荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(14)

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    stella white12

     14 疫病



     テマは無表情だった。

    「三日前に来ていればなんとかなったかもしれん」

     テマはらくだを降りた。

    「生きているやつ! 出てこい! あたしは医者だ!」

     静寂、それが答えだった。

    「疫病か」

     アトもらくだを降りた。

     蠅が飛んでいる。アトは口に布を巻き、手で追い払いながらテマを先導した。

     日干し煉瓦で作られた建物を、ひとつひとつ調べていく。物陰に、生乾きの死体が転がっているものがいくつかあった。だが、それだけではないだろう、とも思われた。

     ふたりは無言で、中心部……水場に向かった。

     アトは思わずつぶやいていた。

    「むごい」

     そこには、この苦しみを忘れさせてくれる、水を飲もうとした人々が集まっていたのだ。そろって、黒ずんだ死体となって。

     蠅がわんわんと飛んでいた。

    「ここの水はだめだな……飲めないと判断するのが妥当だろう」

     テマの言葉にアトはうなずき、水場を見た。そこにいるはずのないものを見つけ、アトは眉根を寄せた。

    「どうした」

    「トカゲが泳いでいる」

     テマは舌打ちをした。

    「だから、この水は飲めるとでもいいたいのか? あたしは、そんな博打をする気分にはなれないね」

     アトは首を横に振った。

    「違う。この水は飲めない。これはシビトトカゲだ」

    「なに?」

     テマはもう一度水場に目をやった。

    「毒を持っているのか?」

    「違う。毒は持っていないが、死病の動物の肉を好んで食う。そして死病を持って移動する。しかもオアシスの水に入って泳ぐ習性がある。死病は水を飲んだ人間を通して広がる。だからこれが取りついた村はやがて死病がはやり死人の村となる」

    「おっかない話だねえ」

     テマは腕を組んだ。横ではアトが、そこらで拾ったのか、棒の先端に縄を結び付けて輪にしていた。

    「しかしとんでもないトカゲだな。なにか打てる手はないのか、アト」

    「見つけ次第殺し、死骸を焼き、卵を根絶やしにすることだ。そう、おれは父親から教わった」

     アトは棒の先端を水に入れ、ひょいと泳いでいるトカゲの首に縄をひっかけ、無造作に引き上げた。地面に叩きつけられたトカゲに、アトは小袋に入れていた石をぶつけた。

     トカゲの頭が割れ、ぴくぴくっとし、動かなくなった。

    「じゃ、さっさと火を熾すか。やれやれめんどくさい」

     テマは背を向けかけ、ふとアトを振り返った。

    「でもアト、どうしてあたしたちはそんな危険なトカゲについて何も知らないんだ?」

    「数が少ないからだ」

     アトは簡潔に答えた。

    「死病のはやるのを止めるため、おれたちの祖先は見つけ次第殺した。だから、このシビトトカゲは極めて数が少なくなってしまった。おれもめったに見ない。生まれてからこれまでの間で、これで二匹目だ」

    「ふうん」

     テマはどこか納得できないような声を出すと、アトにいった。

    「お前も何か燃料を探して来い。……いや、その前に、そのシビトトカゲとやらの卵を探せ。見つけたら祖先の教えに従え」

    「わかった」

     アトは水場のまわりを探した。いわれなくても、祖先の教えに従わないなどという不遜な考えが頭に浮かぶようなアトではない。卵を放っておく気は毛頭なかった。

     見つけたふたつ目の卵を打ち砕いた直後、テマが燃料を抱えて戻ってきた。

     アトの前に、テマは燃料をどさりと置いた。この砂漠地帯で燃料といえば、普通は人間を含む動物の排泄物を乾燥させたもののことである。

    「これがシビトトカゲのぶんだ」

     テマはそういって燃料をわきにのけ、人々の死骸を見た。

    「村にある残りのすべての燃料はこの人たちのぶんだ。あたしは医者で、葬儀屋じゃないが、最低限のことはしてやらなきゃならんだろう」

     アトはうなずいた。

     テマは疲れきったように溜息をついた。

    「ひと仕事だ。シビトトカゲを燃やしたら、村のはずれに穴を掘ってこの人たちを火葬する。あたしが人を運ぶ。お前は穴を掘れ」

     アトは再びうなずいた。



     デムは、相手は今のタイミングで行動に出てくるだろう、と予測していた。

     その通りだった。

     役所への呼び出し。向こうの人間にしてみれば、まず第一段階というところだろう。自分を呼び出して、偉ぶった声でねちねちと、金を出すようしつこくしつこく、それこそ三日三晩は自分を責めるに違いない。ちょっとでも反抗すると衛士が飛んできて逮捕、という寸法だ。

