荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(15) 

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    stella white12

     15 不信



    「精霊の導きってやつ、ちっともあてにならないじゃないか」

     テマはいらいらとした調子でいった。

    「おれにいわれても困る。それに、何度もいうが、精霊の導きは、こちらから頼るものではない。だしぬけに、わかるものなのだ」

     アトはらくだの上でそう答えた。

     テマは口をつぐみ、はるか遠くを眺めた。砂地また砂地。

     戻るわけにはいかない、というのが、あの日にふたりが出した結論だった。

    『……なにしろ、あの大博士というやつが信頼できない。例のトカゲの繁殖方法を考え出せる人間なんて、この大陸でもあの博士くらいのものじゃないか。もし、博士がジャヤ教徒と組んでいたら、戻ったあたしたちはオオカミの口に自分から飛び込んでいくようなものだ。ジャヤ教徒の軍隊数千に、いっせいに矢の雨を浴びせられたら、お前が戦士でも、なにもできんだろう』

     あの村で、死体を燃やしながらそういったときのテマの表情を思い出し、アトは悲しい気分になった。精霊の導きはなかったものの、アトはあの老人に好感を抱いていた。あの人に限ってそんなことをするはずがない、というのがアトの偽らざる本心だったが、テマにそれを告げるのははばかられた。

     疑惑を口にするテマの表情も、苦渋に満ちていたように思われたからだ。テマもまた、博士に対する好感を持ったうえで話していたのだろう。だが、まず間違いなく、テマには博士が心の底から信じられないのだ。外来人の街で長いこと暮らしていたテマは、外来人たちのそうした二枚舌をいやというほど経験してきたに違いない。だから信じられないのだ。

     そういう、アト自身も……。そう、不信、というものをこのところの外来人の世界での生活で学びつつあった。

     アトは考える。もしかしたら、祖先が作って自ら滅ぼした、『国』というものは、その『不信』が原因で滅ぼさなければならなくなってしまったのではないか、と。ではそれは、いったい何に対する不信なのか。

     アトには複雑すぎる問題だった。アトは考えることを放棄した。やらねばならないことはほかにもあった。まず第一は、とにかく生存者がいる村を探し当てることだった。最初にシビトトカゲを見つけた村を後にしてから四日、通過したふたつの村はいずれも空っぽだった。

     完全に空っぽでなかったのが痛々しかった。村の隅には、なにかのたき火をした跡と、そして数本の真新しい墓標があったからだ。

     そしてテマがいらだっているのは、そこから出てくる第二の結論ゆえだった。

     水が補給できない!

     テマによれば、人間の怪我や病気は治すことができるが、それはそのまま病気の原因を根絶できるということではない。

     例えば、ネズミが媒介する疫病が人間に伝染したとする。その場合、人間は治せるが、ネズミを治せるわけではない。それどころか、ネズミの運ぶ疫病を止められるわけでもないのだった。

    『あたしは獣医じゃないんだ。ネズミ捕り師でもない』

     とテマはいっていた。

     自分が病気の原因をそれと知らず運んでいたら……医者としては最も見たくない悪夢だろう。

     それにしても……。

    「アト」

     アトははっと我に返った。

    「寝てたのか? おい、あれを見ろ。あたしには、灯りに見えるんだが、お前のほうがもっとよく見えるんじゃないのか」

     アトは目を凝らした。

    「灯りじゃない」

    「じゃあなんの……」

    「灯りじゃなくて、たき火だ。ここまで離れていても、においが流れてくる……」

     テマは面白くもなさそうにいった。

    「とにかく、人は住んでいそうだな」

     ふたりはらくだの足を速めた。



     デムは鉱山を訪れていた。

     もとより修羅場を何度もくぐり抜けてきた、筋力と耐久力には自信のある男である。ここに鉱山掘りたちといっしょにいると、どちらが支配人かすらよくわからなかった。

    「ひでえもんだな」

     そういって、デムは『親方』をじろりと見やった。

     新しい支配人が先の支配人の首を叩き斬った、という噂は、すでにこの鉱山の働き手たちの間にも広がっていた。

    「ひでえって、なにが……」

    「おい」

     デムは振り返り、不服そうな『親方』の背後にいた屈強な男にいった。

    「大至急、医者を手配しろ。包帯、添え木、薬、道具も必要だと思ったらすぐにおれにいえ」

    「支配人、そういうことは形だけでもおれを通して……」

     『親方』がいうのを、デムは氷のような目で遮った。

    「お前が有能だったら、おれだってこんな面倒なことはしねえよ」

     『親方』はたじろいだ。

    「し、支配人はこのおれが無能だってんですかい」

    「無能だな。いいか、ここは石切り場で、大量の人間が必要だ。そして人間ってえのは、おぎゃあと生まれてきてから満足につるはしが振るえるまで最低でも十五年はかかるんだ。そんな作るのに十五年かかる貴重品を、おれは簡単に壊しては取り換える、みたいなもったいねえことはしたくねえんだ」

