「ショートショート」
    ホラー

    恐怖薬

     ←もうすぐ111111ヒットでありますが →111111ヒット記念「十万匹わんちゃん大行進!」
     鰓井恵来博士の誕生日だったか博士号取得記念日だったか大学追放記念日だったか、よくわからないがとにかく宴会をやるから来いといわれたので、ぼくはいそいそと博士の研究室兼住居へ向かった。

     行ってみると、研究施設の一部であるホールにテーブルとソファが並べられ、博士と同等、いやそれ以上の年季を感じさせる、いかにも頭が良すぎてまともな人生が送れませんでした、とでもいうような人物が部屋のあちこちで酒などを飲みながら馬鹿話に花を咲かせていた。

     彼らの話にちょっと耳を傾けてみる。

    「……じゃからわしはあの間抜けにいったんじゃよ。ζ関数を十五次元多様体に使ってどうする、そんなことラマヌジャンでもせんぞ、もうちょっと頭を使え、と。そしたらあの阿呆はこう返しおった。プランク定数の……」

     やめた。ぼくは即物的な世界に戻ることにした。即物的な世界、すなわちテーブルの上にやたらと並べられた宴会料理である。特に寿司が充実していた。大トロなど、脂がたっぷり、でもそれがくどくならない絶妙なバランスでのっており、ぼくはそのとろける味わいに、これがトロというものか! これまで食べてきたものは単に脂っぽいマグロの赤身にすぎなかった! 博士ありがとう! と感動の涙を流していた。

     ホールの外からは、すし桶が空になるたびに代わりのすし桶が、次から次へと運ばれてくる。博士から「参加費無料」とのお言葉をいただいているから、気に病むこともないらしい。

     そんなわけでひょいぱくひょいぱくと、日ごろ食べられない高級なネタを次から次へと鬱憤晴らしのように口にしていたが、ふと見ると、ひとつの桶に、ぽつんとなにか緑色のものが。

     それがなにかはすぐに見当がついた。わさびである。だが、おかしなことにそのわさびの下には、きちんとシャリがあったのだ。

     台湾の人は山盛りのわさびにわずかな醤油で寿司を楽しむと聞くが、それに類するものだろうか?

     それともこのわさびに見えるのは、新しい食材か何かだろうか? 辛くないわさびとか。

     周囲を見回しても、皆、この妙な緑色の寿司の存在に注意を払う様子がない。

     ギャグならそれでいいや。タダで来たんだから、道化役くらいやってやろう。ぼくはその緑色の寿司に手を伸ばし、醤油に漬け、口に持っていき……。

    「いかん!」

     博士の叫び声がした。そのときには、ぼくは寿司を口の中に放り込んだ後だった。

     ひと口噛んで吐き出した。

    「か、辛い!」

     ぼくは舌の上の辛さを鎮めるために水の入ったコップを取ってごくごくと飲もうとした。三口飲んだところで、ぼくは腕を押さえられた。コップが床に落ち、水をぶちまけてから、ころころと転がった。

     鰓井恵来博士が青ざめた顔で、研究室の隅からぼくを見ていた。

     気づくと、さっきまで談笑で満ちていた研究室は、しーんと静まり返っていた。

     部屋中の人々が、ぼくを驚愕の目で見ていた。

    「……あ、あの、ぼく、なにか」

     鰓井恵来博士は、ぼくのそばに歩いてきた。

    「きみ、あれが、いったい、なんだと思ったんじゃ」

    「わさびで握ったお寿司だと……」

    「そうじゃ。わさびじゃ。きみはなんであんなものを食おうだなどと考えたのじゃ」

    「は?」

     よく飲み込めない。

     博士はこわばった顔で話した。

    「いいか、このパーティーは、ひとりの犠牲者を選んで、その犠牲者がくじに当たるかどうかを楽しむために開かれているのじゃ。くじというより、ペナルティじゃな」

    「犠牲者って、ぼくのことですか?」

    「さよう。パーティーには毎回、主催者が考えた毒薬が入った料理が一品出て、それを犠牲者が食べるかどうかのスリルを楽しむ、それがこのパーティーのほんとうの目的なのじゃ」

     ぼくは叫んだ。

    「そんな、ひどいじゃないですか。ぼくが口に入れ……え?」

    「そうじゃ」

     博士はうなずいた。

    「犠牲者役が間違っても口に入れないように、わざと『食べる気が起こるわけがない料理』を用意して、そこに薬を仕込むのが、わしらの趣向じゃった。例えば、前回ニューヨークでやったパーティーでは、ゴキブリが突っ込んだデザートがそれじゃったし、前々回は変色した肉がそれじゃった。わしはわさびのかたまりのような寿司を作ったわけじゃが、まさか、それを食らうとは……」

     博士の説明が進むうちに、周囲の人々は、ぼくから視線を、痛々しそうに視線をそらし始めた。

     みんな後悔しているようだった。

    「入っていたのは、どんな薬なんです?」

    「飲んだものに極限の恐怖を与える薬じゃ」

    「極限の恐怖?」

    「そうじゃ。極限の恐怖じゃ……」



     そして、一気にお通夜みたいになった研究所を後にして、ぼくは家に帰った。

     博士の言葉によれば、ぼくののみ込んだ量は、吐き出したこともあって微量だったため、すぐに極限の恐怖が現れることはない、ということだった。だが、身体の中に時限爆弾を抱えているようなもので、遅かれ早かれ必ず「極限の恐怖」が襲ってくるという。

     ぼくは考える。博士とあの来客たちは、無害なわさびの寿司をこしらえて、ぼくをからかうためにあんな話をでっちあげたのだと。

     ……だが、あのいたたまれないような表情はなんなのだ?

     ぼくは考える。「極限の恐怖」ってなんだ? そんなものが人間に作成可能なのか?

     ……だが、あの一様な「後悔」の表情はなんなのだ?

     そう考えるたびに、ぼくの心には不安が、「極限の恐怖」が現れるかもしれない、という不安が、わずかながらも湧いてくるのだ。

     そしてその「不安」とは、「薬が効き始めてきた証拠」であるのかもしれない。

     ぼくはもう、鰓井恵来博士のどんな言葉を聞いても安心できそうにない。果てしない疑心暗鬼。ずぶずぶの泥沼。

     その疑心暗鬼こそが、「極限の恐怖」なのかもしれない。

     そんなことまでぼくは考える……。
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    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    恐怖っていうのは、「疑心暗鬼」というフィルターを通すことによって爆発的に大きくなるのではないかと思っています。

    「人間」が信じられなくなったら、ある意味終わりでありますからねえ……。

    ちなみに下敷きにしたのは筒井康隆先生の名作「熊の木本線」。

    NoTitle

    なんだかホラーを超えてコメディなような。。。
    いや、楽しかったです。
    読んでいて。
    恐怖は自分で生み出すものですからね。
    心理面をよく突いていると思います。
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