荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(13)

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     13 代価



     夜の砂漠を、星明りを頼りに二頭のらくだが行く。その背にまたがっているのはふたりの人間だった。

     アトとテマである。

    「なあ、アト……」

     テマは何十回目かわからぬ質問をした。

    「あの大博士のいったこと、本当だと思うか?」

     アトも何百回目になるかわからぬ答えで返した。

    「わからん」

    「使えんやつ。精霊の導きはなんていってるんだ」

    「なんともいっていない。そもそも精霊の導きは言葉で表現できるものではない」

    「わかってるよ。何の脈絡もなく、やるべきことがわかる、っていうんだろ! でもね、あたしが聞きたいのはそんなことじゃなくて!」

    「あの博士が嘘をついているかどうかはおれにはわからん。外来人は、平気で嘘をつく。それも息でもするかのように平然と」

    「うううう」

     テマは空を見上げた。

     テマがどう考えているのかは知らないが、真実であったら喜ばしいのだがな、と考える程度には、アトも外来人の思考に慣れてきた。誰にとっても喜ばしいことが常に真実とは限らない、ということも学んではきたが。

     しばらくの後、テマがぼそりといった。

    「釣り糸につけるのならば、実にうまそうなエサだ。あたしの好物を知り抜いてやがる」

     アトは思った。たしかにその通りだ。アグリコルス大博士の考えたことか、それとも総督の考えたことかわからないが、これをぶら下げられれば、テマの心も大きく動く。

     大博士はこういったのだ。

    『もしも、わしらに協力してくれるのなら、代価として、「安住の地」はどうかな』

     もちろん、テマは鼻で笑った。

    『冗談いっちゃいけないね。この太陽の下、あたしのようなウィッチ・ドクターが腰を落ち着ける場所なんて、あるわけがない。なにせ、一日しか同じ土地にいられない決まりがあるんだから』

     それに、とテマは続ける。

    『もしそんな土地があったとして、それをジャヤ教徒が聞きつけたらどうなる。大挙してわんさかやってくるぞ。あたしやアトは逃げる足もあるけれど、その土地に住んでいる人間たちは、ひどい迷惑を被ることになる。いや、逃げる足さえも縛られているかもしれない』

    『それはないじゃろうな』

     アグリコルス博士は、机の引き出しから何やらの図面を取り出した。

    『それは?』

    『海図じゃよ。船の運航に使うもので、このだだっ広い大洋のどこになんという島があるのか、訓練を受けたものならばぴたりとわかる代物じゃ』

    『それで?』

    『読み方を教えてやろう。船もやる。後はふたりで、どこでも好きな島を目指すといい。ジャヤ教徒でも、海を越えてまでは追ってこん』

    『そういうものなのか?』

    『この大陸の東端の先の海は、ジャヤ教徒にとっては禁忌の地になっておるそうだ。わしと総督が、お前さんらがそこに向けて船出した、という噂を流す。信憑性を感じたら、やつらもあきらめるじゃろう。その隙に、お前さんらは、どことも知れぬ島へ向かって進めばいい。その先は、わしも誰も知らん、ということじゃ』

    『大博士』

    『なんじゃ』

    『この大陸の東の海の向こうは、どうなってるんだ?』

     テマの問いに、アグリコルス大博士は答えた。

    『元いた場所だろうな』

    『え?』

    『この世界は球形をしておる、というのが、われら学者のほぼ共通した見解となっておる。そして、世界が球体でなければ、まともに航海なんてできん、というのもまた事実じゃ。その大きさはいまだ推量するしかなく、しかも、世界を一周して帰ってきた人間もおらんから、あくまで、妥当性のある仮説、という段階にとどまっておるが』

    『ふうん……』

    『まさか世界の一周旅行でもしたくなったのかな?』

    『やめてくれ。なんであたしがそんなこと』

     テマは手を突き出して遮った。

    『小僧のころに奇人伝で読んだものじゃ。千五百年前、船団を率いて東へと船出し、そして行方知れずになった、「大斧のガス」の話。わしの名前は、そいつがいたころに、農業に革命をもたらした実在の学者の名前に基づくが、船を出した奇人の船長のほうはどうなったのか。もしかしたら、アトくん、お前さんらの先祖はそのガス船長かもしれんぞ』

     アトは答えた。

    『先祖がその奇人だかどうかはわからないが、精霊が西のほうからやってきた、という話は祖母から聞いた』

    『ほう!』

     アグリコルス大博士の目が輝いた。

    『祖父からは、精霊は東からやってきた、という話も聞いた。父は北だといい、母は南だという。この話は、本質的に人間にはわからないものをわかったようにいうことは、知恵のようで知恵ではないということらしい、とおれは思っている』