    「…………」

     『親方』の顔が青くなったり白くなったりし始めた。

     デムは犬歯をのぞかせて笑った。

    「なにをびびってるんだ。おれはまともな話しかしてねえじゃねえか。いいか、病人と怪我人が出るのはしかたねえ。だが、死人がぞろぞろ出るような事態がこれ以上続いたら、おれが貴様の面をつるはしで引きむしりに行くぞ。わかったか!」

    「……わ、わかりやした」

     デムは『親方』の肩をポンとたたいた。

    「よし、ものわかりがいい面になってきたようだな。その調子でいれば、この山で働く人間がみんな、もちっとマシなものを食えるようになる」

    「ええ……と」

     困惑する親方の前で、デムは妖しげな節をつけて歌うようにいった。

    「たっぷりの黍粥、たっぷりの肉、そして休みには黍酒をジョッキに三杯」

     おおっ、と、周りの鉱夫たちが振り向いた。デムは情けなくなった。黍粥と肉とわずかな安酒をちらつかせただけでこうも士気が上がるとは、前任者はいったいなにをやっていたんだ。

     デムは続けた。

    「そして不正をはたらく馬鹿者には、その夜のうちに……」

     デムは声を張り上げた。

    「……支配人が大鎌を馳走だ! 聞いているやつ、わかったらぼさっとせずにとっとと働け! おい、親方」

    「なんでやしょう……」

     デムは冷たい目でこの震える男を見た。

    「さっきのざれ歌を、鉱山じゅうにはやらせろ。遅くとも今晩のうちにだ。明日、おれの言葉を知らないやつをひとりでも見つけたら、お前の耳もおれみたいになるぞ!」

    「へいっ!」

     すっ飛んで行く親方にちらりと一瞥を送ると、デムは宿舎に引き返していった。



    「来るな! 悪魔の使い、穢れたウィッチ・ドクターめ!」

     旅装を整えた村人たちは、テマとアトに恐怖の混じった威嚇の視線を向けた。

    「だから、あたしははやり病を治しに来たんだってば。そもそも病気を媒介するのはシビトトカゲというトカゲで」

    「失せろ! わしらはジャヤの神に護ってもらうのだ! もとはといえばこの病も、お前がはやらせたんだろうが!」

     テマは絶句した。その美しい顔に一瞬、暗いものがよぎったのをアトは感じた。放浪生活で生き抜いてきた太い根性の持ち主であるテマでも、病気の原因にされてしまったら、動揺するだろう。医者としてこれまでやってきたことが全否定されるも同然だからだ。

     アトはテマの盾となるように一歩踏み出した。

    「よせ、アト」

     テマは昏い声でいった。そして自分に対して恐怖と憎悪の視線を向ける村人に対し、静かにいった。

    「わかった。ジャヤ教の神にすがれば治るというのならそれでもかまわない。ただ、これだけは覚えておいてくれ。黒地に白く細い線が網状にかかっているトカゲを見つけたら、そいつがこの病を運ぶシビトトカゲだ。見つけ次第ぶち殺せ。もうひとつ、このシビトトカゲのことを総督か、アグリコルス大博士に伝えろ。大至急でだ。この、ウィッチ・ドクターのテマの名を添えてな。いいたいことはこれだけだ。行くぞ、アト」

     テマはらくだの向きを変えた。アトはらくだにまたがると、テマの後を追った。

     矢も石も飛んでは来なかったが、敵意だけは嫌になるほど感じられた。

    「アト……」

    「なんだ」

    「力はあっても、権力がないってのは、結局は力がないのと同じことだな……シビトトカゲについての情報が、総督府に届くかどうかも、これじゃ疑問だ。アグリコルス大博士だったらしかるべき手も打てるだろうが、あたしはあの爺を信じきれない」

     テマは顔を伏せた。

    「そしていざというときに人が頼りにするのは、医者として何人も治してきたあたしではなく、ジャヤ教徒のほうだっていうんだから、あたしがこれまでしてきたことや、これからすることは、いったいなんの価値があるというんだ……」

    「テマ。おれは、お前は間違ってないと思う。おれにはそう考える理由がある」

    「理由だと?」

     アトはうなずいた。

    「お前が、もし間違った道を進んでいたら、精霊の導きは、おれをお前とは別な道にいざなっていたはずだ。少なくとも、おれはお前が間違っていると気づいたはずだ。だから、お前はまちがっていない。精霊と祖霊の名において誓う」

     そのときテマがどんな表情をしていたのかまではアトにはわからなかったが、やがてテマは顔を上げた。

    「精霊に感謝するときはどうすればいい」

    「精霊への感謝は、しようとしてするようなものではない。その場にあるものだからだ。自分の心に感謝すれば、それがそのまま精霊に感謝することになる」

     テマは上を向いて笑った。

    「ほんと、お前の言葉には含蓄があるよ」

     アトとテマのらくだは進んでいった。

     ……あてもなく。



    (来月以降に続く)
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    Re: 椿さん

    鬱展開にならないよう必死で軌道修正というか「バカな会話のやりとり」を考え中です。

    ラストはハッピーエンドにしますが(断言)、それまでの行程をもうちょっと明るいものにしようと考えてます。

    うむむ。

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    テマがんばれー。
    アトが傍にいてくれて力付けられますね。
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