     それを知りながら、デムは武器も持たずに役所へ乗り込んでいった。

     たったひとりで。

     衛士がどこかあざ笑うようにデムを役所の中へ通した。

     椅子がない部屋で、デムは長いこと待たされた。これまた、デムの想像した通りだった。似たようなことは、かつて金貸しとのもめごとを解決する仕事をやらされていたとき、何度となく経験していた。

     うんざりするほど待って、デムは『市長室』に通された。

     部屋には、山ほどの金をかけてしつらえただろうことがわかる椅子と机とタペストリーがあった。椅子に座ってデムを待ち構えていたのは、想像よりも鼻持ちならない顔をした若僧だった。

     デムは鼻で笑いたい気持ちを抑えた。この部屋の調度品は、見る者が見れば、外側だけ豪勢にした安物だとわかる代物だった。こんなもので満足するような男なら、それなりのやりかたがある。

    「デムくんといったな」

     若僧は甲高い声でいった。

    「へい」

    「鉱山で働く、罪もない人間を殺した。そうだな!」

    「殺したことは認めやす。で、それがどうしたんですかい?」

     デムの答えはこの若い「市長」にとって、期待していたものではなかったことは明らかだった。

    「貴様、貴様はこ……殺したんだぞ! これは国法における重罪だぞ!」

     デムはふてぶてしく笑った。

    「もとより承知でさあ。おれは、そのためにあの鉱山の支配人になったもんで」

    「人間の生命をなんと心得ておるかっ!」

    「おれは、鉱山が正しく経営されることよりは価値のないものと考えてますがね」

     市長の額に青筋が立った。

    「た、逮捕する!」

    「したけりゃどうぞご勝手に、でさあ。おれの役目は、もう終わってるもんで、いつ死んでも構わんのです」

    「役目?」

    「鉱山で不正な、そう、例えば役人なんかへの賄賂を捻出するような不正なことをするやつは、見つけ次第殺すと、おれの上にいる人間が考えていること。それを鉱山の使用人どもに見せつけることでさあ。それにより規律が徹底されさえすれば、おれの生命なんてもんはどうでもいいんでさあ。なにせ、おれの代わりなど、いくらでも来るもんで」

     デムがそういって笑うと、若い市長の顔色がさあっと青ざめていった。市長になるだけあって、自分の身の安全、それがいま危険にさらされているということに気づいたらしい。こいつを殺せば、他の誰かが自分を……。

    「わ、わたしが賄賂などを取ると思うか!」

    「思いませんな」

     デムは当たり前のようにいった。

    「収賄は国法では殺人並みの重罪だ。まさかそんなことを市長閣下がおやりになるはずはない」

    「わたしは……わたしは……」

     市長は陸に上げられた魚のように、口をぱくぱくさせていた。

    「ところで、お聞きしたいんですが、おれになにをさせるためにここに呼んだんで? なにもなければ、おれにも支配人としての仕事があるもんで……」

    「わたしはだな」

     そうとだけいったものの、市長はそこから先の言葉が出ないようだった。

     市長は震える手でベルを取り、鳴らした。

    「誰か! 誰か!」

     衛士のひとりが扉を大きく開けて入ってきた。

    「閣下、このものが何か?」

    「送って差し上げろ。鉱山の新しい支配人だ。丁重に扱え」

     意外そうにデムを見る衛士の視線を気にもせぬように、デムはゆうゆうと役所を後にした。



    「こんなひどいたき火は、もう二度としたくないもんだな」

     テマは死体が燃えるのを見ていた。何か考え込んでいるように、アトには思えた。

    「なあ、アト」

    「なんだ」

     テマはぼそりといった。

    「シビトトカゲは珍しい動物だ、といったよな」

    「いった」

    「だとすると……どうしてそんなやつがこの村にいたんだ?」

    「わからない」

     テマは炎から目をそらさなかった。

    「あたしは思うんだが、アグリコルス大博士のいった『栽培』ってのが気にかかるんだ。なあアト、『精霊の恵み』とシビトトカゲの間に、なにかつながるものはあるか」

    「おれの知る限りでは、ない。いったい、何をそんなに恐れている」

    「あたしには、こう思えてしかたないんだ。シビトトカゲを飼いならし、増やし、砂漠の村のあちこちにばらまいている奴がいるんじゃないかって」

     アトは首をひねった。

    「そんなことをして、なんになる。誰も得しないぞ」

    「得するやつらが、ひとつだけある。自分たち以外の考えを持つ人間を、ことごとく殺すことにためらいを覚えないやつら」

     アトは息を呑んだ。

    「お前がいいたいのは……」

    「ジャヤ教徒」

     テマはいった。

     炎は燃えている。



    (月末までには続き書きます……たぶん)
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