「ショートショート」
SF
宇宙終末千京年前
ひさかたぶりにぼくが鰓井恵来博士の研究室へ行ってみると、博士はガラス瓶でなにやらやっていた。
「なんじゃ、きみか。ちょうどよかった、きみもつきあえ」
ぼくは満面の笑みを浮かべてうなずいた。手もすり合わせて、テーブルのそばに寄っていった。
「つきあいますつきあいます。それってXOのブランデーじゃないですか。お菓子もそろっているし、まったく贅沢で。それで今日はどうしたんですか、なにかのお祝いですか?」
「うむ。祝杯じゃ。世界の寿命がわかった」
「寿命……?」
祝杯を上げるにしては妙な話ではある。
「地球は50億年もしないうちに膨張した太陽に呑まれて消えるとか聞きましたがそれですか?」
「だれがそんなみみっちいスケールの話をしておる」
「はあ。じゃあ、宇宙の話ですか? ボルツマンが宇宙の熱的死とかいう概念に陥って自殺した有名な話がありますが……それですか?」
そんなことでは博士も喜ばないだろうと思うのだが。
「それでもまだスケールが足りんな。きみ、量子論の多世界解釈について聞いたことはないかね」
「ああ、あの、観測するたびに複数の、無数の世界が分かれていくというものですね。それと宇宙の寿命がどういう?」
「パラレルワールドが無限に存在すると、その複数の枝では、われわれ意識を持つ存在が、その存在をやめていない世界が存在するということでもある。つまり、ここでわしがいきなり心臓発作を起こして死んでも、別の宇宙では、『心臓発作で死んでいないわし』が存在しているということじゃ」
「はあ」
博士の話はいつも怪しげだが、ここはうなずいておく。
「よって、わしが生まれて生きているこの世界が分岐している限り、そこには必ず、『今現在のわしと連続している意識』のわしがいる世界が無限に存在することになるな。確率はどんどん小さくなるが、わしの意識の連続性の存在確率はゼロにはならない。わしはそのまま連続性を保ったまま、無限の時間を流されていくことになる。もちろん、わしが死んでいる世界では、わしは葬式をされたりなんだりしているじゃろうが、それはわしには認識できんから関係はない。これを『量子論的不死』という」
「ニーチェの『永劫回帰』みたいな話ですね。それと宇宙の寿命と、どういう関係が?」
「われわれが『世界』と認識しているこの多世界の系統樹は、無限に続くのではなかったのじゃ。わしの計算では、その寿命は永劫ではなく、あとわずか一千京年、一千京年耐えるだけで、この多世界は一気に終末を迎えるんじゃ! 祝杯をあげてしかるべきじゃろう!」
……アホらしい。
「博士、千京年後の先なんて考えてどうしようっていうんですか。そのとき、ぼくらは……」
とっくに死んでますよ、と続けそうになったぼくは、その言葉を飲み込んだ。量子論的不死……。
ぼくは複雑な思いでブランデーを飲んだ。悪酔いしそうな夜である。
「なんじゃ、きみか。ちょうどよかった、きみもつきあえ」
ぼくは満面の笑みを浮かべてうなずいた。手もすり合わせて、テーブルのそばに寄っていった。
「つきあいますつきあいます。それってXOのブランデーじゃないですか。お菓子もそろっているし、まったく贅沢で。それで今日はどうしたんですか、なにかのお祝いですか?」
「うむ。祝杯じゃ。世界の寿命がわかった」
「寿命……?」
祝杯を上げるにしては妙な話ではある。
「地球は50億年もしないうちに膨張した太陽に呑まれて消えるとか聞きましたがそれですか?」
「だれがそんなみみっちいスケールの話をしておる」
「はあ。じゃあ、宇宙の話ですか? ボルツマンが宇宙の熱的死とかいう概念に陥って自殺した有名な話がありますが……それですか?」
そんなことでは博士も喜ばないだろうと思うのだが。
「それでもまだスケールが足りんな。きみ、量子論の多世界解釈について聞いたことはないかね」
「ああ、あの、観測するたびに複数の、無数の世界が分かれていくというものですね。それと宇宙の寿命がどういう?」
