に悪いだろう。話を戻すぞ。転がっていた三つの死体に心当たりは」
「三人ともわたしの知らない人物だ。だが、推察だけはできる」
「いってみろ」
「河内隆道、今野幸代、畑山浩二。違うか?」
「やっぱりお前はなにか知っていたんじゃないのか?」
「あの辺りで失踪した三人を挙げただけじゃないか。それに、心配していたのはわたしじゃない。遥さんだ」
「責任転嫁か。あんたみたいにいかがわしい職業の連中はよくやるんだよな」本山はにやりと笑った。「話してみろ」
「事実をいったまでだ。遥さんは長年いっしょに暮らしてきたお手伝いの野村香さんと連絡を取ろうとした。しかし音信は途絶えてしまった。おりしも新聞を読んだら香さんの家の近くで連続失踪事件が起きているときている。心配するのは当然だ。上京して香さんを訪ねることにしたが、危険な拉致犯がそこらへんをうろついていないとも限らない。それで、東京在住で香さんとも会ったことのある人間の、わたしを思い出して一緒に行くように頼んだというわけだ。どこが腑に落ちないのかわからん」
「それじゃ聞くがな、なんであの女はこっちでマンスリーマンションなんか借りているんだ」
やはり遥美奈は長期戦を覚悟していたのだ。
「さてね。地元であんなことがあって、こちらに越してくるための前線基地のつもりなのかもしれん。そもそも、マンスリーマンション自体が短期の滞在用ではなかったのか? わたしはよく知らないが」
「短期賃貸契約だ」
本山は不承不承認めた。
「が、そんなことはどうでもいい。おい、あの女は」
「気になっていたのだがな、あの人のことは遥さんと呼べ。わたしも桐野さんと呼んでいただきたい」
「あー、遥さんは、あの家に死体があることを知っているようだったか」
「知っていたらわたしを連れてくることもなかったろう。もしも遥さんが事件を知っていて、何が起こっているかを明るみに出したければ、警察かマスコミに一本電話を入れればすむ話だ」
「お前さんみたいなのが関わっていたとなればマスコミはより注目することになる」
「マスコミなんかに注目されてあの人にどんな得があるんだ?」
「さっきからそれを聞いてるんじゃねえか」
「そんなことは知らん。というより、あんたがたの考えのほうが間違っている。火のないところに煙を立たせようとしているのはよくわかるが、たとえやれたとしてもあんたがたにできるのはバルサンを炊く程度の煙を立てるのが精一杯だろう。そんな煙でも、居合わせたわたしにとっては迷惑だからやめてくれ」
「じゃ、話を変えるか。野村香について聞きたい」
「野村さん、か、香さん、と呼んでくれないか」
「あの野郎は事件の重要参考人だ。もっと率直にいえば容疑者ということになる。今さら、『さん』なんてつけて呼べるか」
「なるほど、民主警察らしい」
「皮肉をいうのはやめろ」
「昔はどうだったか知らないが、わたしが会ったときには人当たりがよくて親切な丸っこいおばちゃんだった。あの人が事件に関わっているなどとは信じられない」
「事実だからしかたないだろう。最後に会ったのは?」
「今年の一月。戸乱島で会ったのが最初で最後だ」
「そうなのか? こちらへ戻ってきても陰でこそこそ会っていたんじゃないのか?」
「それこそ、事実だからしかたないだろう、だ。戸乱島から戻ってきてから今まで、わたしの生活に香さんが入ってきたことはない」
わたしは一拍おいて尋ねた。
「教えてくれないか? いったい香さんはなにをやったことになっているんだ」
「明日の朝刊を読めば詳しく出てる。もしかしたら今日のワイドショーにも間に合うかもしれん」
「それでも聞いておきたい」
「殺人と死体遺棄容疑だ。これ以上は聞いても無駄だぞ」
「これで決まった」
「なにがだ」
「あんたらがクソの塊だということがだ」
「おれたちを罵倒するのは後ろ暗いことがある証拠だぞ。よし、もう一度最初からだ。昨日、あんたの診療所とやらに遥美奈が来たところから話してくれ」
