徘徊探偵・幸田忽太郎(掌編シリーズ)
監禁
扉が開かない。
わたしは監禁されていた。どうせ監禁するのなら、手錠と荒縄でも使えばいいものを、と思わないでもない。扉に外側から施錠するような、陰険で回りくどい方法をとることもないはずだ。
わたしは鍵を探した。だが、この見知らぬ家には、鍵をすぐに目の前にぶら下げておくような間抜けな住人はいないらしかった。監禁者の顔もわからないまま、その悪意のただ中にいるというのは心が休まるものではなかった。
とにかく、わたしのアパートに帰らなければ。わたしはドアノブをがちゃがちゃやってみた。ドアはびくともしない。
となると、体当たりで扉をやぶることだが。
わたしはかぶりをふった。ドアを体当たりで破れるなどというのは、ペリー・メイスンのテレビ映画の中だけだ。分厚い木材を鉄で補強してあるようなものに、肩でぶつかったって開きはおろか歪みすらするまい。
別な方法を考えたほうがよさそうだった。
わたしは自分が腹を空かせていることに気づいた。そういえば朝食がまだだ。監禁者が、わたしのために料理など作っておくわけがあるまい。であるからして、わたしは自分で食べるものを見つけるべきだ、ということになる。
わたしは台所らしいところへ向かった。冷蔵庫がぶーんと音を立てていた。扉に手をかける。開かない。わたしは悪態をつき、扉を叩いた。金属の板が、わたしのこぶしを受けて、ばんと鳴っただけだった。監禁者は、冷蔵庫にも鍵をかけたらしい。
腹が減っては戦はできぬというのが、千古不易のマキシムである。わたしはなにか食べるものを探した。ごみ箱は空だった。監禁者はそこらへんは周到にやっているらしい。食器棚らしいものがあったが、そこも開く様子はなかった。
食べるもの……。
腹はきゅうきゅうと飢えを訴えていた。アフガニスタンの難民も、わたしと同じ飢えの恐怖を感じているに違いない。空しく各所を調べていたわたしは、ふと、段ボール箱に気がついた。まさか、これは……。
ガムテープを素手で開けた。思った通りだった。中にはみかんが大量に入っていた。食事だ。わたしはみかんをつかむと、皮をむくのももどかしく、次から次へと口に入れた。
すきっ腹にものを入れると、ようやく頭も回転してきた。わたしは扉への直接的なアプローチはあきらめ、他に出入り口はないかと探した。
ガラスのサッシがあった。ここなら割りやすそうである。わたしは体当たりをしようとして、やめた。体当たりをする前に、やることがあるだろう。わたしは椅子を取り上げ、サッシの窓に叩きつけた。ガラスはびくともしなかった。防弾ガラスだ。
アパートと事務所に帰らなくてはならないのに、どうしたものか。
わたしは唯一の手段を取ることにした。扉の陰に潜み、わたしを監禁している誰かが、わたしの尋問のために再びこの扉を開けた時、一発食らわせてすり抜けるのだ。隙を見計らった一瞬の勝負である。
わたしは腹ごしらえをすることにした。あの段ボールから、みかんをいくつも取り出し、口に入れた。炭水化物とビタミンCの組み合わせは、心労で疲れた体をいたわってくれる。
何か武器はないか。皿でもフォークでも、なんだってかまわない。
あるものといえば包装紙くらいだ。わたしは包装紙を丸め、携帯用のメリケンサックをこしらえることにした。紙を折って丸めるだけだが、実用性は高いし、素手よりはましだろう。
わたしは扉の陰に身をひそめ、待った。
腹が減り、のどが乾いたら、例のみかんをかじった。
うんざりするほど待った後、車の音がした。誰かが帰ってきたらしい。いや、誰かではない。監禁者だ。
扉が開いた。いまだ! わたしはすばやくフックを相手の顔に見舞った。
それはぬか喜びにすぎなかった。相手はわたしのフックを片手で押さえ、こぶしから包装紙でできた武器を取り上げた。
くそっ、貴様は誰だ! どうしてわたしを監禁する!
「宗一郎ですよ、お父さん! 監禁とは言いすぎですよ。扉に鍵をかけてないと、お父さん、外を徘徊して三日はもどってこないじゃないですか!」
宗一郎……?
徘徊……?
