「ショートショート」
    ミステリ

    偽ヨブ記

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     何故だ。

     なぜそこまで耐えられるのだ。

     わたしは聖書のそのくだりをもう一度読んだ。

    「ヱホバ、サタンに言たまひけるは汝心をもちひてわが僕ヨブを觀しや 彼のごとく完全かつ正くして神を畏れ惡に遠ざかる人世にあらざるなり

     サタン、ヱホバに應へて言けるはヨブあにもとむることなくして神を畏れんや

     汝彼とその家およびその一切の所有物の周圍に藩屏を設けたまふにあらずや 汝かれが手に爲ところを盡く成就せしむるがゆゑにその所有物地に遍ねし

     然ど汝の手を伸て彼の一切の所有物を撃たまへ 然ば必ず汝の面にむかひて汝を詛はん」

     有名な「ヨブ記」だ。そして神はサタンの挑戦を受けて、ヨブをサタンの自由にしてしまうのである。

     その結果、ヨブは全財産はおろか子供までも失ってしまうのであるが。

     ヨブはなにもしない。黙ってその運命を甘受する。

     なぜならヨブは自分がそのような運命に陥ったことを、「自分が罪を犯したせいだ」とは考えないからだ。

    「我に死るまで我が罪なきを言ことを息じ」

     そんなことまでヨブはいっている。

     それでいながらヨブは神を信じている。

     最終的には、神の声ともヨブはある意味「対決」してしまうのだ。

     このヨブという男の、善人とか義人とかを飛び越えた、底なしの「不気味さ」の正体は何だろう……。

     わたしはヨブを「ルサンチマン」から理解しようと思ったこともある。俗流のキリスト教神学に代表される、弱者が強者を侮蔑するあの考え方だ。「弱きものよ、あなたがたは幸いである。天国はあなたのためにある」というあれ。「弱いからこそ偉い」という顛倒した考え……。

     これに当てはめると、ヨブは自分の悲惨な運命を、「神が正しいことを知っている」という優越感により正当化し、一般的な人間以上の、神のそばに近いような人間であると考えている、ということになるだろう。その場合、自分に下された過酷な運命は「特権的な身分」の証明になるはずだ。

     しかし、もしそうだとしたら、正しかるべき神はヨブを打ち殺したに違いない。少なくともそうでなくては神を信じる者は納得しまい。これではヨブはただの「傲慢なる者」だからだ。

     ヨブにはもっとなにかがある。この果てしない不気味さを、読む者に感じさせるなにかを……。

     わたしは聖書の適当なページを開いた。出エジプト記。

    「我ヱホバ汝の神は嫉む神なれば我を惡む者にむかひては父の罪を子にむくいて三四代におよぼし

     我を愛しわが誡命を守る者には恩惠をほどこして千代にいたるなり」

     なにかがひっかかった。

    「我ヱホバ汝の神は……」

     わたしは息を呑んだ。

     ページを繰った。創世記。

    「神言給けるは我儕に象りて我儕の像の如くに我儕人を造り」

     そうか。

     ヨブの不気味さの陰にあった、あの異様なほどの自信はここからきているのだ。

    「神はねたむものである」

    「神は自らをかたどりて人間を造り」

     そうだ。人はアダムから始まる原罪をアダムに責任があると考えているが、違うのだ。

     神は自らをかたどって、原罪以前に、本質的に「ねたむもの」として人を作ったのだ! アダムにもイブにも責任はなかった! サタンの誘惑に負けたのは、人間の心に、最初から「ねたみ」が神によって刻みつけられていたからなのだ!

     ヨブはそれを知っていた。ヨブの口から出てくる「我は正しい」は裏返して聞かねばならない。「自分は過った存在である、神と同様に。そして自分はそれを知っているぞ!」ヨブは神を恫喝していたのだ。

     神はヨブを殺すわけにはいかない。ヨブを殺すことにより、ヨブの言葉の正しさが、ヨブに明白になってしまうからだ。

     神は負けた。神はヨブを懐柔するために、財産を増やさなければならなかった。

     それがヨブ記の真相なのだ。

     わたしは外を見た。鉄格子のはまった窓から初秋の空が見えた。

     友人たちはまだ来ない。三人の友人が来るはずなのだが。ショーペンハウアー、ヴァーグナー、パウル・レー。もしかしたら若いペーター・ガストも来るかもしれない。

     わたしは開かないドアをつかみ、がたがた揺らして叫んだ。早く来い! 早く来い! 早く来い!

     どたどたどたと音がして、扉が開いた。白衣を着た東洋人の男が、わたしの身体になにかの注射をした。

     なにをするのだ。わたしはヨブであり、ルサンチマンを唱えたニーチェであり、そして東方の三博士を待つイエス・キリストでもあるのだ。わたしは神の弱点をつかんだ、神にも等しい男であるのだぞ……。


     筆者注:引用した聖書の文句は、Wikisourceの文語版聖書(明治元訳)を参考にしました。
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