こうしてわたしはその日、何度も同じことを聞かれた。しつこいくらいに。それが捜査の基本なのだろうが、遥美奈がもう少しソフトに取り扱われていることを祈ろう。
「それで?」
わたしを事情聴取したのは、表情から何を考えているのかまったく読み解くことができない、本山という中年の刑事だった。
「さっき話したとおりだ。わたしと遥さんが入ったリビングルームには、三人の死体が転がっていた」
「死体だと気づいたのは?」
「入ったとたんにわかった。見れば誰でも一目で死体とわかる」
「誰でも、というわけでもないだろう。昔なつかしのライフスペースの定説ジジイなら、生きていると強弁したかもしれん」
つまらない冗談だ。
「曲がりなりにも医師免許を持っている者の目から見れば、死んで一月以上過ぎていることは明白だ。喉をやられていたうえに、ミイラ化していたのでね。意外と出血は少ないように見えたが……」
わたしは自分が口走ったことの意味をあらためて思って慄然とした。戸乱島で喉を噛み破られた田島信夫と宮部看護師のことが頭に浮かぶ。
顔に出たのか、本山は疑り深そうな目をこちらに向けた。
「冷静だな」
「そういう性格なんだろうな」
「いや、違うね。あんた、家の中にあるものを知ってたんじゃないのか」
「知っていたのなら近寄らない」
「そうか? あんたの商売にはハクがつくんじゃねえのか、え? ナイトメア・ハンターさんよ」
「わたしの商売は死人が出たらおしまいなんだ。殺すことじゃなくて治すことが飯の種なんだから。常識的に考えればわかるだろう」
「常識っていうのは曖昧なもんでな。Aの肉はBの毒、って言葉のとおりに人によって基準がどんどん変わる。そのうえ人間は往々にして常識どおりには行動しない。人が見てそうだ、という以前に、そいつの目で見ても、そいつの常識から外れている、ってえことがしょっちゅうだ。あんたもそのクチじゃないのか?」
「そうなるには冷静すぎてね」
「つまらない冗談だ」
あんたもだ。
「このところ、わたしが自分のワンルームと診療所となじみの酒場の三点しか往復していないことはもう調べがついているんじゃないのか?」
「そんないいかたしたら、なじみの定食屋、なじみのスーパーマーケット、なじみのコンビニエンスストア、なじみの銀行その他に悪いだろう。話を戻すぞ。転がっていた三つの死体に心当たりは」
「三人ともわたしの知らない人物だ。だが、推察だけはできる」
「いってみろ」
「河内隆道、今野幸代、畑山浩二。違うか?」
「やっぱりお前はなにか知っていたんじゃないのか?」
「あの辺りで失踪した三人を挙げただけじゃないか。それに、心配していたのはわたしじゃない。遥さんだ」
「責任転嫁か。あんたみたいにいかがわしい職業の連中はよくやるんだよな」本山はにやりと笑った。「話してみろ」
「事実をいったまでだ。遥さんは長年いっしょに暮らしてきたお手伝いの野村香さんと連絡を取ろうとした。しかし音信は途絶えてしまった。おりしも新聞を読んだら香さんの家の近くで連続失踪事件が起きているときている。心配するのは当然だ。上京して香さんを訪ねることにしたが、危険な拉致犯がそこらへんをうろついていないとも限らない。それで、東京在住で香さんとも会ったことのある人間の、わたしを思い出して一緒に行くように頼んだというわけだ。どこが腑に落ちないのかわからん」
「それじゃ聞くがな、なんであの女はこっちでマンスリーマンションなんか借りているんだ」
やはり遥美奈は長期戦を覚悟していたのだ。
「さてね。地元であんなことがあって、こちらに越してくるための前線基地のつもりなのかもしれん。そもそも、マンスリーマンション自体が短期の滞在用ではなかったのか? わたしはよく知らないが」
「短期賃貸契約だ」
本山は不承不承認めた。
「が、そんなことはどうでもいい。おい、あの女は」
「気になっていたのだがな、あの人のことは遥さんと呼べ。わたしも桐野さんと呼んでいただきたい」
「あー、遥さんは、あの家に死体があることを知っているようだったか」