わたしは腹が減るのを覚えた。
「ああっ! お歳暮のみかんをこんなに食べちゃって!」
そうだ。
腹だ。
腹が減っている。
「朝飯を食わせろ」
わたしはいった。相手は叫んだ。
「食べてからまだ一時間も経ってないですよ! お父さん、あんなに召し上がっていたじゃないですか!」
嘘だ。わたしは腹が減っている。無性に腹が減っている。
朝飯を食べてないなんて嘘だ……。
わたしは監禁されていた。どうせ監禁するのなら、手錠と荒縄でも使えばいいものを、と思わないでもない。扉に外側から施錠するような、陰険で回りくどい方法をとることもないはずだ。
わたしは鍵を探した。だが、この見知らぬ家には、鍵をすぐに目の前にぶら下げておくような間抜けな住人はいないらしかった。監禁者の顔もわからないまま、その悪意のただ中にいるというのは心が休まるものではなかった。
とにかく、わたしのアパートに帰らなければ。わたしはドアノブをがちゃがちゃやってみた。ドアはびくともしない。
となると、体当たりで扉をやぶることだが。
わたしはかぶりをふった。ドアを体当たりで破れるなどというのは、ペリー・メイスンのテレビ映画の中だけだ。分厚い木材を鉄で補強してあるようなものに、肩でぶつかったって開きはおろか歪みすらするまい。
別な方法を考えたほうがよさそうだった。
わたしは自分が腹を空かせていることに気づいた。そういえば朝食がまだだ。監禁者が、わたしのために料理など作っておくわけがあるまい。であるからして、わたしは自分で食べるものを見つけるべきだ、ということになる。
わたしは台所らしいところへ向かった。冷蔵庫がぶーんと音を立てていた。扉に手をかける。開かない。わたしは悪態をつき、扉を叩いた。金属の板が、わたしのこぶしを受けて、ばんと鳴っただけだった。監禁者は、冷蔵庫にも鍵をかけたらしい。
腹が減っては戦はできぬというのが、千古不易のマキシムである。わたしはなにか食べるものを探した。ごみ箱は空だった。監禁者はそこらへんは周到にやっているらしい。食器棚らしいものがあったが、そこも開く様子はなかった。
食べるもの……。
腹はきゅうきゅうと飢えを訴えていた。アフガニスタンの難民も、わたしと同じ飢えの恐怖を感じているに違いない。空しく各所を調べていたわたしは、ふと、段ボール箱に気がついた。まさか、これは……。
ガムテープを素手で開けた。思った通りだった。中にはみかんが大量に入っていた。食事だ。わたしはみかんをつかむと、皮をむくのももどかしく、次から次へと口に入れた。
すきっ腹にものを入れると、ようやく頭も回転してきた。わたしは扉への直接的なアプローチはあきらめ、他に出入り口はないかと探した。
ガラスのサッシがあった。ここなら割りやすそうである。わたしは体当たりをしようとして、やめた。体当たりをする前に、やることがあるだろう。わたしは椅子を取り上げ、サッシの窓に叩きつけた。ガラスはびくともしなかった。防弾ガラスだ。
アパートと事務所に帰らなくてはならないのに、どうしたものか。
わたしは唯一の手段を取ることにした。扉の陰に潜み、わたしを監禁している誰かが、わたしの尋問のために再びこの扉を開けた時、一発食らわせてすり抜けるのだ。隙を見計らった一瞬の勝負である。
わたしは腹ごしらえをすることにした。あの段ボールから、みかんをいくつも取り出し、口に入れた。炭水化物とビタミンCの組み合わせは、心労で疲れた体をいたわってくれる。
何か武器はないか。皿でもフォークでも、なんだってかまわない。
あるものといえば包装紙くらいだ。わたしは包装紙を丸め、携帯用のメリケンサックをこしらえることにした。紙を折って丸めるだけだが、実用性は高いし、素手よりはましだろう。
わたしは扉の陰に身をひそめ、待った。
腹が減り、のどが乾いたら、例のみかんをかじった。
うんざりするほど待った後、車の音がした。誰かが帰ってきたらしい。いや、誰かではない。監禁者だ。
扉が開いた。いまだ! わたしはすばやくフックを相手の顔に見舞った。
それはぬか喜びにすぎなかった。相手はわたしのフックを片手で押さえ、こぶしから包装紙でできた武器を取り上げた。
くそっ、貴様は誰だ! どうしてわたしを監禁する!
「宗一郎ですよ、お父さん! 監禁とは言いすぎですよ。扉に鍵をかけてないと、お父さん、外を徘徊して三日はもどってこないじゃないですか!」
宗一郎……?
徘徊……?
わたしは腹が減るのを覚えた。
「ああっ! お歳暮のみかんをこんなに食べちゃって!」
そうだ。
腹だ。
腹が減っている。
「朝飯を食わせろ」
わたしはいった。相手は叫んだ。
「食べてからまだ一時間も経ってないですよ! お父さん、あんなに召し上がっていたじゃないですか!」
嘘だ。わたしは腹が減っている。無性に腹が減っている。
朝飯を食べてないなんて嘘だ……。
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