     アグリコルス大博士は絶句した。

     テマはぱちぱちと手をたたいた。

    『偉いぞ、アト』

     ……というわけで、旅装一式と二頭のらくだを貰って砂漠を進んでいるわけであるが。

     テマは頭をかきむしった。

    「どう考えても罠だよなあ」

     アトは黙ってテマのぼやきを聞いていた。

    「いくら総督が権力があったところで、あたしたちをジャヤ教徒どころか、人々の偏見から守ることもできやしないだろうし。なあアト」

    「なんだ」

    「あたしらに安住の地なんてものがあると思うか?」

     アトは即答した。

    「ある」

     テマは目を見開いた。

    「精霊に誓っていえるのか?」

    「いえる。どんな人間でも最後には安住の地にたどりつく。獣や虫に肉体は食われ、骨も風化して塵と化すだろうが、どんな人間でもいつかは墓に入るわけで」

    「…………」

    「どうした?」

    「……アト」

    「なんだ」

     テマはいかにも不機嫌そうな声でアトにいった。

    「お前しばらく黙ってろ」



    「ほう」

     石灰石鉱山を夜遅くに訪れたポンチョの男は、デムが徹夜で書いたつたない字の報告書に目を通すと、面白そうにいった。

    「実に面白え」

    「……へい」

     デムは頭を下げた。

    「ここまで不正が横行してるたあ、おれも思わなかったぜ。おれは悲観的に考えすぎていたかと思ったが、どうやら想像以上の楽観主義者だったようだ」

     ポンチョの男はデムに鋭い視線を向けた。

    「デム」

    「へ、へい」

    「また悲観論者に戻ってお前にいうが、今度はこいつらは、もっと巧妙な策を弄してくるぜ」

    「へい。わかってやす、兄貴」

    「そうなったら構うこたあねえ、叩っ斬れ。役人のほうにはおれが話をつける」

    「へい」

    「それでいい」

     ポンチョの男は立ち上がりかけ、ふっとデムに目を向けた。

    「デム」

     デムは心臓がわしづかみにされたかのような恐怖を覚えた。

    「へ、へい!」

    「……誰か叩き斬る必要があるやつが出てきたときには、斬る前におれを呼べ。まだ試していない拷問のやり方が二、三ある。両足を酒樽の蒸留酒に浸たした状態で、樽の酒に火をつけるとかな。青い炎が上がってとても見栄えがいいそうだ」

    「へい……」

     デムはごくりと自分の唾を飲みこんだ。理性では、盗み聞きしているに違いないこの鉱山の使用人たちにわざと聞かせるため、こんな話しをしていることがわかっていたが、いざこの醒めた視線の持ち主からいわれると、実際にそのような拷問がやりたくてしかたがないのでは、という錯覚すら覚えるのだ。

     いや、もしそのような事態が発覚したら、そいつだけではなく自分も責任を取らされて。待てよ、そいつと自分だけではなく、この鉱山で働く人間の全員が責任を……。

     デムの背筋になんともいえぬ冷たいものが走った。

    「それじゃ、な、また来るぜ」

     ポンチョの男はゆうゆうと支配人室を出て行った。

     デムは顔中に浮き上がってきた冷や汗をぬぐった。

     ぼんやりとしながらベルを鳴らす。

    「誰か!」

     新入りの小間使いがあたふたとした足取りで入ってきた。

    「……は、はい!」

    「タオルを持って来い。机が濡れる」

     小間使いは泣きそうな顔になった。

    「あ、あの、支配人……さっきのかたは、どなたで?」

    「おれのこの耳をちぎり取った男だ」

     ぼんやりとしたまま答えたデムは、はっと自分を取り戻した。

    「だからタオルを持って来い!」



    「とりあえず……」

     テマはらくだを降りた。

    「あの爺さんが食わせ物だということはわかったのは収穫だった」

     砂漠の大地には三人のジャヤ教徒が昏倒していた。それぞれの手には黒曜石の短剣。

    「あの博士に、おれたちの居所をジャヤ教徒に教えるどんな利点があるというんだ」

     テマは首を振った。

    「利点はないが不利益もない、というところだろう。口はつぐんでいるが、ジャヤ教徒に対する箝口令も特にしいてはいないんだ。あの腹黒爺いめ」

    「で、どうする、こいつら?」

    「脳震盪だな。半日もしないうちに目を覚ます。このままうっちゃっとこう。……なあ、アト。次の宿場だけど、精霊の導きで何か悪い予感とか感じてないか」

    「いや、なにも」

    「そうだといいんだが」

     テマはらくだにまたがった。二頭のらくだは道を行く。何が待つかも知らないで……。



    (月末に続く……はずである)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    こっちのアグリコルス大博士は千五百年前のアグリコルス博士と比べると、かなり過激で研究の鬼で真理が知りたくてしかたないという困った人です(^^;)

    でもそういう人じゃないとアトとテマを救えないだろうしなあ。

    大博士がいっているのはハーバー先生のことじゃありません。この「荒野のウィッチ・ドクター」の時代から千五百年前の、非情の冬とかいう異常気象が起こったときに、海の彼方にある「終末港」にいた、芋類の栽培で革命的なまでの増産に成功するという偉大な成果を成し遂げた大学者アグリコルス博士のことであります。

    アグリコルス博士、という名前自体の元ネタを聞いているのだったら、英語で「農業」はなんというのか調べてみよう!

    Re: blackoutさん

    なんとなくぼんやりと書いていたら、うまく世界がつながることがわかって同一惑星上の話にしてしまったであります。

    行き当たりばったりで申し訳ない(^^;)

    Re: 椿さん

    まあガスくんが東へ船出してから千五百年経ってますし、歴史書の片隅の注釈の注釈くらいにはなっているのではないかと。でそれで、また数百年したらあっちの世界のヒマな伝奇SF作家がネタにするんでしょうな(笑)

    こんばんは。

    アグリコルス大博士はとても親切ないい人で、テマとアトに安住の地(死んでからのじゃ無い方)を提供してくれるんだ・・・とお人好しのサキは思ったんですけれど。
    何かちょっと違うみたい。

    追記:
    > わしの名前は、そいつがいたころに、農業に革命をもたらした実在の学者の名前に基づくが・・・
    この先生って窒素を固定することに成功して人類を飢えから救った、毒ガスの父のあの博士のことですか?

    NoTitle

    安住の地は、確かにアトの言う通りかもしれませんな

    生きる、ということは、死に場所を見つけるための旅、ということかもしれません

    しかし、まさか紅蓮の街のあの人が出てくるとはw

    人は、どこかで繋がってるんでしょうかね

    NoTitle

    ガスさんの話題出た!
    伝説になってる……。
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