「パラレルワールドが無限に存在すると、その複数の枝では、われわれ意識を持つ存在が、その存在をやめていない世界が存在するということでもある。つまり、ここでわしがいきなり心臓発作を起こして死んでも、別の宇宙では、『心臓発作で死んでいないわし』が存在しているということじゃ」
「はあ」
博士の話はいつも怪しげだが、ここはうなずいておく。
「よって、わしが生まれて生きているこの世界が分岐している限り、そこには必ず、『今現在のわしと連続している意識』のわしがいる世界が無限に存在することになるな。確率はどんどん小さくなるが、わしの意識の連続性の存在確率はゼロにはならない。わしはそのまま連続性を保ったまま、無限の時間を流されていくことになる。もちろん、わしが死んでいる世界では、わしは葬式をされたりなんだりしているじゃろうが、それはわしには認識できんから関係はない。これを『量子論的不死』という」
「ニーチェの『永劫回帰』みたいな話ですね。それと宇宙の寿命と、どういう関係が?」
「われわれが『世界』と認識しているこの多世界の系統樹は、無限に続くのではなかったのじゃ。わしの計算では、その寿命は永劫ではなく、あとわずか一千京年、一千京年耐えるだけで、この多世界は一気に終末を迎えるんじゃ! 祝杯をあげてしかるべきじゃろう!」
……アホらしい。
「博士、千京年後の先なんて考えてどうしようっていうんですか。そのとき、ぼくらは……」
とっくに死んでますよ、と続けそうになったぼくは、その言葉を飲み込んだ。量子論的不死……。
ぼくは複雑な思いでブランデーを飲んだ。悪酔いしそうな夜である。
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大丈夫
人間、自分の死は確認できません。量子力学的には自身は不死の存在と言う言になりますな。その意味で何年だろうが同じ事ーといっとるのであります。
Re: miss.keyさん
量子論の他世界解釈が正しかったら「量子論的不死」ってことになるというのがこの小説のキモなんですけど。
死にたいのに死ねない、という……。
死にたいのに死ねない、という……。
千京年が千年でも
ま、終わりを確認できないという意味では同じこったな。人間、自分の死後については無責任なもんさっ。
Re: ダメ子さん
世の中そんなにうまくは行きませんよ。
一京年ではなくて千京年です。
でもまあ終わりがあることに祝杯。
古代ギリシア人にとって無限は忌むべきもので、有限が尊ばれたというけれど、そうだろうなあ、と思わないでもない今日この頃。
一京年ではなくて千京年です。
でもまあ終わりがあることに祝杯。
古代ギリシア人にとって無限は忌むべきもので、有限が尊ばれたというけれど、そうだろうなあ、と思わないでもない今日この頃。
Re: 面白半分さん
ネタ的にはラリー・ニーヴンの短編から取りましたが、
あれに「救い」を持たせてみようと。
……どんな救いやねん、といわれたらそれまでですが(汗)
あれに「救い」を持たせてみようと。
……どんな救いやねん、といわれたらそれまでですが(汗)
- #16581 ポール・ブリッツ
- URL
- 2015.11/05 23:29
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平行世界で生きている私は私なんでしょうか?
私とそっくりの何かなんじゃ…
ともかくあと一京年で解脱ってことですね
私も祝杯をあげなきゃ
私とそっくりの何かなんじゃ…
ともかくあと一京年で解脱ってことですね
私も祝杯をあげなきゃ
- #16576 ダメ子
- URL
- 2015.11/05 21:35
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Re: miss.keyさん
いずれにせよ量子論的不死いうものは、ニーチェの永劫回帰だとか夢野久作の胎児の夢とか同様、ありがたいものではなさそうですな(^^;)