「知っていたらわたしを連れてくることもなかったろう。もしも遥さんが事件を知っていて、何が起こっているかを明るみに出したければ、警察かマスコミに一本電話を入れればすむ話だ」
「お前さんみたいなのが関わっていたとなればマスコミはより注目することになる」
「マスコミなんかに注目されてあの人にどんな得があるんだ?」
「さっきからそれを聞いてるんじゃねえか」
「そんなことは知らん。というより、あんたがたの考えのほうが間違っている。火のないところに煙を立たせようとしているのはよくわかるが、たとえやれたとしてもあんたがたにできるのはバルサンを炊く程度の煙を立てるのが精一杯だろう。そんな煙でも、居合わせたわたしにとっては迷惑だからやめてくれ」
「じゃ、話を変えるか。野村香について聞きたい」
「野村さん、か、香さん、と呼んでくれないか」
「あの野郎は事件の重要参考人だ。もっと率直にいえば容疑者ということになる。今さら、『さん』なんてつけて呼べるか」
「なるほど、民主警察らしい」
「皮肉をいうのはやめろ」
「昔はどうだったか知らないが、わたしが会ったときには人当たりがよくて親切な丸っこいおばちゃんだった。あの人が事件に関わっているなどとは信じられない」
「事実だからしかたないだろう。最後に会ったのは?」
「今年の一月。戸乱島で会ったのが最初で最後だ」
「そうなのか? こちらへ戻ってきても陰でこそこそ会っていたんじゃないのか?」
「それこそ、事実だからしかたないだろう、だ。戸乱島から戻ってきてから今まで、わたしの生活に香さんが入ってきたことはない」
わたしは一拍おいて尋ねた。
「教えてくれないか? いったい香さんはなにをやったことになっているんだ」
「明日の朝刊を読めば詳しく出てる。もしかしたら今日のワイドショーにも間に合うかもしれん」
「それでも聞いておきたい」
「殺人と死体遺棄容疑だ。これ以上は聞いても無駄だぞ」
「これで決まった」
「なにがだ」
「あんたらがクソの塊だということがだ」
「おれたちを罵倒するのは後ろ暗いことがある証拠だぞ。よし、もう一度最初からだ。昨日、あんたの診療所とやらに遥美奈が来たところから話してくれ」
こうしてわたしはその日、何度も同じことを聞かれた。しつこいくらいに。それが捜査の基本なのだろうが、遥美奈がもう少しソフトに取り扱われていることを祈ろう。
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私も(2-7)で犯人を連想しましたよ;私も二時間ドラマの見すぎ・・?
誰もいない、死臭=殺人=様子をうかがって飛び出してくる犯人、じゃないですかv(←ちょっとまて違うっ!;)
というか、本山さんのキャラがつぼです!!なんかいい・・♪
誰もいない、死臭=殺人=様子をうかがって飛び出してくる犯人、じゃないですかv(←ちょっとまて違うっ!;)
というか、本山さんのキャラがつぼです!!なんかいい・・♪
>ネミエルさん
いうまでもないことですが、「闇は千の目をもつ」に出てきたあの刑事さんとは別人です。
どうも刑事というと「ヤマさん」だと思い込んでいるらしく、ついなんとか山とか山なんとかとか、相撲のシコ名みたいな名前にしてしまう(笑)。
悪癖だなあ。
いうまでもないことですが、「闇は千の目をもつ」に出てきたあの刑事さんとは別人です。
どうも刑事というと「ヤマさん」だと思い込んでいるらしく、ついなんとか山とか山なんとかとか、相撲のシコ名みたいな名前にしてしまう(笑)。
悪癖だなあ。
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Re: れもんさん
本山刑事はわたしも嫌いではないキャラクターですが、国家権力は使い方が難しいですね。しかも所轄が桐野くんのホームグラウンドの八王子から遠いし。
この小説ではまた何度か出てきますが、シリーズ全体としてはどうなるかなあ、です。